第3話 魔力回路

 転生からしばらくして、何個か気付いたことがある。

 ここは、どうやら完全に異世界であり、魔法という物が存在する世界だった。

 その証拠に……。


「お母さん、寒くなって来たから火をつけてくれないか?」

「はいはい、ちょっと待ってね……。この光、旅人を導き、我が家の灯火とならん『ルーチェ ディ カンデーラ』」


 その言葉と共に、家の中にあった暖炉に、小さな灯がともった。

 それは、暖炉の中にある薪へと移っていき、ぱちぱちと薪が弾ける音が部屋に広がる。

 橙色の光が壁を揺らし、影がゆっくりと伸びたり縮んだりした。


(……本当に、魔法だ)


 俺の知っている世界では、火は道具でつけるものだった。

 言葉ひとつで灯るなんて、物語の中だけの話だと思っていた。


「ほら、これで暖かくなるでしょ」


 母親は当たり前のように微笑む。

 この世界では、魔法は特別じゃないのかもしれない。

 生活の一部で、息をするように使われるもの。


(妹が見たら、絶対に喜んだだろうな……)


 胸の奥が、またじんわりと痛む。

 暖炉の火は暖かいのに、俺の中だけが冷たい。


 転生したのが俺じゃなくて、妹だったのなら。

 何度、そう思ったのだろうか。百を超えてからは数えていない。

 でも、後ろ向きになるのはこれで最後にしよう。


(魔法があるのなら、死を極限まで遠ざけることが出来るかもしれない)


 そんな考えが浮かんだ瞬間、胸の奥で何かがかすかに動いた。

 希望……なんて大それたものじゃない。

 ただ、死の影から少しでも遠ざかりたいという、本能に近い願い。


 この世界には、火を灯す魔法がある。

 なら、傷を癒す魔法もあるのだろうか。

 病を治す魔法も。

 命を繋ぐ魔法も。


 思考を回せ、一秒たりとも無駄にするな。

 死から逃れるためには、強くならないといけない。

 強くなるためには、常に努力しないといけない。


 出来ることを全てしろ。

 一瞬の気のゆるみも許すな。堕落とは無縁の人生を送れ。

 俺の人生に安堵なんていらない。ただ死から逃れたい。その一心で、強くなれ。


 母親が使った魔法を、頭の中で何度も思い出し、繰り返す。

 言葉? 動作? それとも違う何か?

 いくら魔法だと言っても、無からエネルギーを作れるはずがない。何か対価のようなものがあるはずだ。


 出来るだけ早く、それを見つけないと。

 死は徹底的に平等だ。……いや、不平等こそが平等である人間の社会において、唯一平等な物だ。

 人種、年齢、性別……死はそれらのことを考慮しない。どれだけ強い人間でも、どれだけ賢い人間でも、ふとしたことで死んでいく。


 でも、死は遠ざかることは出来る。

 常に死を警戒し、常に死に対する準備を行う。それだけで、きっと長生きできるはずなんだ。


 考えろ……。考えろ……。

 脳細胞の全て……いや、それだけじゃない。俺の体を構成するすべての細胞を使って探れ。

 死を遠ざけるために、自分の持つすべての力を使って。


――そして、やっと見つけた。


(なんだこれ?)


 身体の奥深く、誰にも触れることが出来ない場所で、何かが蠢いていた。


(こんなの、前世には無かった。つまり、これが魔法の源……魔力とでも言うべきものなのか?)


 その渦は、限りなく小さい。

 でも、確かに存在していたんだ。


(えっと……この光、旅人を導き、我が家の灯火とならん)


 しかし、何も起きない。

 渦から何かが出ようとした気がするが、その力はとても小さく、渦から抜け出すほどでは無かった。


(何が足りない? 魔力の量か、それとも全くの別の理由があるのか? ……いや、この場合は魔力を動かす力が無かったことが問題なのかな?)


 次々と仮説を立て、試行を繰り返してみる。

 だが、渦は微動だにしない。俺の意識が触れようとすると、まるで小動物が身を縮めるように、そっと沈んでしまう。


(そう言えば、父親は母親に頼んだんだよな。その理由は何だ? 性別? 個人の才能? ……どちらかというと、才能の方が近い気がするが、少し違う気がする)


 男性である俺にも魔力が宿っているんだ。父親だって魔力を持って生まれてきてるはず。

 なのに、自分で魔法を使っていないかった。

 つまり、魔法を使うためには、言葉以外の何かが必要となるはずだ。


(元居た世界のエネルギーはどうだった? 例えば、電力だとすると、電池とモーターだけでは何も起きない。それに伴う、導線が必要だった。つまり、魔法にも魔力という電池と、言葉というモーターが必要なのか?)


 魔力があるのは体の奥深く。

 けれど、そこから外へ流れ出る道がない。


(電池があっても、導線がなければ電気は流れない……そういうことか)


 魔力は確かに存在している。

 だが、俺の身体のどこにも魔力を通す回路のようなものが感じられない。

 渦はただそこにあるだけで、出口を持たない閉じたエネルギーだ。


(じゃあ……回路を作らないといけない?)


 そんな馬鹿げた考えが浮かんだが、すぐに否定できなかった。

 だって、魔力は確かに反応している。

 俺が意識を向けると、渦はわずかに震える。

 まるで、外へ出たがっているのに、道がなくて動けないように。


(魔力を動かす筋肉……いや、神経みたいなものが必要なのか?)


 もしそうなら、俺は今、その神経を一本ずつ作る必要がある。

 赤ん坊の身体で、眠気に負けそうになりながら。


 意識を渦へ向ける。

 渦はまた小さく震えた。

 今度は、さっきよりもほんの少しだけ強く。


(……反応してる。やっぱり、間違ってない)


 魔力は動かせる。

 ただ、まだ弱すぎるだけだ。


 なら、やることはひとつ。


(動け……動け……!)


 渦に意識を押し当てるように集中する。

 すると、渦の周囲に、細い糸のようなものが生まれた気がした。


(……これが、導線……?)


 それはすぐに消えてしまった。

 けれど、確かに何かが生まれた。


(作れる……俺にも、作れる……!)


 イメージだけではない、演算もしろ。ただ光を思い浮かべるだけでは足りない。魔力がどの方向へ流れ、どのくらいの量が必要で、どんな形で外へ出るのか――そのすべてを計算しろ。


 脳が焼ける。

 まだ赤ん坊の俺では、この演算はかなりきつい。でも、死から逃れるためには、これは絶対に必要だった。


(あとちょっと……あとちょっと……!)


 小さな神経が、体の中に出来上がっていく。

 それは本物の神経ではない。もっと曖昧で、もっと脆くて、意識を離せばすぐに霧散してしまう仮初めの回路。


(つなげ……つなげ……!)


 渦から伸びた細い糸が、身体の内側をゆっくりと進む。

 ほんの数ミリ。けれど、その数ミリが途方もなく遠い。


 赤ん坊の脳は悲鳴を上げている。

 視界が揺れ、意識が霞む。

 眠気が波のように押し寄せてきて、思考を奪おうとする。


(寝るな……寝たら終わりだ……!)


 必死に意識を繋ぎ止める。

 糸は震えながらも、確かに前へ進んでいた。


 そして――


 ぷつん、と何かが繋がる感覚がした。


(……できた)


 たった一本。

 たった一本の、細くて頼りない魔力回路。


 でも、作ったことには変わりない。

 これが、俺が異世界に生まれて最初に踏み出した第一歩だった。


(……やっと、終わった……。今日は、おしまい……)


 意識が闇へと引きずり込まれる。

 赤ん坊の体では、これ以上起きることは出来なかった。

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ヒロインの兄に転生して 月星 星那 @XYandZ

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