EP01 計算機<カリキュレーター>ララ→ララ

『──あなたの惑星でいうところの当機の識別名はララ→ララ。この惑星に飛来した隕石です』


 僕の目の前にいる隕石の少女は流暢な日本語で語り掛ける。

 ララ→ララ・・・名前というには奇妙な響きだ。イントネーションは中上がりのララ→ララ。それが彼女の名前らしい。


 この少女が隕石の正体だという確たる証拠などどこにもない。地球に飛来した隕石は地表にクレーターを作るどころか地軸を貫通。言葉そのままに地球と言う球体に大きな穴を穿ったのだ。地球を貫通した隕石がなぜ今僕の前にいるのか?考えたって分からない。


 しかし地球文明の滅亡が迫る今この時そんなことは些細な事だ。ララ→ララはさらに続ける。


『宇宙の危機が迫っています。全地球人類の生命と引き換えに当機に力を下さい』


 事ここにきて現実感を吞み込めずにいる僕は、隕石の少女…の見た目をした存在の一人称が“当機”であるという事実に妙な面白さを感じてしまっていた。人間非常事態に陥った時ほど些末な事に心を囚われるのかもしれない。


 ララ→ララは不思議そうに首をかしげる。

 しまった。一人称当機のロボっ子という妙に微笑ましい事実に、思わず口元が緩んでしまったのかもしれない。


「事態に困惑しているのでしょうかですか?それも無理はありません。ですが当機は宇宙を救うためにこの惑星にやってきました。やってきたという言葉には些かの不可抗力も伴いますが・・・」


 状況を端的に説明するとララ→ララは先ほどの決断を執拗に迫る。


「時間がありません。宇宙の危機が迫っています。全地球人類の生命と引き換えに当機に力を下さい」


 隕石の少女は切実な表情で急かす様に僕に答えを求める。


「ちょっと待ってくれ、いきなり現れて全人類の命をキミにあげるなんて、そんな事僕には出来ないよ」

「いいえ、出来ます。」


 かぶせるようにララ→ララは即答する。


「あなたが決断してくれさえすれば、その瞬間当機が全人類の生命を奪い自身の力へと変換します」


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 言っている事の意味が分からない。いや・・・言葉の意味は分かる。でもそんな事が本当に・・・異星人の技術力をもってすれば出来るのか?


「そ・・・それはつまり君が地球人全員を殺すっていう事?そんなことありえない」

「いいえ可能です。それに殺すというのはいささか語弊が伴います。当機は不必要に生命を殺すのではありません。その生命を当機自身の力へと変えるのです。」


 まったくもって意味が分からない。もし仮に彼女が隕石の少女じゃなかったとしたらこんな発言するなんて完全に狂っている、いや仮に隕石の少女だったしても完全に狂っている。


「いま当機の状態は完全ではありません、この惑星にやってくるときに恒星エネルギーの多くを消費してしまいました」

「え…エネルギーってキミはそもそも人間なのかい?」


 見た目はいたって普通の少女にしか見えない。…少し格好が特殊で架空少女趣味のコスプレ染みた格好という点を除いては・・・。


「人間という分類はあなたがたの惑星における定義であり、それに照らし合わせると当機は人間には該当しません」


 人間でない?じゃあロボット?


 ──────いいえ機械≒ロボットでもありません。


 突如、直接脳内にララ→ララの声が言葉が流れ込む。


「え!?」

「失礼しました。あなたとの意思伝達に最適な手段をまだ十分に解せていませんでした。」


 意思伝達に最適な手段?もしかしてララ→ララはテレパシーでも会話できるのか?


「そのように取っていただいて結構です」


 また思考が読まれた。しかし今度は言葉で受け答えしてくれた。


「どうやらこの惑星の方々と円滑にコミュニケーションするにはテレパシーは不向きのようですね」


 ララ→ララは理解してくれたようだ。それにしても宇宙から来た隕石にしてはずいぶんと話が通じる隕石だ。


「はい、当機は現星住民の思考を理解し円滑に交渉と判断を得られるように、あなた方の話す言葉やしぐさでコミュニケーションをいたします」


 流暢な日本語を話す上位存在の隕石様はどうやら僕の思考と言語に合わせて話をしてくれているようだ。


「上位存在の隕石…現星住民の定義に当てはめるのならそのようになるのかもしれません。上位存在の宇宙人と思ってくださっても結構です」


 …上位存在は否定しないんだ。


「先ほどの続きですが、当機はロボットではありません。しかし人間でもありません。あなた方の言葉で言うならばエネルギー思念体≒魂が形になった存在と理解していただくのが適切です。」


「形になった魂?ということは生き物っていう事になるのかな?」

「はい、そう思ってくださって結構です」


 生き物というにはロボットのように堅苦しい気もするが、話を前に進めたいのでひとまずこの考えは頭の片隅へと追いやる事にする。


「地球人全員の命と引き換えにキミに力をあげる…かりにそんな事が出来たとしてどうしてそれが僕なのさ?」

「あなたが適任だからです」

「僕はただの一般人だ」


 そう僕はただの一般人だ。大統領や政府のお偉いさんなんかじゃない。なぜそんな僕にこんな重大な決断を迫る?仮に地球人全員の命を差し出したとして、そんな権利僕には1mmもない。


「権利があるからお願いしているのではありません。あなたがその選択をするのに適任だからあなたにお願いをしているのです」

「…適…任?」


 適任ってどうして?人類の生殺与奪の権を預かるほど特殊な才能なんか僕は持ち合わせちゃいない。


「たしかに、状況も理解せぬまま決断を迫るのは良い選択ではありませんね」



 ──ではまず・・・、

 そうしてララ→ララは現状の説明を、淡々と始めた。隕石の飛来で地球に空いた大穴の位置はニュージーランド沖、直径は2,00kmよりも数千m小さい事。地球の磁場は修復不可能なほどに乱れ、このまま状況を放置すれば人類が活動するのに必要な酸素は残り1時間で無くなる事。そして酸素のあるシェルターに逃げ隠れたところで地殻変動と火山活動の活発化で地表は生命の住めない場所となる事。もし仮に万が一にも生き残る事ができたとしても核を失った地球はその自重から来る重力の乱れでいずれ自戒することを教えてくれた。

 それは文明やインフラが崩壊し情報の錯綜した現在ではけして知りうることのない情報たちだ。


「──ですのでいずれ地球人類はあと1時間ほどでそのほとんどが死に絶えます」


 それは死刑宣告と言うにはあまりにも淡々と冷淡な、機械染みた伝達だった。

 地球が崩壊し人類全員が死ぬ…、そのあまりにも非現実的な現実が事実としてすぐそこまで迫っているのを、僕にもようやく理解することが出来た。

 でもおかしいじゃないか。そもそも地球に隕石が降って来なければ地球滅亡なんて非現実的な事起こる事はなかった。目の前にいる隕石の少女!ララ→ララさえいなければみんな!地球人類全員今まで通り平和に暮らせたのに!


「申し訳ありません」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 怒号をまくしたてるより先に、謝られてしまった。振り上げた手は行き場を無くす。


「ですが時間がありません、早く当機に全人類の生命を!」

「ふっざけるな!」

「!?」


 珍しく隕石の少女が動揺する。へへっざまぁみろだ、ようやく“人間らしいところ”を見せてもらった。


「そもそもお前が空から降って来なけりゃ!みんな死ぬことはなかったんだ!ふざけた格好しやがって、人類を殺したくせにゴメンナサイの一つもないのかよ!死ね!死ね!お前なんか死んじまえ!」

「あと5分。」

「はぁ!?あと1時間じゃないのかよ?ロボットの癖に計算を間違えたのか?」


 タイムリミットは唐突に1時間から残り5分へと繰り上げられる。まったっくロボットの癖に無能な奴だ。


「…計算機<カリキュレイター>」

「・・・?」

「あなたの言葉でいうなれば当機は計算機<カリキュレイター>というのが適切かもしれません」

「カリキュレイター?」


 カリキュレイター?計算機の事か?


「はい計算機です。当機は事象を観測し未来を計算する計算機<カリキュレイター>。計算した結果の全てをあなたに伝えます。そしてその未来を判断して確定するのはあなたです。」

「僕が…」


 言っていることは分からなくもないが…、その判断が重すぎる。そんな重要な決断、僕じゃないほかの誰かにしてくれよ。


「あなたでないとダメなのです」

「無理だよ」



 < YES / NO >


 出来るわけない。そんな責任とれるわけない。って言っても全人類死んじゃうから責任なんて追及のされようもないけど…。


「全人類の生命を無駄にするつもりですか?地球の全人類はあと5分で死に絶えます。その生命を無駄にするのですか?」

「無理だよ、それにあと5分で全人類をキミ一人で殺せるっていうのか?」


 無理だよ。


 < YES / NO >



「いいえ当機ならできます。」

「無理だよ」


 < YES / NO >



「地球人類の生命と引き換えに、宇宙を救って見せます。」


 この期に及んで宇宙を救うとこの宇宙人は宣う。あと5分でどうやって宇宙を救うのかも説明してくれるって言うのかい?



「無理だよ」


 < YES / NO >



「当機なら出来る。だから信じて!地球人類の生命と引き換えに当機に力を!」

「いまこの瞬間も地球人の生命はその数を減らしている!地球人の数が減っては宇宙を救えない!」

「だから早く!」


 もう言っている事が悪の宇宙人のそれだよ。僕には無理だよ。


「無理じゃない!」

 ララ→ララ必死に説得を続ける。

「無理だよ」

「無理じゃない!」

「無理だよ!」


 ────無理じゃない!判断を間違えないで!



 判断を間違えないでか…。

 地球の…全人類の命が掛かっているなら、誰かが判断しなくちゃいけないんだ。


 なんの因果かその選択権は僕にある。

 そして目の前にいる当機っ娘、ララ→ララには全人類を無駄死にさせない事が出来るという。

 どうやってそれをやるのかは分からないけど、もし僕に出来る事があるのならきっとそれはやらなくちゃダメなんだ。

 それに…僕の事をこんなに信じてその判断を待つこの少女の願いを無下にするわけにはいかない気がする。




「分かった」

「…」

「分かったララ→ララ。キミにそれが出来るというのなら、僕は全人類の生命をキミに差し出す。」

「!?」

「それをどうやるのかは分からないけど。全人類の生命と引き換えに力を得たからには、なんとしても宇宙を救ってくれ!いや、絶対に救え!」

「…うん!」


 待ち望んだ僕の答えを聞きララ→ララの瞳には光が灯る。ロボット…いや計算機<カリキュレイター>か、世界が終わるこの世紀末にあって場違いなくらいにその笑顔はとても眩しく、僕の目に映った。

 これが全人類をこれから殺そうとする少女の顔かよ。



 ────この直後、全人類はララ→ララの手により消滅した。





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【Tips】

  計算機<カリキュレーター>ララ→ララ


 地球に落下した隕石の少女。見た目は10歳前後で白いワンピースを身にまとう。

 その見た目は地球人に酷似するが、体表や頭髪は青白い光沢を放ち、異星のテクノロジーを感じさせる。


 地球文明のどんな兵器であろうと彼女の身体に傷をつける事は出来ない。超生命体。


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