親切ヤンキーと寝込む少女
翌日、俺は無事に退院した。
俺の回復速度は一般人にしては異常らしく、どうしてここまで治っているのかわからないらしい。
案の定、それも魔王の力だった。
普通の「覚醒者」よりも若干強いくらいの回復力があるらしいが、覚醒者が車に轢かれてもピンピンしている人種であることを考えると結構すごいのだろう。
それは置いておいて。
久しぶりに吸う街の空気は、心なしか排気ガスの香りが強い。ずっと病院内の清涼な空気を吸っていたせいだろうか。
車が走り回る道路のそばを、てくてくと進んでいく。アスファルトは慣れ親しんだ硬い感触で、街行く人々は忙しなくどこかに流れていた。
『わぁお』
意外だったのは、魔王が外の景色に興味津々だったことだ。
冒険者の内情に詳しかったり俗世のことについて知っていたりと現代に馴染んでいたが、ビル群には子供っぽく目を輝かせている。
彼女がくるくると回るたびに空を黒髪が泳いで、思わず俺は毛先を目で追った。
『すごいねぇすごいねぇ!見てよ朽咲芥!』
「最近できたとこだな」
魔王が指差したのはねじれたデザインが特徴的なビルだ。魔法が発展したことで建築も発展したらしく、浮いた足場なんかも最近実用化されはじめたようだ。
魔法なんてファンタジーなものを作っているのに、街並みはどんどんSFめいている。
車が空を飛ぶ日も近いだろうか。
「面白いのか?」
『この素晴らしさがわからないとは感心しないよ相棒。まずなんと言っても先鋭的で革新的な──』
べらべらべら。
真面目に聞こうとしていたのに、あまりの速度に話が右から左へと抜けていく。
でも身振り手振りを交えながら楽しそうに話す姿は可愛らしかったので、一応傾聴している振りをしながらそれを眺めた。
魔王は建築物オタクだ。
『ちょっと、何だいあのパフェ!』
「うーん」
というか、人が作ったものにとてつもない興味を持つらしい。歩くごとに注意があっちこっちに行って落ち着かない魔王を引き留めながら、俺は目的地に向かった。
「急げって言ったのは魔王だろ?」
『反省はしてる』
「後悔は?」
『それは自分が間違っていると感じた時にするものだよ』
「やかまし」
◆
それから歩くこと数分、到着したのは「冒険者協会本部」である。
ここで若干補足。
「覚醒者」と「冒険者」についてだ。「覚醒者」とは単純に魔物と戦う力を持った超人のことで、「冒険者」はダンジョン探索を行う覚醒者たちの事を言う。
勘違いされがちなのは、「冒険者」と言う肩書きは政府に認められて書類を受け取った人にしか与えられない。
要するに「プロ」とか、「資格を取った人」みたいなイメージ。
非公認でダンジョン探索もできるが素材の買い取りなんかを個人でやるとぼったくられる可能性も高いし、保険に入れないから危険度も段違い。
そう言う事で非公認なのは余程のバカか、ダンジョンなどで犯罪を犯した人間しかいないらしい。
全部響花から聞いたことの受け売り。
そしてここが、その冒険者の資格を得るための施設である。
『豪勢だねぇ』
「儲けデカいらしいしな」
小さな駆動音と共に、自動ドアが開く。
真っ白なロビーは汚れひとつなく、並んだテーブルを囲うように冒険者たちが座っていた。
その建物を覆い尽くしたのは、質の良い喧騒だった。怒号や大笑いではなく、雑談で生まれるザワザワ感。
そして、入り口からでもわかる緊張感。
ここはダンジョンに挑む前の拠点としても使われることがある。だから、少し殺伐とした空気を感じるのだろう。
『緊張してる?』
「……正直してる」
呼吸が浅くなる。
ただでさえ最近「白」に良いイメージがないと言うのに、純白の空間の中に人がたくさん詰まってるのなんて苦手に決まってる。
朽咲芥はそこそこコミュニケーションが苦手である。
「あと、俺は異物だろうからな」
周囲を見渡しても、健康的な肉体をした人は多い。いくら身体強化があるとしても素のフィジカルは大事だし、運動していれば筋肉はつく。
そこに現れた俺。運動不足、痩せ気味、背も高くない。
そうなると──
「おいおい!ガキじゃねぇか!」
『おっと、テンプレ』
ばん!とテーブルを叩き、筋骨隆々の男が立ち上がる。金に染まった髪が真ん中を残して剃り上げられている世紀末ヘアーで、片手には鬼が持つような棍棒が握られている。
「……おい」「アキトだ」「またやってんのかよあいつ」「絡まれちまったなぁ……」
「誰なんですか?あの人」
「アキト。明らかな新人に絡んでは、あいつが納得する理由を挙げるまで冒険者にさせないんだよ」
ひそひそとした声に耳を澄ますと、彼はどうやらアキトという名前らしく、また有名人でもあるようだ。
「冒険者は命懸けなんだよ!お前みたいなガキが来てどうすんだ!」
一瞬無視しようかとも考えたが、覚醒者の機嫌を損ねるのは怖い。それに、ここまで注目されたなら逃げるのも難しいだろう。
どうにか丸く収めるしかない。こういうの苦手なのに。
「……やらなきゃいけない事がある」
「金か!?女か!?なんだとしても冒険者の必要はねぇよ!」
「親友が、死にかけてるんだ」
降伏のポーズをしながら、できる限り正直に白状する。俺は嘘をつくのが下手だし、人を騙すのはそんな好きじゃない。
だから、本音で。
「もう時間がない。俺は、冒険者にならないといけない」
「……そうか。治療費か?」
「違う。今の医療じゃ、治せないらしい」
息を呑む音が周囲から聞こえた。
同情にも似た視線が突き刺さり、少しだけ不快だ。
「難病ね……」
「世界樹の葉、求めるのはそれか?」
モヒカンヤンキーが神妙な顔で、知らないアイテム名を告げる。別に響花は病気じゃないので間違っているのだが、訂正する必要もない。
「ノーコメント」
「あぁ、言葉はいらねぇな」
モヒカンの顔がどんどん渋くなっていく。
金棒を強く握りしめていて、いつそれを振るってくるのか不安になった。
「おい、準備できてんのかお前」
「覚悟はした」
「……ちげぇ、お前の覚悟は十分に伝わった」
がっ、と襟首を掴まれ、顔同士が触れ合いそうな距離感でモヒカンが叫んでくる。
「免許証と保護者からの許可はあんのかよって聞いてんだ!」
「……え、あ、あるが」
え、今なんて?
世紀末めいたチンピラから出てくるとは思えない地に足ついた言葉が、どうにも飲み込めない。
免許証??そういうの無しでバイクを乗り回す風貌じゃないのか??
「親御さんからの同意はどうなってる、口頭じゃめんどくせぇぞ」
「親は、いないから、後見人になってる親戚から書類を受け取ってる」
「よし、ついて来い」
「??????」
流れるように俺を先導するモヒカン。困惑しながらも反射的に着いていく俺。
その後も、何故か受付の人と俺の仲介人としてモヒカンは活躍した。俺の理解が及ばない税金の話なんかを噛み砕いて伝えてくれつつ、細かいポイントなんかも抑えてくる。
言ってはなんだが、職員よりも話がわかりやすかったし妙に引き込まれた。
「これにはチェックつけとけ。そんで、スマホにはこのアプリ。掲示板なんて古臭いもの使うよりこっちの方が早え」
「あ、冒険者同士のSNS」
「おう、それでこれが俺のアカウントだ」
「はい」
流れのままにモヒカンと相互フォローになりつつ、俺は冒険者組合を後にした。
モヒカン含めた冒険者たちに手を振られながら。
「彼女さん、助けてあげてね〜!!」
「応援してるよ〜!!」
(彼女さん??)
「困った事があったら呼べ。俺はお前の兄貴だ」
「?????」
今日の収穫。
冒険者であることを証明する小さなカードと、解消できないくらい大量の困惑。
『おもしろい場所だったねぇ』
◆
アキトは冒険者界では有名な男だ。
軽々しい気持ちで冒険者になろうとする若者を引き留め、彼のお眼鏡にかなった新人は手続きまで手伝ってもらえる。
普通に冒険者登録する人口が減るので迷惑ではあるのだが、そのおかげで死傷者は大きく減ったし手続きも楽になったので協会も彼を裁けない。
冒険者から疎まれつつも慕われている。
それがアキトという男だ。
そこで余談なのだが、響花もアキトにサポートされて冒険者になったという経歴を持っている。
「……何やってんの、芥」
唐突にSNSに流れてきたアキトと芥のツーショットに、響花はひどい頭痛を訴えたという。ほんとに何やってんだ。
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