物語の効用
庸 草子
物語の効用
前編「物語」
あの子が居なくなってがらんとした部屋を見回すと、どうしてもさみしい気分がこらえきれなくなる。
子供が巣立って時間ができると、どうしても昔のことを振り返ることが多くなってしまうのだ。
私の人生はお世辞にも幸せと言えるものではなかったと思う。でも私はその人生を誇りに思っている。
結局自分の人生を自分で肯定できるかが、すべてなのだ。その点で言えば私は恵まれているとさえ言ってもいいだろう。
自分には出来なかった、挑戦することすら許されなかった夢を、あの子にかなえてもらえたのだから。
私は3人兄妹の末っ子に生まれた。 兄が2人に妹である私。さほど裕福な家庭でもなかったから生活は少し苦しかったように思う。少なくとも両親はいつもお金がないと口にしていた。
だから私のことが後回しになってしまうのも多少は仕方がなかったのだと思う。着るものは兄たちのおさがりが多く、当然おしゃれなんて考えることすらできなかった。
ただ少し度を越していたようにも思う。両親は男子である兄たちのことがかわいくて仕方ないらしく、私のことを軽んじていた。面と向かってあんたが男だったら良かったのにと言われたこともある。
正直に言って理不尽だと感じたものだ。私に性別選んで生まれてくることはできないし、そもそも生まれてくるかどうかえらぶことだって出来やしない。
自分の選択の責任を私に押しつけられても困る、と思ったことを思い出す。
思わず口元に微笑が浮かぶのを感じた。
私も親となったということだろう。嫌だったはずの思い出も今となってはいい教訓だったとすら思えるのだ。
そんな状況だったから、あのころの私と言えば家から出ることばかり考えていた。ばりばり勉強して県外の大学に行く、そんな希望にすがって勉強に打ち込んでいた。
それが無駄なことだとも知らずに。
「お前は大学には行かせられない」と両親に告げられたのは高校2年生の頃だった。いくらなんでも、そのつもりだったのならもっと早く言ってくれよと思ったことを覚えている。
今にして思えば両親も迷っていたのかもしれない。けれどその時は理不尽さだけを感じていた。
それなら私の今までの努力はなんだったのだ? こんなに勉強なんかしなくてもよかったじゃないか!
そんなことを思っても、所詮財布を握られている子供の身では逆らえない。おとなしく地元で就職せざるを得なかった。
一人暮らしをすることも、体面が悪いと許されなかった。
それからしばらくはそうとう腑抜けていたように思う。兄たちは大学から家を出ていたから、両親の相手はずっと私がしなければいけなくなっていた。
自分を軽んじているとわかっている相手と友好的に付き合っていくのは難しいものだ。たびたび喧嘩のようなこともした。成人してからは気を紛らわすのにお酒を飲むようになったのは、自分でもよくなかったと思う。
しばらくはそういう生活が続いたけれど、幸い私が爆発する前に新しい生活が開けることになった。私が結婚することになったのだ。
相手は仕事関係で知り合った人で、優しそうな人だった。少なくともその時はそう思っていた。
結婚をして家を出るのなら、両親も体面に困ることはない。
好きにはなれなかった両親だったけれど、お互いに納得のいく別れが出来たのは良かった。本心からそう思った。
結婚生活ははじめのうちはうまくいった。
お互いまったく別の生活を送っていたふたりがひとつ屋根の下で暮らすのだから、多少の問題が起こるのは仕方がない。多少喧嘩みたいなこともあったけれど、許容範囲というものだった。
譲れるものと譲れないものをお互いに見極めながら生活をしていった。そういう意味では健康的な人間関係だったと言っていい。
そのうちに子供も生まれた。それを機に私は仕事をやめ、専業主婦になることにした。思えばその頃が幸福の絶頂だったような気がする。
それから数年後、夫の仕事が上手くいかなくなった。夫は仕事のストレスを私や子供で晴らすようになった。
子供は守ろうとしたつもりだったけれど、上手くいっていたのかはわからない。生活は一気にひどく苦しいものとなった。子供もよくかなしそうな顔を見せるようになった。
あの子はやさしい子だった。私が夫の暴力に耐えきれなくなったときはよく話を聞いてもらった。そういう時あの子は黙って聞いていてくれた。たぶん父と母のどちらかに肩入れすることができなかったのだろう。それでも黙って聞いていてくれることが私にとっては救いだった。
そんな生活が10年近く続いた。その間、夫の仕事が常に上手くいかなかったわけではないはずだけれど、一度ついた暴力癖は直らなかった。
あの子にとっては人生の大半を暴力の中で過ごしたことになる。そのことがとても申し訳なかった。
一時期は思い詰めていっそ心中を……、と考えたこともあったのだが、今振り返ると実行しなくてよかったと心から思う。
それでもあの子は負けなかった。大学に行くんだと言って、毎日勉強することを惜しまなかった。家が荒れているので図書館や学校でしか勉強ができないようだったのは申し訳なかったけれど。
でもそんなあの子を見ると自分の子供のころを思い出した。私には出来なかったことだけれど、この子には成し遂げてもらおう。そう強く思った。協力は惜しまなかったつもりだけれど、どれだけ力に成れていたのかはわからない。
だからあの子が第一志望の大学に合格したときは嬉しかった。思わず近所の人たちに自慢してしまったほどだ。
夫は反対するかと思ったけれど、意外にもあっさりと大学進学を認めてくれた。何か思うところがあったのかもしれない。思えばそれから多少は暴力も減っているような気がする。
あの子の進学後、私と夫の関係は少しだけ変化した。もしかしたらそう遠くない未来に和解の可能性もあるのかもしれない。そう思うとあの子の努力がくれたものはとても大きい。感謝してもし足りないくらいだ。
あの子は大学の寮に入っていて、入学以降、帰省はしてくれていない。それも当然かと思う。
暴力が当然のようにふるわれる家族のもとに、帰りたくはないだろう。
ただそれもあの子がくれたこのきっかけがあれば、夫とも和解して、あらためてあの子を向かえ入れることができるのではないかとも思うのだ。
あの子は私の誇りだと思う。それにあの子があの子らしく生きることをやめなかったおかげで、私の人生もまた誇れるものになったのだ。
子供をきちんと育て上げる。それが親にとっては何よりの誇りだろう。
私と両親との関係はけして良いものではなかったけれど、私の代ではその連鎖を断ち切ることが出来た。そう思うと少し安心する。
あるいは両親ともまた連絡を取り合ってみてもいいかもしれない。
あの子が夢をかなえてくれたことで、私のなかのしこりも開放されたような気がするのだ。
そんなことを考えているとあの子の声が聴きたくなった。
忙しいかもしれないけれど、出てくれたらいいなと電話をかけてみる。
残念ながら手が空いてないようで、電話には出てもらえなかった。
また手が空いてそうなときに電話しよう。
そう、思った。
後編「不要品」
1
大学には勉強以外にもいいところが沢山ある。そのひとつが無料で学生の精神面の相談に乗ってくれるということだ。
もちろん悪いところも多々あるのだけれど、今回の話には関係ないので一旦省略する。
相談できるのは大学生活のことだけに限らない。例えば生育歴の話だって相談することができる。
大学に入学してからしばらくして、そのことを知った僕は定期的に相談室へ通うことにしたのだった。
その日もいつものように相談室を訪ねていた。
いつものように自分がどのような生活を送っていたのかを話していく。あまり愉快な話ではなかったし、人に話したからと言って何かの変化が起こるとも思えない。
でも何もしないではいられなかった。すがるような気持で相談を続けている。
実際のところこの相談が自分にとって良い方向に働いているのかはわからない。
日によって話してよかった気分が楽になったと思うこともあれば、話したせいで逆に気分が悪くなることもある。この日は……、ちょうど後者だった。
「リフレーミングっていうものがあるんだけれど知ってる?」と相談員の先生は言った。
「いえ、知りません」
「簡単に言うと、過去そのものは変えられないけれど、過去の意味を変えることはできるってこと。例えば何かに失敗した、と思った出来事であってもそれをいい経験だったと思うこともできる。そういうことよ」
「……なるほど」
「あなたの過去についてもそういう風に思うことはできないかな?」
なるほど。そういう考え方もできるのか、とは思った。でも何かしっくりこなかった。
その後自分の過去について、その件についてはいい経験だったと言えるのではないかとか、ひどい目に遭ったことが今の僕のやさしさに繋がってるのではないかとかそういう話をされた。
別段自分がやさしいと思ったことは無かったのだけれど……、まあそれはどうでもいい。
どうにも些細な理不尽にも腹を立てていることを優しいと表現されているようだ。人として当然のことだろうに。
その違和感は相談室を出て、アルバイトに向かった後も消えてくれなかった。
さいわいその日はお客さんも少なく、手が空いている時間が多かったので、作業の合間にぼんやりとなぜこんなにも違和感を覚えるのかと考え続けていた。
違和感が形になったのは接客の途中だった。レジを打ちながら、思わず「あっ」と声を上げてしまい、お客さんから不審な目で見られてしまう。あわてて「すみません」と、手を振ってごまかした。
ただ頭の中で出た結論ははっきりとしていた。
つまり僕はリフレーミングをされていたのだ。
2
家族の話をしよう。僕の家族はとても仲が悪い。率直に言ってなんで結婚したのか理解に苦しむぐらいには。
いま僕が家を出て、寮生活をしているのもだいたいはそれが理由だ。夫婦喧嘩なんて犬も食わないなんていうけれど、実際には冗談ではすまされないことも多々あることを、骨身にしみて知っている。
まずはなにから話そうか……、父の話からするのが筋だろう。
父はたいていとても不機嫌だ。なんでも仕事がうまくいっていないらしい。だからと言って子供や母に当たり散らしていい理由にはならないと思うのだが、まあ本人はそこで罪悪感を覚えるような性格ではないのだろう。
少しでも気に入らないことがあると暴力を振るう。それが僕の責任で起こるのならばまあ対処のしようはあるのだけれど、仕事先のトラブルを当たり散らす場合なんかはもうどうしようもない。
止めようとしたところで火に油を注ぐだけなので、勘弁してくれと思いながら部屋の隅で縮こまっているしかなかったのだ。
とは言えこれは今となってはさほど大した問題ではない。敵は敵だ。
暴力振るわれるのであれば逃げ回ればいい。逃げられずに被害を被ることはあるけれど、それはまだ理解できる。
現に寮で暮らし始めて以降は関りも減って、ほとんど被害らしい被害も受けないで済むようになった。帰省をするとなればまた別の話だろうけれど、少なくとも当面は実家に帰る予定はない。
もちろんこんな風に親を敵と思わないですむ人生を羨ましいとは思うけれども。
より問題なのは相手がはっきりとした敵では無い場合だ。もちろん僕から見れば敵であることに違いはないのだけれど。
なぜか相手が僕と仲がいいと思っている場合、はっきりと距離を取ったところで相手側から肩を組んできたりする。
敵として扱ったところで、なぜか相手には理解されない。そういう関係の方がよっぽどたちが悪いのだ。
というわけで母の話をしようと思う。母の話についてはなかなか他人にするのには抵抗がある。父のようなわかりやすい暴力と比べて、なぜか母に同情する人も多いのだ。
あるいは僕の方がおかしいのかと思ってしまっていたこともあった。
本当に、自分の正気をどうやって証明すればいいのかは難しい話だ。
ちょっと話がずれてしまった。話を戻そう。
父の暴力が主に直接的なものであるとすれば、母の暴力は間接的なものが多かったと言うことができるだろう。
父と母は毎日のように喧嘩をしていて、母はその愚痴を毎日のように僕に吹き込んできた。のちに本人の口から聞いたのだけれど、それは「報告」だったそうだ。
父の悪いふるまいを僕に報告して「あげていた」らしい。実際はただ自分の収まらない感情を子供に吐き出していただけだろうに……。
さて、僕はこれがひとつ目となる「リフレーミング」だと思っている。実際の自分の行いの意味を顧みずに肯定的に意味付けを変換すること。
過去を肯定的にとらえなおすことでストレスを軽減することを「リフレーミング」と呼ぶのであれば、これは「リフレーミング」以外の何物でもないだろう。
僕が今日相談室で感じた違和感の正体はこれだったのだと思う。同時に長年の疑問に答えが得られた思いがある。
なぜ母はああも罪悪感が希薄なのか。あるいは僕に好かれているとさえ思っているのか。
母が自分の所業を肯定的にとらえなおしていたのだとしたら、一応の説明がつく。
そう思って思い返すと心当たりがいくつもある。
例えばいまだに僕が許せないこととして、母からの勉強の妨害がある。
母は僕の勉強よりも自分の愚痴を優先していた。なんならそのことについてやめてほしいと伝えた際には、「お前に大学に行ってほしいなんて言った覚えはない」などと言われたものだ。
この記憶は母の中ではすっかり別のものになっているらしい。
母の中では僕が「勉強を我慢してでも母の話を聞いてくれた孝行息子」とでも認識されているらしい。
それだけならまだいい。こともあろうに母は自分が僕の勉強に協力的だったとさえ思っているようなのだ。
この件についてはいまだに理解が追いついていない。
母が近所の人に向かって「自分の協力もあって息子が大学に合格した」などと触れまわっていたと知ったときには、思わず殺意さえ芽生えかけたものだ。
もちろんせっかくの家からの脱出の機会をそんなことで失うわけにはいかない。言わせておけと自分に言い聞かせたものの、感情を抑えることは容易ではなかった。
そうそう殺意で思い出したのだけれどこういうこともあった。
母が包丁を持ち出してきたときの話だ。
原因がなんだったかははっきり記憶していない。たぶん父に暴力を振るわれたか何かだったのだろうと思う。
感情的になった母は包丁を持ち出し何故だかわからないが、僕に突きつけたのだった。お前を殺して私も死ぬだのなんだの言いながら。
さいわいながら実際に刺さったわけではない。ただ肌に触れただけだ。少し押し付けられはしたと思う。出血までは行かなかったはずである。
その後のことははっきりと覚えていない。ひとしきり騒いだ後に母は寝て。僕も恐怖を抑えられないまま寝ざるを得なかっただけだ。
ひとつだけ付け加えておけば実家で暮らしていたころ、僕に自分の部屋というものはなかった。父がひとり部屋を譲らなかったので、母と同室だったのだ。
まだほんの子供だった僕は母の隣で眠ることにしばらく恐怖し続けたものだ。いつ包丁で刺されるものやら分からない。
今になってみればかわいそうな自分に酔っているだけで、そんなことを実際にする勇気なんてないだろうと想像もつくけれど……。
それが今となっては母の中ではある種の美談として位置づけられているようである。
一度、ああいうことをしておいて、さも仲が良いような振る舞いをするのはやめてくれと直接言ったことがある。
僕にとってはそれだけ大きい出来事だったのだ。ただ母にとってはそうではなかったようだ。
涙ながらに「あの時はああするしかなかったでしょう」と語りだした。
実際には父との喧嘩の八つ当たりにすぎなかったはずなのに。さも僕のための決断であったかのような顔で。
この時ばかりは自分の命の価値について、真剣に考え込んでしまったものだ。
これも「リフレーミング」だろう。
母には母の都合のいい物語があって、その中では実際の出来事や端役である僕の事情なんてどうでもいいものなのだ。
「リフレーミング」という概念を聞いたことで、ようやくそこまで理解がおよんだ。いまさらながら、と言った方がいいかもしれない。
3
であるのならば僕はどうするべきなのか。
母と同じような人間にはなりたくない。
だったら「リフレーミング」とやらを拒絶するべきだろう。
自分の過去を都合の良いように変えてしまう行いは厳に慎むべきだ。
それに過去の意味づけを変えることは自分自身に対する裏切りのように思える。
自分自身の苦しみをひとくだりの教訓にして、今の自分が楽になって本当にいいのか。
もうひとつ思い出したことがあった。
僕が母の愚痴に対して、やめてほしいと伝えた際には口論になることが多かった。そういうときよく言われたものだ。
「私自身も両親と仲が悪かったからあなたの気持ちはわかる」などと。
じゃあなんでこんなことを続けているのかと、本気で混乱したことをよく覚えている。
かつての自分の苦しみを「リフレーミング」によって無かったことにした。あるいは教訓にさえしてしまった。
その結果自分が加害をする側に回っても大したことをしていないとでも思ってしまえているのではないか。
妄想かもしれないがそういう思いが消えてくれない。
自分の痛みを忘れて、同じことを他人にするなんて……、そんなことは絶対にしたくない。
なら話は簡単だ。僕は「リフレーミング」をしない。そう決めよう。
過去の自分の苦しみをそのまま抱えたまま生きてやる。
それがどんなに苦しくてもあんなふうになるよりはましだ。
意識するわけでもなく一度頷くと、立ち上がる。
長い間考え込んでしまっていたので、もう夜も遅い時間だ。
遅くなってしまったが、夕食を食べなければ。
そう思いはするのだけれど、まだ何かが引っかかっている。
なんだろうと思考を探っているけれど、なかなか捕まえられない。
10分ばかりうんうんとうなって、ようやくのことで言葉が出てきた。
つまり、僕の正気は誰が保証してくれるのだろうか。
今「リフレーミング」をしないと決めた。それはいい。
ではこれまで「リフレーミング」をしてこなかったことはどうやって確かめればいいのだろうか。
僕と母の現実認識は、間違いなく食い違っている。
その時に母がおかしいと決めつけられるだけの根拠を僕は持っているのだろうか。
例えば心中の件にしても、僕は父との喧嘩の八つ当たりだと思っていたけれど、ひょっとしたら僕が何か母を傷つけるようなことをして、それに対する怒りの表明だったのではないだろうか……。
いや、それにしてもひどすぎるな。
この件については例がひどすぎたのはあるけれど、他のところで自分をごまかしていないとも限らない。
ため息をつく。これが父や母ならば、こんな面倒くさいことは考えずに能天気に生きられるだろうに。……それともこれも僕の思い込みだろうか。
頭を振り、あらためて夕食の準備をすることにする。
共同キッチンに行こうと部屋を出ようとしたところで、携帯電話が震えた。母からだ。
とても母と話すような気分ではない。
携帯電話を取り上げる。ふとこのまま壁にでもたたきつけてしまおうかと言う思いに駆られた。
怒りのままにふるまえば、この胸のもやもやも少しは解消できるような気がして。
……まあそんなのは僕のキャラではない。
携帯電話を布団にめがけて投げる。当然ながら携帯電話は柔らかく受け止められ、ろくに音すらしなかった。
後先を考えずに、今だけを考えて生きられればこんなに苦しくはないのだろうか。そんなことを考えながら、そのまま部屋を出て、共同キッチンへと向かった。
了
物語の効用 庸 草子 @you_soushi
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