笑顔は不警戒

 決意を新たにしたところで、魔王からのお言葉を頂いた。


『さぁ、手始めに現代最強になろう!!』

「いや無理だって」


 俺の志は、さくっと折れた。


『なんだいなんだい!あんな大言壮語を並べておきながら、明確な目標を立てたらその態度を取るなんて!』

「いやいやいや、あまりに目標が大きすぎるだろ!?現代最強って、あれとかあれだぞ!」

『どれだよ』


 俺だって響花を助けたいという思いが薄いわけではない。

 一分一秒でも急がなければならないと思っているし、そのためならどんな壁だって超える覚悟は持っている。だが、実際問題「現代最強」という肩書は、あまりに重たい。


 現状、そう呼ばれるのではないかという人物は三人いる

 アメリカの人口四割を殺害した魔王を、一人で撃退。七つの超大型ダンジョンを七日間ですべて攻略したことからその二つ名がついたアメリカ最強「七罪シン」 ノアール・ルスキニア。


 古来から伝わる剣豪一族の末裔であり、魔法や無機物のを認識できるという唯一のスキルを持つ。彼女の剣先に触れたものはダイヤモンドであろうと簡単に崩れ落ちる。日本最強「剣豪スウィアート」 霞哉かすみや 沙羅さら


 国籍不明、性別不明、詳細一切わからず。

 しかし、南アフリカに発生した大小含めて約百個のダンジョンを攻略、「波濤」と呼ばれた大災害をたった一人で防いだ功績から、英雄として語り継がれている。しかし、その裏では残虐な行為や略奪をしているという噂もたつ。

 「未確認アンノウン」。


 これが、現代最強と謳われている三人だ。


『ずいぶん詳しいね』

「響花の趣味に付き合わされて覚えてる」


 じゃなくて。

 一級冒険者が「英雄」だとしたら、現代最強という肩書はまさに化け物だ。野球で打者と投手で一流として活躍するような、将棋に於いてタイトルを一人で独占するような、そんな外れ値。


「あれと並べってのはさすがに」

『私だって鬼畜じゃない。それは、大きな目標だ』


 彼女は指先に光を灯し、空中に文字を書き始める。

 これも魔法の応用らしく、ホワイトボードに書くように空に文字を描き始めた。


『君がすべきことの一つ目は、急いで藍空響花を救うこと。つまり、あの騎士を倒すことだ』


 「藍空響花を救う!」と床すれすれに文字を書き、頑張って背伸びをして「現在地」という文字を書いた。目標に至るまでのロードマップを書こうとしているのだろう。


「……あれを、か」

『本体は君が相手にした分身の何倍も強い。普通にやれば、君が騎士に勝てるようになる前に藍空響花は死ぬ』


 だが、と言葉を結びつつ、魔王が大きく胸を張った。

 ふふん、と鼻を鳴らし、自信満々な自分を表現してくる。


『そうさせないために私がいる。魔王兼パーソナルトレーナー兼君の相棒、イラリアちゃんがね!!』


 謎に今日の魔王はテンションが高い。

 落ち込んでいた俺を励ますためなのか、ただ気分が上がっているのかはまだ付き合いが浅すぎてわからないが、とりあえず楽しそうだった。


『ということで、君が強くなるためにミッションを三つ用意する。期限は二か月。これが、藍空響花が生きていられるタイムリミットだと思う』


 ぐっ、と息が詰まる。

 喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。喰らったら命はないとされる呪いを受けて二か月は生きていられる響花の強さを感じながらも、そのタイムリミットの短さに背中が冷えた。


『ここから二か月、君は息がつけないと思う。死ぬほど苦しく、痛い思いもするだろう。覚悟はあるね?』

「勿論。地獄にだって行って見せる」


 だが、そうであっても関係ない。

 怖くたって、自分を信じられなくたって、止まったら響花が死ぬ。それだけだ。


『愚問だったね』


 わずかに笑って、魔王は小さな目標を三つ書いた。

 このすべてを達成することで、俺はようやく騎士への挑戦権を得られるらしい。


『一つ目が、仲間を増やすこと』

「パーティってやつ?」

『そう、ダンジョンの基本は四人一組のパーティだ』


 配信界隈においても、それは一種のルールだった。

 パーティの最低人数は3~4人。それ以下の人数はリスクが大きすぎるし、それより多いと色々と問題が起きる可能性がある。狭い通路は通れなくなったり、人の気配に魔物が集まってしまったりとか。


 そして、パーティ構成も大体決定している。RPGっぽく表現するなら

 前線で攻撃を受け止めてパーティを守る「戦士」

 後方から魔物を一掃する「魔法使い・弓使い」

 仲間を癒す「僧侶」

 ダンジョンの罠などに対応する「狩人」


 なんかをバランスよく組み合わせるのが覚醒者の中では定番だ。どれか一つでも欠けると安定感は一気に下がり、生還率も低下する。


『その例えで言うなら、君は戦士、魔法使い、狩人の才能がある』

「なんだその、え?」


 当たり前のように思考を読まれたのは置いておくとして、あまりに才能あふれているらしい自分と自己認識の乖離に困惑する。


『落ち着き給えよ。君は魔王の力を持ってるんだよ?君の才能というか私の力だ』

「……まぁ、そりゃそうか」

(戦士の才能はあると思うけどね)

「え、今なんて?」

『何でもない』


 閑話休題。

 そして話の流れのまま第二の目標が提示された。


『君が強くなること。まぁこれは当たり前だね』

「異論なしです」


 仲間に倒してもらいました!なんてのは納得ができないし、魔王が俺に課した代償を払うという点でも自分が戦わないと駄目なんだろう。


『少なくとも、正面切って騎士と斬りあいができるレベルまでは成長してもらわないといけないね』


 本気を出さずとも響花を圧倒していたあの実力。

 ブランクがあったとは言え、鏡花は二級冒険者の中でも一級に近いとされていた少女だ。本体の力がどれほどのものなのかは、今は計り知れない。だが、それが最低条件だと言うならやるしかない。


『最後に、ダンジョン攻略に慣れること。騎士は迷宮主ダンジョンマスターだから、最深部にたどり着かないことには出会えもしない』


 ボスは往々にして一番奥にいるものだ。

 迷宮主もそうで、ダンジョンの一番奥に隠れていることが多い。そこにたどり着くためには、先ず普通のダンジョンを攻略する必要がある。


『これが君へのミッションだ。制限時間は厳しいが、焦りすぎないように』

「分かってる。休暇も大事ってやつだろ?」

『それも有るが、一番大事なのは』


 魔王は両人差し指で自分の口角を吊り上げ、無理やり笑顔を作る。


『笑うことだ。笑ってるやつが一番怖いのは、いつの時代もおんなじだからね』

「わかった、善処する」

『ん。改めてよろしく、相棒』


 魔王が差し出した手を、握ろうとする。


「わっ」


 しかしそれはするりとすり抜けて、空中を切った。数回彼女の手を往復してみるが、何回でもすり抜ける。


 重ねたままにしてみても、バグみたいな景色が広がるだけだ。


『あと、私は他人には見えないし触れないから注意するように』


 ぴっと人差し指を立てて、注意事項を突きつける。響花が魔王に触れなかった時点である程度気づいてはいたが、やっぱり他人からは彼女は見えないらしい。


 どういう仕組みなのだろう。


 魔王についてわからないことは多い。

 現状確定しているのは目標を達成するために俺の味方になっていることと、めっちゃ強いということだけ。


(……あれ、じゃあ何で)


 俺はタメ語を使ってるんだろう。

 唐突に現れた、俺にしか見えない強すぎる少女。警戒するべきだし、救ってもらったなら敬語くらいは使うんじゃないか?


 彼女の瞳を見つめる。

 通った鼻筋、抜き身の刀のように研ぎ澄まされた美しさ。病室に居ていいわけがない異物。だというのに、彼女と話す時間は妙に心地がいい。


 昔からの親友と話しているような、そんな──


『どうかしたかい?』

「いや……何でもない」

『ぼーっとしてられないよ。じゃあ早速退院するために動こうか』


 僅かに抱いた疑問は、気のせいとして処理されていく。それがどんな意味を持っていたのか、考えもしないままに。


 

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