第2話「はあ、極楽! 閉店後のデパート最高!」
7階の高級家具売り場。展示品のL字ソファの角に深く身を沈め、私は冷たいアイスコーヒーをストローで吸い上げた。カラコロ、とグラスの中の氷が心地よい音を立てる。
「ふかふかのソファにドリンクバー、たまらん」
もちろん、これは売り物。ドリンクバーと呼んでいるのも、私が地下の食料品売り場から拝借してきた瓶ジュースを、これまた展示品のワゴンに並べただけの、お手製のものだ。でも、このデパートが眠りについた後、ここが私だけの王国になることに変わりはない。
…さっきは少し、ヒヤッとしたけど。
婦人靴売り場で、新しいローファーを物色していた時だ。棚の上の空箱を、うっかり肘で落としてしまった。
カタン。
思ったより大きな音がして、心臓が跳ね上がった。しまった、と思った時にはもう遅い。フロアの向こう側で残業していた、あの二人の店員さんのひそひそ声が聞こえてきた。
息を殺し、マネキンの影に隠れる。
あゆみさん、と、ミキさん。
私が勝手にあだ名をつけた彼女たちの、怯えたような声が聞こえる。
『今の音、なに?』
ごめんなさい。私です。
でも、そんなこと言えるはずもない。私はこのデパートに「住んでる女」。彼女たちが噂する、正体不明の幽霊。
二人が慌ててタイムカードを切り、従業員用出口に向かう足音をじっと待つ。金属のドアが閉まる重い音が聞こえ、フロアに再び完全な静寂が訪れた時、私はようやく安堵のため息を漏らした。
そして今、こうしていつもの特等席でくつろいでいる。
ガラスの向こうには、誰もいない長い通路がどこまでも続いている。等間隔に並んだダウンライトが、磨かれた床をぼんやりと照らす光の道。
昼間は多くの人で賑わうこの場所を独り占めできるのは、最高の贅沢だ。
だけど。
グラスの中の氷がすっかり溶けてしまった頃、ふと思う。
あの二人、怖がらせちゃったかな。
明日、売り場にそっと、新しいお菓子の差し入れでも置いておこうか。
もちろん、誰からのかは、秘密にして。
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