月が満ちていく。

ねこねこ

月の満ち欠け

隣の席の彼女は、いつも明るい天真爛漫な女の子。


「かなー!次、六時間目体育行くよー!」


「わかったー!」


 名前は月城かな。

 見ての通り友達も多いクラスの人気者。カーストで行ったら最上位。

 それに比べて教室の隅で窓際。友達も少ないカースト最下位。それが僕。小林太陽。


「太陽行くぞー。体育館」


 その数少ない僕の友達、谷和希。

 

「そういえば太陽、進路どうするんだ?」


「谷の方はどうなんだ?」


「俺は、亜美と同じ高校に行こうと思ってるんだ」


 そう。谷には、彼女がいる。

 

「学校が終わったら、二人で勉強会してたんだけど、最近は、かなちゃんも一緒に勉強してるんだ」


「谷は月城さんとも仲良いんだな」


「いや、仲良いのは俺じゃなくて亜美の方な」


「そりゃあそっか」


「まぁまだ先の話だけどな。今は、来月の期末テストに向けてって感じだな」


 朝井亜美。

 月城かなの親友であり、谷和希の彼女。そんな人気者の彼氏である谷も、もちろん人気者である。

 なぜ、僕と友達なのかというと、それはただ単に谷が良い奴なだけだ。

 

「センセー!今日は何やるんですか?」


「今日はドッジボールをやるぞー」


「よっしゃー!和希、ボール取り行こうぜー!」


「行こうぜー!」


 どうして陽キャたちはドッジボールがそんなに好きなのだろうか?

 皆んなで盛り上がるチームスポーツだからなんだろうけど、到底僕にはわからない。


「お前たちでチーム決めしていいぞー」


「はーい」


「わかりました!」


 チーム決めという地獄の時間は苦痛でしかない。


「じゃあ、小林は和希のチームだな」


 いつも通り、最後に選ばれる運命。

 『残り物には福がある』その言葉を信じれば、僕には相当の価値があるはず・・・・・・。

 残り物目線から見れば、そんな事は冗談でも言えない。


「男女混合でやるから、男子は力加減に気を付けてやれよー」


「わかってますってー」


「じゃあ、始めるぞー」


 ピーッと笛の合図と共に、地面を蹴る音が体育館に響き渡る。

 序盤はまだ人がいるため、影に隠れていればなんとかなる。このまま待機の時間が少し続く。


「小林くん!頑張ろうね!」


「え、あ、う、うん・・・・・・」


(月城さんが話しかけてきた?こんな僕に?どうして?)


 意識が月城さんに向かっているからか、目の前に飛んできたボールに気づかずに開始早々アウトになってしまった。


---


「じゃあ太陽また明日な」


「うん。また明日」


 谷は本当にどこまでも良い奴だ。彼がいるから学校に行けてると言っても過言ではない。


「ただいま」


「太陽おかえりー」


 母親にそれだけ言って、制服と鞄をだらしなく身につけながら寝室のベッドに横たわった。

 そして今日の事を思い返す。そんないつも通りのルーティンが終わる頃には外は暗闇に染まっていく。

 ただ、一つだけ引っかかる事が僕をベッドに縛りつける。


「何で僕に話しかけたんだろう?」


 谷以外のクラスメイトと話すのはいつぶりだろう?

 しかも、それがあの、月城かな。

 隣の席ではあるが、話をした記憶すらない。僕とは無縁の存在なのに。

 そればかりが頭から離れない。


「あーなんでっ!」


「太陽ー!ご飯できたわよー!」


「はーい」


 19時半過ぎ。気づいたらこんな時間になっていた。

 

「太陽テスト勉強はちゃんとしてるの?」


「してるって」


「お父さんも心配してたよ」


「大丈夫だって」


 冴えない僕だが、小学生の頃から勉強が得意だった。

 学年トップ三位を連続して取っている。唯一僕が自慢できる所だろう。


「お風呂から上がったらちゃんとやるから」


 勉強だけが得意な自分の将来は、必然的に偏差値の高い高校を目指すと、無意識が決断していた。


---


 街の灯りが静かに消える深夜0時。


「よし、そろそろ寝るかー」


 眠気に負ける。というよりも明日の自分のために無理矢理寝かしつけているだけなんだが・・・・・・

 きっと誰もが共感してくれるだろう。

 時計の針だけがカチカチと・・・・・・カチカチと・・・・・・


「はぁ、眠れない」


 あの一瞬の出来事が頭の中をぐるぐる回って目が冴える。

 そしてどうしてか、心臓が跳ねてる音がする。


「体調悪いのかも・・・・・・」


 熱くなる心と頭を冷やすために、ウォーターサーバーのあるリビングに向かった。

 水を一口。テーブルに置いたグラスに一筋の光が差し込んだ。

 街の景色を隠したカーテンを一枚、ベランダに続く窓を開け、一歩外に出れば、この暗い夜に同化していく。


「月、きれいだなぁ」


 綺麗な半月を瞳に映した。


「きれいですね!」


 隣のベランダに人がいる事に気づかなかった。


「あ、す、すいません。誰もいないと思っ・・・・・・て・・・・・・えっ?」


「こちらこそ、ごめんなさ・・・・・・て、あれ?小林くん?」


 僕の見間違い?夜の暗さのせい?それとも夢の中?

 ・・・・・・いやいやいや、これは現実だ。目の前には月城かながいる。


「な、なんで月城さんが?」


「小林くんこそ、なんで?」


「こ、ここ僕の家だから」


「隣だったの!?」


「と、隣?」


「そう!私の家ここだよ!」


「・・・・・・は?」


 物語の始まりはいつも突然。

 今日の月は、やけに輝いて、眩しいほど僕の瞳を照らしている。


---


「太陽おはようー」


「おはよう」


「なぁ太陽、昨日の宿題やった?」


「宿題をやるのは当たり前だろ」


「お願い!少し見せてくれ」


「やってないの?」


「いや、やったんだけどさぁ。この計算問題がさっぱりわからん!だから見せてくれ!そして教えてください」


「いやいや、頭を下げるな。・・・・・・まぁいい、この問題はまず・・・・・・」


「おっはよー!和希君!」


「おはよー、かなちゃん」


「お!小林君もおはよー!」


「あ、お、おはよぅ・・・・・・」


(ただの挨拶がどうしてこんなにスムーズにできないんだ・・・・・・)


「和希君今日も勉強会できる?」


「ごめん!今日は亜美と二人で用事があるんだ」


「そっか・・・・・・」


「そうだ太陽、お前教えてやれよ」


「え、俺が?」


「当たり前じゃん。俺より何倍も適任だろ」


「いやでも、教えるのはあんま得意じゃ・・・・・・」


「小林くん教えてくれるの?」


「いや、あ、あの・・・・・・」


「教えてあげるってよ!なぁ太陽!」


「ちょっ・・・・・・お前勝手な事・・・・・・」


「ホントに!?ありがとー!」


「まぁ、そこまで言うなら・・・・・・良いけど・・・・・・」


「よし、決まりだな!かなちゃんを頼むぞ、太陽」


 こんな急展開予想できるはずがない。

 一時間目から四時間目まで授業に集中できるはずもなかった。

 あっという間にお昼の時間が過ぎ、午後一発目の授業。


「あれ、ない・・・・・・あれー」


 隣の席から小さな独り言が聞こえてくる。

 どうしたの?なんて声をかける勇気があるはずもない僕は静かに、窓に顔を向けた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 気まずい視線を後頭部に感じる。

 窓に映る淡い僕。彼女もまた同じ方向を向いている。

 まばたきをする度に近づいてくる『それ』は耳元で囁いた。


「小林くん、教科書見せて」


「う、うん」


 おもわず僕も囁いて返した。

 静かに密着した机、僕と彼女の距離感はゼロに近づいていく。

 フローラルな香りが心と頭を刺激する度に、鼓動の高鳴りを感じる。


「ありがと!」


 何も言葉を返せない僕は、今、どんな顔をしているのだろうか?

 赤面して、きっと変な顔になってるに違いない。

 

「ごめん、ここ見せて!」


 月城さんが教科書を覗き込む度に、制服同士が擦れ合う。

 制限時間50分の辛抱。この熱がどうか彼女に伝わりませんように。


---


「太陽ー。じゃあかなちゃんを頼むぞー」


「う、うん」


「じゃあまた明日なー」


 本番はここからだというのに、疲れがドッときてる。


「はぁぁ」


 溜め息と教科書を鞄にをしまいながら、約束した勉強場所の図書館に向かう・・・・・・。


「ちょっと待ってー!」


 昇降口へとつづく階段に足をかける寸前だった。


「小林くん一緒に行こっ!」


「あ、あれ?先に行ってるんじゃなかったの?」


「せっかくだから一緒に行きたいと思って。沢山喋って、小林くんの事もっと知りたいから」


「そ、そう・・・・・・。な、何でも聞いていい、から」


(何を言ってるんだ僕は)


 図書館に着くまでの間、結局まともに会話は続かなかった。


「じゃあよろしくね」


 図書館の静けさに二人の声も自然と小さくなっていく。

 周りの席を見れば一人で黙々と勉強に打ち込んでる生徒もいれば、複数人で切磋琢磨してる生徒たちもいる。

 淡々と時間が過ぎていく図書館。僕たちもこの中の一員として、青に染まっていった。


「もうこんな時間だぁ。小林くん疲れたよー」


 時刻は七時半。思っていたよりも集中して取り組んでいた。


「小林くんすごいねー、めちゃくちゃわかりやすかった!いつもどのくらい勉強してるの?」


「まぁ帰ったら勉強してるくらいかなぁ。他にやることもないし」


「いやぁすごいよぉ。私なんかすぐサボっちゃってさぁ」


「まぁ僕もサボる時はあるし、勉強しかやることない方が変というかなんというか・・・・・・」


(クソッ!テンパると余計な事まで言ってしまう)


「かっこいいよ」


「・・・・・・え?」


「いや、なんでもない・・・・・・。そろそろ帰ろっか」


「う、うん」


 外は真っ暗。家まで約20分程。


「僕の家こっちだから、それじゃあまた明日」


「うん。バイバイ・・・・・・。って同じ方向でしょ!」


「あ、そうだった、ごめん」


 勉強中は時間と緊張を忘れるほど集中していたのに・・・・・・。そう上手くはいかないみたいだ。

 ここまで来た時と同じように、帰り道も会話はなかった。

 でも何かが違った。言葉には表せないが、どこか安心感を彼女の方からも伝わってきた。


「じゃあまた明日、それと、これからも勉強教えてね」


「あ、う、うん」


 さよならの挨拶は互いの家の前。

 勉強会という学生ならではの時間が、この日から僕と彼女の距離を少しずつ、大きく近づけていった。


---


 期末テスト返却日。


「お前何点だったー?」


「いやー俺全然だったわー」


「え?お前は95点!?すげーな」


 教室中をそんな声たちが飛び交っていく。


「おい太陽ーお前はどうせ百点だろ?」


「いや、まぁそうだけど」


「おれなんか50点だぞ」


 大きく溜め息をしている谷と対照的に、喜びを全身で表してる僕の隣の月城さん。


「小林くん!見て見て!小林くん!小林くん」


 『90』という文字が記されたテスト用紙を跡が付くほど握りしめながら何度も繰り返す。


「すごいね、おめでとう」


「小林くんのおかげだよ!小林くんがいなかったらこんな点数は取れてないよー」


「すごいのは月城さんだよ。この短期間でこれだけ真剣に努力して、この結果になったのは紛れもなく月城さんの力だよ」


「・・・・・・ありがと」


「なんか二人仲良くなった?」


 谷が余計な事を真剣な表情で言ってくる。


「いやいや、全然そういうのじゃ無いって」


 どうしてか焦って口走ってしまう。


「なんだなんだ太陽、そういうのって?」


「揶揄うな」


「かなちゃんどうなんだよ?太陽とどんな会話したんだ?」


「・・・・・・」


「かなちゃん?」


「・・・・・・小林くんっ!」


「は、はい!」


「・・・・・・いや、やっぱなんでもない」


「そ、そう」


「なんだなんだーやっぱ怪しいぞー」


「だから揶揄うなって」


 静かに椅子に座った月城さんの顔はどこか赤くなっているように見えた。


「おーいお前ら、今回の期末テストはこれで終わりだが、次の期末テストも気を引き締めて取り組むように!」


「はーい」


「はーい」


 四日間の期末テストが無事終わった。

 そしてこの日の夜、僕は彼女に呼ばれた。


---

 

『今日の夜、ベランダに来て』


 その言葉だけを抱えて、約束の場所に来た。

 隣を見ればもうすでに彼女が空を見ていた。


「話って?」


「小林くんと勉強会をするようになって、改めて何かを頑張るってこんなにも楽しいんだなって思ったの。そして、真剣な表情をしている小林くんの姿がかっこいいなって」


 どう反応していいかわからない僕はただ黙り込んだ。


「だからこれからも、もっと教えて欲しい」


「・・・・・・うん」


「勉強もだけど、それだけじゃない」


「え?」


「小林くんの事」


「僕?」


「もっと教えて・・・・・・。小林くんの事」


「・・・・・・」


 言葉の意味を頭で整理している暇もなく彼女は続ける。


「時々、こうやって街を見てるとなんか寂しい気持ちになるんだ」


 あえてなにも返さず、いや、返せず、同じように街を見渡した。


「でも、この月は私達を照らしてくれる」


「うん」


「でも、一人には変わりない。そう思ってた・・・・・・」


 いつもの笑顔ではなく、悲しい顔をした彼女を見るのは初めてだった。


「でも、今、私は一人じゃない」


 瞳のハイライトが綺麗に満月を映している。


「この先のこと、次の期末テスト、そしてその先にある高校受験、そしてもっと先にある未来をまで・・・・・・。小林くんになら頼って歩いていける気がする」


「・・・・・・僕でいいの?」


 僕の問いかけに彼女は答えず続けた。


「ねぇ太陽くん・・・・・・」


 今度は僕の方が無視をした。


「月が綺麗だね」


「うん。君と見てるからこんなにも綺麗」


「・・・・・・」


「でもね・・・・・・そんな月に・・・・・・輝きを分け合ってる」


 彼女の言葉を待った。


「太陽はもっと綺麗だよっ!」


 月を見ていた視線は真っ直ぐ僕の方を見つめていた。

 今日の月は、やけに僕を照らしているように感じる。



 





 


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月が満ちていく。 ねこねこ @Nekot123123

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