第2話 初戦インク・スライム

 シンシャは白粉をまた顔につけると、二階から降りて、ギルド員の青年をカウンター席で探していた。

 大きな二つ折りの紙を広げて、宿屋のマスターはこっちをジロッと見た。

「今、あいつはいないよ。アンタ、仕事はいつ行くんだ?」

 少し左上に目線を泳がせて、プレッシャーを感じながらシンシャは言った。

「えっと……い、今から」

 宿屋のマスターはカウンターの下から小さな布袋と長い棒を取り出す。

「ほれ、ギルドからの初心者への支給品。ひのきの棒と50Gだ。」

 カウンターごしにほいっと、その二つをシンシャへ渡してくる。

 シンシャは目をぱちくりさせながら、まじまじとそれを見ていた。

「この金でポーションを買うことだ。うちは雑貨具も売ってるが……金をポーションに変えるか?」

 金の入った布袋を手のひらに置いて、シンシャはぽかんとしていた。

「かーねーにーかえーるかー?」

 宿の主人に詰められて彼女はこくこくと頷く。

 そして追い出されるように、ポーションとひのきの棒を手に持って外に出されてしまった。閉まった宿から、笑った声で宿の主人がシンシャの出立に声をかけた。

「張り紙に書いてある、東区の方へ行くんだぞ! 気をつけてな」


 東区へ向かうため、シンシャは中央広場を通り抜ける事にした。

 広場では朝市が終わり、混んでいた市場は静かになっていた。住宅地の方の道から魚を焼くにおいが漂ってくる。

 住宅地の反対側には職人通りがあり、鉄を打つ音が聞こえてくる。

 その何とも言えない生活臭に、シンシャはこの町の豊かさを感じていた。

 人々が暮らす、静かな空間をこの町自体がなんだか愛おしい。


「いいかい!? アンタが退治するのは、この区画にやって来たインク・スライムを退治する事だヨ!」

 清掃を預かっているオバチャンがシンシャを威圧していった。

 東区は教会が大きく立っている地区であり、行きかう信者らしき市民の姿や、神官服を着た人たちがシンシャ達を通りすぎていった。怒られてシンシャは首をすくめつつ、チラッと空を見上げた。鐘を鳴らす尖塔がここからも見える。この教会の屋根も他の屋根の色と同じで青かった。

「アンタ。それが武器かい!? ひのきの棒だけで本当に戦えるんだろうネ!?」

 ひのきの棒を握りしめて、風景を眺めてぽかんとしているシンシャをオバチャンは訝しげに見ていた。

「そうだよ! 前に来た黒髪の少年なんか、木の剣一本で戦いに来てネ!? まったくといってなんていうか、最近の清掃にはそんな素寒貧しかこないのかい!? まったく、鉄の斧や剣を使うフツーのはいないのかね!? フツーの!!!!」

 オバチャンはどうも、この地区のシスターらしく、清掃を担当しているようだった。来る人はやりたがらない仕事なのか、あまり人気はないようだ。

「町が汚くなると、治安も悪くなる。モンスターが吐き出したペンキは全部掃除する事!」

 彼女は掃除用具を貸し出して、モップやら木のバケツをシンシャに放り投げてくる。ガラガラと頭に木のバケツをひっかぶり、モップを両手で受け取り、行く場のなくなったひのきの棒を背に背負わせたカッコ悪いシンシャがいた。


 ぽちゃん、ぽちゃん


 足音の水音を立てて、インク・スライムがあらわれた!

 肉まんのような形をして、先端の部分が硬貨している。火山の吹き出し口の様に固まったそれは、体にたまったインクを遠くに噴き出すためのものだろう。

 生態系は謎だったが、シンシャは感心してその姿を眺めていた。

「ホラ! あいつらだヨ! 油断も隙もありゃしない! あのインク・スライムども! いつもあたしたちの芸術的なほど白い壁の街を台無しにしていく! まったく、あいつらと来たら……」

 愚痴りながら、シスターのおばちゃんはモップを構えた。

 同じように、シンシャもシスターと共にモップを構える。

「いいかい!? あいつらに壁を汚させるんじゃないヨ!!!!」

 スライム達が頭の先端からビュゥっと体内のインクを飛び出させてきた。

「うわぁ!」

 シンシャは間一髪でその赤いインクを下げた。他にも、インク・スライムは青、赤、黄色と原色を撃ちはなって来る。

 数匹の下に上に横にとシンシャは避けたが、だんだん楽しくなってくる。

 けらけらと笑いながら、シンシャはゲームのように避けて遊んでいた。

「避けたら壁にインクが付くだろう!? モップで弾くんだよ!」

 オバチャンはモップで器用に床にインクを叩き落としていく。そして、掃除しながら

 試しにインクを叩き落としてみようとシンシャも挑んでみる。すると、顔にぶしゃぁあっとインクをひっかけられた。

「わぷっ」

 一瞬シンシャは息が出来なくなった。

「何やっているんだい!? 腰入れて戦いな!」

 オバチャンはシンシャごとモップで顔を叩きつぶすと、水をシンシャにひっ被せて綺麗にした。シンシャは衝撃で頭がくらくらしたが、果敢に戦うオバチャンに頼もしさを覚えてしまっていた。

「す、すごい……」

 キィエエエーーーー!!!!とオバチャンは奇声を上げながら、12匹もいるインク・スライムを次々と叩き潰し、ただの潰れたインクへと変えていく。

 しかも、愚痴を早口でまくしたてながら、器用に戦うものだった。

「わ、私も……!」

 愚痴を大声で言えないが、うおおおーーーー!!!!とシンシャも挑みかかる。避けずにバケツで受けて、バケツの底で叩き潰す。バケツの底は、赤が混じり、黄色が混じり、青が混じり。と、叩き潰してインクを受けるたびに、色が変わっていった。

 最後には混色となり、黒に近い色へと変化していた。


 一通り潰して回ったら、インク・スライムの姿は見えなくなっていた。

 オバチャンはスライム達が汚して回ったインクを更にふき取るために、遠くへ行ってしまっていた。

 シンシャは、自分でつぶした分のインク・スライムの汚れをモップで掃除して回る。時刻は夕方になっていて、遠くの青い屋根の尖塔から鐘がなっていた。

 「もう、そんなじかんなのか。

 そして、誰かがいてくれたらな」

 シンシャはオバチャンが居らず、静かになった周りを見渡す。まだまだ、インクの跡は壁に広がっている。少しでも残したらオバチャンからいろいろ言われてしまうだろう。

 シンシャは腰をいったん休めて、モップを手に空を見た。

 夕焼けが、赤い。

 もし、もっと自分に仲間がいてくれたら。

 あの、宿で見たパーティーのような、仲間が。

 もっと毎日がはかどるだろうと、この空を見て思ったのだ。

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