第4話 閑話①


――真っ黒い謎の空間――

 

 

「アイテムボックス!」


 老人に向かって、食い気味にそう伝える。


 俺が気づいた時にはすでにこの何も見えない真っ暗な空間にいた。


 そしてすぐに、10センチ先も見えないような真っ暗な世界なのになぜかそこに老人がいることがわかった。見えないのに知覚できるというのは大変気味が悪く、慣れない感覚に脳みそがぐわんぐわんと揺さぶられるが、なんとかそういうものと信じ込むことで意識をしっかりと保つことができた。


 その老人が言うには、なんでも俺に異世界の領地を任せたいらしく、おまけにチート能力まで授けてくれるという。


 日頃から内政チート系の異世界転生モノを好んで読んでいた俺からすれば、それはまさに願ったり叶ったりで棚から牡丹餅どころの話ではないのだが、とにかく今はその貰えるチート能力とやらに全ての意識を集中させなければならない。


「無理じゃ」


「な、なんで!?」


 老人が欲しい能力を言ってみなさいというからチート能力代表のアイテムボックスを上げたのだが、にべもなく断られてしまった。


 アイテムボックスといえばシンプルに便利な収納力だけでなく、食料や水を大量にキープできるサバイバル能力適正、大容量を生かして貿易等での金策、物質を急に出したり消したりといった攻撃性能など、とにかく汎用性が高く便利な能力だから可能ならば欲しかったのだが……。


「あまりにも理を捻じ曲げる能力はおぬしには荷が重い。魂の許容量を超えた力はおぬしの運命を破滅に導くぞい」


 ぐぬぬ。なんか「お前の魂ちっさw」的なことを言われた気がしたが、たしかに俺にそんな器があるとは思えないので反論できない。


「じゃあ、時間操作系とかは……?」


「無理じゃな」


「鑑定!」


「うーん。ちと厳しいのう」


「じゃあじゃあ、転移魔法!」


「一番無理じゃ」


 くそっ。めぼしいチート能力はだいたい無理っぽいな。はぁ、とひとつため息を吐いてがっくりと肩を落とす。


「……どんな能力なら大丈夫なんです?」


 とはいっても貰えるだけで儲けものなので、諦めずに貰える範囲で最高の結果を目指す。


「ふむ……。例えば剣術、槍術、棒術など、武器の扱いに関する能力なら可能じゃな。ただ、今から向かう世界で技術体系が確立されていなかったり、そもそも知名度が低い武器に関しては難しいかもしれん。そこは要相談というやつじゃ」


 なるほど。異世界で珍しい能力だとそれだけ俺の許容量とやらを多く必要とすると。

 

「ほかには魔法系じゃな。火、水、土、風の魔法ならおぬしでも大丈夫じゃろう。他の上位魔法や混合魔法になるとこれも要相談じゃな」


 魔法! やっぱ異世界ファンタジーといえば魔法だよな!


 理を曲げる能力はダメみたいに言っていたから魔法自体厳しいのかと思っていたが、それはあくまで地球での理の話で異世界基準ではOKらしい。


 となるとやはり、魔法を選びたいなぁ。


 そもそも俺は内政チートがやりたいので、できれば能力もそちらに寄せたい。


 剣術などで武勲を立てて立身出世の道を開くというのも有りだが、今回はそもそも領を任せると言われて転生するわけだから、領主まで駆け上るルートは解放されてるはずだ。


「ちなみに俺が転生する異世界ってどんなとこなんですか?」


 魔物の脅威とか、治安とか、特に俺の生命を左右するようなところは事前に聞いておきたい。


「ほっほ。おぬしが向かう世界について今言えることはなんもないのう」


 と、老人は楽しそうに眼を細める。


 なにをへらへら笑ってんだ! と、文句の一つも言ってやりたいがここはぐっと我慢。本当に能力を貰えるまではあまり悪感情を持たれたくはない。


「ふむ……。まぁひとつ助言するなら、おぬしの身に起こることは正確には異世界”転生”ではなく異世界”転移”じゃ。所属する共同社会を持たない身として異世界に放り出されるのじゃ、相応の覚悟はしておいたほうがいいのう」


 おっと。いきなり重要な情報が老人の口から出てきたぞ。


 異世界転生ではなく転移……。つまりもともといる人物になりかわったり新しく生まれ変わったりするわけではなく、今の俺のまま異世界に転送されるってことだよな。


 内政チートモノだとよくあるのが貴族の子として生まれ、ある程度の身分や権力が元々備わってるってパターンだが、それは無さそう? 異世界転移だと勇者召喚モノもよくあるが、”所属する共同社会を持たない”ってことはそのパターンも無さそうだな。


 つまり向こうの人間社会と関わりのない状態からのスタートってことか。


 目を覚ますと森の中にいて、ふらふら彷徨ってたら盗賊に襲われている貴族だったり商人だったりを発見してそこから人間社会との繋がりが生まれる……ってパターンかもな。


 だとすれば少なくとも盗賊を制圧するだけの力は必要だ。それと森の中で生きていけるサバイバル能力も。


 魔法であれば戦闘面は安泰だろうし、ものによってはサバイバルでも有用。例えば水魔法であれば水分不足という人間の最も脆い部分を補ってくれるし、火魔法でも川や池の水の煮沸、食材の過熱など衛生面で大きく有利。


 土魔法は飲食では一歩も二歩も遅れをとるが、暗い夜の森を過ごす時に一時的な小屋を作るなど衣食住の住の部分では他の追随を許さないだろうし、なによりも内政チートという点で超重要な土木工事、建設関係において最大の力を発揮する。


 風は……ちょっと今回は選択肢には入れられないな。


 うーん。こう考えるとさっき老人が挙げた火、水、土、風の4種類のうち3種類に関してはどれも甲乙つけがたい。


 最悪の状況を想定するなら水魔法が最も確保するべき能力なのだろうが、転移先で飲み水がなくて死ぬなんてことがあるのだろうか。だったらこんな風に能力を選ばせるようなことはせず、強制的に水魔法を覚えさせて異世界に送り出すだろう。


 さすがにここの選択をミスって「はいおまえ死亡~w」なんて意地の悪いことはしないと思う。たぶん。


 ここらへんはこの老人を信じるしかない。


 となると火か土か。


 ただなぁ。武器系の能力の時も言っていたが、おそらくさっき老人が挙げた魔法は異世界でも一般的な魔法なんだろうな。老人の口ぶりから察するに、使い手の数やレア度で俺がその能力を授かれるかどうかが変わるっぽい。


 となるとのちのち俺が領土を貰った時、火魔法や土魔法の使い手は民間から登用できる可能性が高く、俺がその魔法を使える利点はなくなる。できれば有用かつレアな魔法を狙いたいな。


 治癒魔法は? 使えたら便利なのは間違いないが、盗賊や魔物を撃退するのには向いてないか。心を読めるとか、気配を消すみたいな能力も同じ理由で却下。それに能力は1個しか貰えないのだからできるだけ汎用性があるものが好ましい。


 テイマーとか召喚系の能力は汎用性という意味では色々できそうでいいな。


 ただどれくらい召喚できるか、何を仲間にできるかによって能力がかなり左右されるし、最初から強力な仲間を手に入れられるとも限らない。


 最初はスライムみたいな雑魚モンスターから始まり徐々に強い魔物を仲間にできる、みたいな能力だったら目も当てられない。


 ゲームの世界ならまだしも、スタートアップが重いのは実際の命をベットする異世界生活では避けたい。


 そう考えるとなかなかこれだ! って能力は見つからないなぁ。


 と、うんうん悩んでると、天啓のようにとある魔法が頭に浮かんできた。


 これなら使い方によっては衣食住全てに対応できて、しかも攻撃にも転用できるはず……!


「あのー。植物魔法とか……いけますかね?」


 俺は老人の顔色を伺うように、揉み手をして下から下から尋ねてみる。


「ほう。植物魔法か……」


 たっぷりと蓄えた白髭を優しく撫でつけ、老人は思案する。


「元よりその土地に自生する植物を利用した魔法ですし、他の魔法に比べたらそれほど理を捻じ曲げるということはないと思うんですけど……」


 などと、老人自身が使った言葉を利用して懐柔を図る。


「それにいきなり異世界に行ってこいだなんて……これくらいはサービスしてもらわないとちょっと、ねぇ」


 そして追撃。あくまで自分は異世界転移に巻き込まれた側、協力してあげる側であるというスタンスを明示し優位に立つ。


「うむむ。まぁ、格としてはギリギリじゃが、植物魔法は特化した魔物が既におるし、こちらも”チート”能力を授けると言ったわけじゃし、これくらいならなんとか許容範囲かの」


 おっ、これは好感触! というかもうほぼ決まりか?


 ”植物魔法に特化した魔物”という気になるワードもでてきたが、それよりも植物魔法を手に入れられたことのほうがビッグトピックだ。


 よーし、あれもして……これもして……と、頭の中で空想を広げていたが、そんな幸せな時間も老人の一声で終わりを迎える。

 

「よし、決まりじゃな。それじゃあ早速だがおぬしを召喚するぞい」


 「え!? あ、はい」


 まだ心の準備はできていないが、この場所でうだうだ長居させてはもらえないだろうし、覚悟を決めるしかない。


「あとあれじゃ、せっかくこちらの世界に呼んだというのに簡単に死なれてもこまるからの。肉体をこちらの世界のサバイバルにも耐えれるようある程度調整はするぞ。それともう1つ、向こうでの生活に困らないよう最低限の意思伝達能力も授けよう。これはおまけじゃな」


 まじか、それはありがたい。まぁこのじいさんは俺に異世界で何かして欲しいみたいだからな。しょっぱい死に方はしてほしくないか。それに言葉が通じない世界で領地経営は厳しいだろう。意思伝達能力とやらもありがたい。


「植物魔法の使い方もすでにおぬしの頭の中に入っておる。服と靴もおぬしの家にあるやつから動きやすそうなのを適当に見繕っておくぞ。それくらいのサービスはしてやるから安心せい」


 おお、至れり尽くせりだな。貰えるチート能力にこそ制限はあったが、基本的にこの老人は俺に有利な条件で異世界に送り出そうとしてくれているっぽい。


「それじゃあもう時間じゃ。おぬしの働き期待しておるぞ。がんばるんじゃぞ~」


 手を振る老人が徐々に遠くなっていくのがわかる。


 ありがとうな、名前も知らないおじいさん。


 今後会うことがあるのかわからないが、俺を異世界に招待してくれた恩は忘れないぞ。


 って、そうか。もう二度と会えない可能性もあるのか。


 そう思うと、ふと1つ聞きたいことが頭に浮かんできた。


 さらに遠く、消えゆく老人に大声で尋ねる。


「なぁ! なんで俺なんだ?」


 なんの飾り気もない直球の質問に、老人は小さくなった声で答えてくれた。


「ほっほ。それはお前の倫理観がいい感じに終わってるからじゃよ」

 


 ……は?


 

 にっこりと笑顔を張り付けて手を振る老人はふっと消えて見えなくなり、それと同時に俺の意識もぷつんと途切れたのだった。

 

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