第3話最近、私は少し調子に乗りすぎていたのかもしれない。
寝具売り場のシモンズ製最高級マットレスは、もはや私の定位置だった。リネンコーナーからおろしたてのオーガニックコットンのパジャマに身を包み、スマホでダウンロードしておいた映画を一本観る。それが毎晩の習慣になっていた。
誰にも邪魔されない、静かで快適な夜。
最初は物陰に潜むように過ごしていたのが嘘のようだ。慣れとは、かくも人を大胆にさせる。
「…ふぁ…」
瞼が重い。映画のエンディングを待たずに、私の意識はゆっくりと沈んでいった。心地よい眠り。まさか、この油断が命取りになるとも知らずに…。
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「…しまった、社員証ロッカーに忘れた…」
従業員用出口のドアの前で、あゆみは一人呟いた。明日からの連休、実家に帰る前にどうしても取っておかないといけない。ミキはもうとっくに帰ってしまった。
仕方なく、警備員に事情を話して再び店内へと足を踏み入れる。非常灯だけが点る薄暗いフロアは、日中の賑わいが嘘のように不気味だ。
ミキの「デパートに住む女」の話が、嫌でも頭をよぎる。
あゆみはスマホのライトをつけ、足早にロッカールームへ向かった。
…と、その時。
「…すぅ…すぅ…」
微かな寝息が聞こえた。
心臓がどきりと跳ねる。空耳?いや、違う。確かに聞こえる。音は、寝具売り場のほうからだ。
まさか…。
好奇心と恐怖に突き動かされ、あゆみは音のする方へ、懐中電灯の光を向けながらそろりそろりと近づいていく。
光の輪が、ずらりと並んだベッドをゆっくりと舐めるように動く。
そして、一番奥のダブルベッドの上で、その光はピタリと止まった。
「え…?」
マネキンじゃない。
水色のパジャマを着た女の人が、気持ちよさそうに眠っている。
噂の…。
懐中電灯を持つ手が震える。
幽霊じゃない。人間だ。本当に、このデパートで暮らしている人がいたんだ。
あゆみが息をのんだ、その瞬間。
眩しい光に眉をひそめ、眠っていた女がゆっくりと目を開けた。
そして、ライトの向こう側に立つ制服姿の私…あゆみと、目が合った。
時が止まる。
女の人の顔が、驚きと絶望に染まっていく。
見つかった。
終わった。
私の、秘密の王国は。今日で、終わり?
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