無様でも
藍空 響花は、俺にとって太陽だった。
異性として好きだと思ったことはない。そういうレベルも超えて、人間としてただひたすらに尊敬していた。
俺と彼女は、同じ小さな町で育った。特に名産もなければ、大きな街に行くためには電車で片道二時間かかるような、そんな場所だ。
田舎の空気は、今でも好きじゃない。
排他的で、閉じていて、なのになれなれしい。階級なんて古臭いものがまだ根底に根付いているような、そんな気色の悪い場所。
だというのに、彼女は違った。
新しいものが好きで、いろんなものを取り入れた。親同士の関係なんて気にせず、遊びたいって理由で沢山友達を作った。いじめなんてものが起きれば、どうにかして解決した。
おせっかい、主人公気取り。
そう言われても、彼女は負けなかった。
その姿をずっと隣で見ていて、ずっとあこがれていたんだ。彼女が人を助けるのに、理由なんてない。ただ人が泣いていたら悲しいから、自分が頑張る。
そんな自己犠牲的で、美しすぎるその姿を。
あの日、配信を辞めた日。俺の所為で壊してしまったその生き様を、ずっと覚えている。
◆
「あ、ああぁぁ!!!」
響花はありえないものを見ていた。
自分さえも羽虫のように片づけた甲冑に対して真っ向から立ち向かい、戦い続けている幼馴染の姿を。泥だらけになって、ぼろぼろになりながらも、絶対に倒れないその姿を。
甲冑は魔法を使っていない。
それどころか、魔力での身体強化もしていない様子だ。
身体強化。
覚醒者と一般人の一番の差であり、一番の理不尽。体に魔力を通した人間は、圧倒的なまでの身体能力を得る。響花にもなれば簡単に車に追いつけるし、助走なしで校舎の屋上に飛び乗れる。
特に身体強化をすることで消耗するものはないため、熟練者が身体強化をせずに戦うとしたら、理由は大体二つ。
相手を舐めているか、捨てれないプライドがあるか。
甲冑にとって、それは後者だった。
「ふ、ぅ」
(気抜いたら死ぬ気抜いたら死ぬ気抜いたら死ぬ)
芥は走る。
何回だって自分を鼓舞しながら、甲冑を見続ける。冷汗は絶え間なく流れ続け、口の中はもう乾ききった。
声なのか息なのかさえ曖昧な音が、喉を振るわせる。だが、一切の迷いがない。
甲冑が大剣を振り下ろす。
倒れるように左へ躱した芥が、大剣を持った腕を蹴る。
返しの攻撃を確認もせずに思い切り後ろへと走り、甲冑との距離を開ける。無様で、情けなくて、逃げ腰の動き。
響花になんて似ても似つかない。
(でも、これでいいんだ)
何回も近づいては脚やら関節やらを蹴り、攻撃が来るタイミングを読んで逃げ続ける。甲冑もそれを見て攻撃を変えてくるが、そのたびに何とかして回避する。
時間を稼げればいい。
芥はここに来るまでに政府への通報を済ませている。時間さえ経てば政府に実力を認められているパーティが駆けつけるはずだ。だから、芥に勝算がなかったわけではない。
芥には、甲冑はなぜか本気を出さない。
それを自分でわかっていたからこそ、無様に抗うと決めたのだ。
しかし、それも終わる。
◆
『ふむ、無様で卑怯。唾棄するべき生き様。そこの女の方が闘志があったぞ』
吐き捨てるように、心底つまらなさそうに甲冑が言う。
そして、少し存在感が膨れ上がった。初めて、殺気を向けられた。
「……そう、かよ。だから何だ間抜け。お前は無抵抗のガキ何人殺したんだ。その面下げて、俺に卑怯つってんだよ」
『我は、我を指針とする』
「チッ」
わざとらしく舌打ちをする。
一見、甲冑の行動は無茶苦茶に見える。俺に殺気を向けてから、俺の神経を逆なでするような理論を展開してくる。
だが、あまりにも演技臭い。俺が怒ることを待っているような、そんな雰囲気だった。
それは、倒れている響花を見たときも思った。
多分、俺が来る前に甲冑は響花を殺すことができた。ただその必要がなかったからなのか、別の何かを待っているのか。
それはわからないが、甲冑は俺がキレるのを待っているようだった。
(乗ってやる)
『怒るならば、どうする』
「もう言った」
『ならば、殺してみよ』
甲冑が背中に担いでいた片手剣を抜き去り、俺の前へと投げつける。
からんからんと転がったそれを、拾い上げた。
(軽い)
片手剣なんて使えるかと一瞬不安だったが、逆に心配になってしまうほどその剣は軽かった。
木の棒でも振り回しているのかと錯覚するほどに重みがなく、けれど切れ味は本物であるのが確信できた。
『先の女は武器がなくとも強かったがな』
「うるせぇ」
そろそろ喋りでの時間稼ぎも限界に見えて、一気に甲冑へと肉薄する。
大剣を振るスピードよりも速く、その刃が届かない場所に。
「ふっ!」
がん!と鈍い金属音。
甲冑の隙間を狙って突き出したつもりだったが、手が震えてミスってしまった。だが、止まらない。止まったら死ぬ。
まとわりつくように、大剣の反対側へと動く。
そして、細かく直剣を振るう。そのたびに鎧にはじかれたり防御されたりするが、一回の攻防にこだわらず動き続ける。
「ふ、ふっ、ふっ」
勿論、息が上がる。
最初は意気揚々と動いていたくせに、段々と足がもつれてくる。
わかってた。
俺は英雄でもなければ、天才でもない。
相手が何故か手加減してくれていたから今までやりあえていただけで、もう、限界なんてとうに過ぎている。
どんどん動きが鈍っていって、叱るように甲冑が俺を殴りつける。
足が絡まって転んだ俺を、甲冑は蹴りつける。
全身が痛い。さっき回復したばっかりだというのに、もう傷んでいない場所がない。地面の上に血を吐きながら、また立ち上がる。
それを見て、甲冑は嗤ったような気がした。
◆
甲冑は、驚いていた。
今そこに転がっているオレンジ髪の女を殺せば、甲冑はもう使命を終える。
つまり、芥に付き合っているのは甲冑の気まぐれだった。まともな思考を持たないはずの魔物だというのに、それは遊びを知っていた。
甲冑は、武士道に近い精神性を持っている。
だから煙幕を張ったりこざかしい攻撃をしてくる響花には、少しだけいらだっていた。
だというのに、朽咲芥にはそれを思わない。
弱者が自分についてくるために必死に頭を回している。その姿が何故かとてもおもしろく、殺す手を何度も止めてしまう。
彼が恐らく才能にあふれているのは、甲冑も気が付いていた。
実戦なんてしたこともないだろうに、彼はもう恐怖を飲み込んでいる。
怖い、それはそれとして戦わなければ死ぬ。そういう精神性が、とても好ましい。
ゲームでもするかのような視野の広さと、手札を考え続ける冷静さ。
それは、普通の人間ならないものだ。彼は殺し合いをするために生まれたのだろうと、甲冑は確信した。
(覚醒さえしていれば、もっと面白かっただろうに)
顔を歪ませながらもまだ挑んでくるその少年に、惜しい気持ちを持ってしまった。
それが、芥と甲冑の一番の差だ。
才能なら、おそらく芥のほうがある。しかし、魔力がないものはあるものに絶対に勝てない。そういう風に、世界ができているから。
(楽しかったが、そろそろ終いだ)
甲冑はその鎧の下で確かに笑った。
楽しい戦いだった。こんな人間も生まれるのだと、感心させてもらった。それはそれとして、殺す。
あまり遊びすぎると、「覚醒者」が大群で襲いかかってくる可能性がある。それは流石に好ましくなかった。
『我が唯一にして最強の魔法で、結びとしよう』
甲冑が紫色のオーラを纏う。
その光が剣先へと絡みつき、響花を機能不全まで追い込んだ魔法が口を開く。
芥は小さく溜息を吐いた。
抵抗さえも無意味だと確信したのか、だらしなく地面に倒れこむ。
「くそ、が」
『ではな』
そうして、朽咲芥は後ろにいた響花共々、死体も残さずに消失した──
◆
(唯一の魔法?)
甲冑の魔法を目の当たりにしながら、芥は不思議に思った。
何故か冷静な思考が、その矛盾に気が付いたのだ。
(なら、あの光は)
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