EP06 The Right Stuff

「──あなたの惑星でいうところの当機の識別名はララ→ララ。この惑星に飛来した隕石です」


 僕の目の前にいる隕石の少女は流暢な日本語で話し始める。



「選択者の選考は正しい資質をもつ有識者のほかに、無作為な者も対象になりました。そのうちの数万人は私がこの惑星に衝突した瞬間に生まれた子供たちです。」


 え?・・・という言葉すら出なかったと思う。最悪の事実を想像してしまう。


「そのうちの一人があなたです。波多野六郎太」



 ということはつまり・・・


「あなたの記憶は全て、当機が計算した本来あなたが体験するであろう未来の光景です。」


 ウソ・・・という言葉すら出ない、と言うよりも心のどこかでそんな気がしていた。



「選択者はあらゆる可能性の中から選ばれます。そして選択者は正しい判断をしなくてはいけません。それはあらゆる可能性を考慮しあらゆる倫理を考慮し、しかしそのいずれにも束縛されてはいけない。

 だから帰属意識<アイデンティティー>に基づいて視野が制限されてない自由な価値観を持つ者も選考の対象にしました。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その為に僕に記憶を植え付けた?」


「はい。ですが植え付けたというのは適切ではありません。あれはあなたの出自や出生場所から予測される人間関係とそこに付随し学習するであろう知識、性的思考それら全てをふまえ計算された未来です。

 選択者には判断に必要な最低限の知識・情操教育や社会的経験を修め、なお且つそれに縛られないために必要な事と判断し促成人生計算を行いました。」



 そんな簡単に説明されても、例え頭で理解できてもおいそれと納得なんてできない。


 つまりこういう事か?僕は本当はまだ生まれたばかりの赤ん坊で、これまでの経験は全てウソの思い出。そしてその思い出を作ったのは目の前にいる隕石の少女?

 名前をララ→ララと言ったか?


 いやそんな事どうでもいい。

 すべてウソだったとしても、どうしても確認したいことがある。



 すべてウソだったとしても、さっきまで楽しく話していた彼女の存在だけは僕にとって数少ない事実のはずだ。


「・・・・・・じゃあ、四条さんは?」

「はい、四条みゆきは本来あなたが未来で出会う予定だった女友達です。」




 簡単に言ってくれるなよ!

 怒りと同時に言葉がこみ上げる。


「違う!そうじゃない!四条さんは!四条さんは無事なのかって聞いているんだ!」


「────四条みゆきはまだ生まれていません。」


「!?」



「四条みゆきの出生予定は数か月後、あなたの家の隣であなたの幼馴染として育つ予定だった女性です。両親のDNAから成長するであろう性格を計算、趣味嗜好を分析しました。

 安心してください。計算結果はほぼ100%正確な結果です。」



 ウソだろう?

 僕だけじゃなくて僕の好きになる人ですらニセモノだなんて。


 じゃあさっきまでの彼女はすべて・・・、僕にとって唯一本物だったかもしれない彼女との短く儚い本物の思い出もすべて?


「はい、すべて当機が計算しました。」



 脳ミソがグルンと回転するように目眩がする。上下左右がねじ切れ僕は地面に倒れる。口の中が酸っぱい、気がつけば僕は嘔吐をしていた。



「ですがその計算の上であなたは私の予測を外れ、なお且つ正しく賢明な選択が出来ると判断しました。」


 もう世界なんかどうでもいい。

 ・・・いや、その世界の命運が僕の手に握られているのか?



 もうダメだ。もう判断なんか・・・選択なんかできない。


 全部ウソ、僕を形作る全てがウソ。総てがウソ。全部ウソ!



「それがあなたの判断なのだとしたら、そこに間違いはありません。」


 ララララが安い気休めの言葉を投げかける。



「でも唯一、本物の事があります。この世界は本物です。」


 そんな当たり前の事をさも堂々というこの少女はやはり価値観が違う。

 日本語で話すのも僕の思考に合わせてか?

 それとも地球人に合わせたのか?


「この世界は本物。そのうえであらためてあなたに聞きます。」



『宇宙の危機が迫っています。全地球人類の生命と引き換えに当機に力を下さい』



 もうダメだ。なおもララ→ララは僕に決断を迫る。


 なぜ選択しなくてはいけない?

 どうして選択しなくちゃならない?


 僕はまだ生まれて72時間しかたっていない一介の学生だというのに?



 宇宙を救うため?

 そのために地球人、全員の命を?



 宇宙と地球を天秤にかけるならば、

 地球人の命程度で宇宙が救えるならば安いものかもしれない。

 しかしその選択は僕にとってあまりにも重すぎる決断だ。


 それを背負う覚悟が僕にはあるのか?

 僕にその責任が?



 僕は口をひらく。言葉を発するだけでもすごく怖い。


「その選択をしたら・・・、僕はどうなる・・・?」


 ようやく言えた。

 言葉を発するだけでもすごく体力を消費してしまう。



「それは選択に影響がありますか?」

「あたりまえだ!そんな重大な決断をするんだ。僕にはひとりの人間として責任がある」


 責任・・・都合のいい言葉だ。

 そんな責任僕には背負いきれないほど重すぎるのに


「む・・・無責任な選択はできない。僕には地球人類の命を・・・宇宙を救う代償に地球人類の命をキミに差し出す責任がある」


「・・・」

「・・・」



 しばしの沈黙の末、ララ→ララは答える。


「選択の後、あなたは私の中で生き続けます。最後の地球人類として当機の旅に同行してもらいます」


「ハハハ・・・」


 乾いた笑いが出る。

 地球人類の命を差し出した後には彼女の旅に同行させられるらしい。

 ということは、地球人類の命を差し出しても僕は生き残るという事だ。


「ですのであなたの生命は保証されます。」



 しかし例え生き残れたとしても、僕が“責任”から逃れられるわけではない。


「ただ、あなたはひとつ誤解をしています。」


「・・・?」


 誤解?この期に及んでどんな誤解があるというのだろう。


「さきほどアナタは責任があるとおっしゃいましたが、責任はあなたの可能性と視野を狭めるものでは決してありません」


 やっぱりこの少女は異星人だ。地球人の価値観とは相いれない。



「この選択にはあなたがた地球人の価値観でいう責任が大きく伴います。しかし責任は視野を狭めるためのものではない。それは連綿と続く生命の営みを背負うという事。生命の連なりを忘れないという事」

「・・・、つまりそれはどういう?」


「責任はあなたがひとつの生命として生きるうえでアナタを証明するための証です。アナタという生命が誕生するまでにこの惑星では多くの選択と責任が生まれました。その結果がアナタです。」

「・・・つまり、それはどういう?」


 言葉で言われても要領を得ない。

 はやく、その言葉の続きを教えてくれ。

 もう僕の選択は決まっているのだから、その選択に理由をくれ!

 僕の背中を後押ししてくれるその言葉を早く!

 もう僕の気持ちは決まっている。



「────アナタが地球人類の生命を受け継ぎ紡ぎ続ける事が責任なのです」


 もう答えは決まっていた。

 今まさに地球は滅亡の危機にあり、今この瞬間にも多くの人が傷つき苦しみ死に直面している人たちも多くいるだろう。



 ごめんなさい・・・、と心の中で詫びる。

 だけど、僕は生き続ける。


 彼らの命と引き換えに、地球の生命を犠牲にして宇宙を救うため。

 そして地球の命を紡ぎ続けるため。

 それがどういう形であろうと僕は後悔しない。



 いつしか嫌な気持ち悪さと重圧は消えていた。

 僕は前え進むという意志を持って力強く選択する。


「わかった。全地球人類の命をキミにあげよう。ただし・・・その命、決して無駄にするな!一つたりとも!」


 威勢よく怒鳴った言葉の真意は僕が地球人最後の一人となる事への矜持とささやかな抵抗だ。

 地球はいずれ間もなく終焉を迎える。

 それならばその命の全てを僕が背負ってやる!



「・・・ありがとう、六郎太。当初の計算とは違いましたが、やはりアナタを選んで本当に良かった。」


 ララ→ララは心の底から嬉しそうに僕に笑いかける。

 なんだ、そんな顔も出来たんだ。



 ララ→ララとのこれからの旅がどんなものになるか?地球人の小さな脳では到底想像もつかない。

 しかしきっと宇宙規模のとてつもない大冒険と大きな課題が山積みなのだろう。



 地球という一つの世界が終わる瞬間。

 その決定をしたのはこの僕、波多野六郎太だ。





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【Tips】

 波多野六郎太②


 生後72時間の少年。計算機<カリキュレーター>ララ→ララの促成人生計算により17年分の人生経験を積んで高校生となった。


 P.S. 促成人生計算での人格と情緒の形成は実際の年数と同等であり完璧。


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