第3話 森へ


 ”見つめてきた”というのはあくまで俺の主観。


 そりゃそうだ。こいつらは目もなければ顔もない、ゲル状単色の物体。そもそも視力があるのかもわからない。


 ただそれでもなぜか、このスライムたちが俺の顔をじっと見つめているように錯覚してしまった。


 ……。


 聞こえるのは風の音だけ。異世界モノとは思えない静かな時間が流れる。


 もしかしたらこの世界は冒険活劇のような血と汗の流れる世界ではないのかもしれない。そういうのも読むが、俺はスローライフ、特に内政チートモノのほうが好きなのでそっちのほうが好都合だ。


 俺の顔を見上げるスライムたちとしばらく視線を交わす。


 うん。やはりこいつらからは確かに視線のようなものを感じる。


 これは俺の妄想なのだろうか。


 そもそも異世界という知らない土地で、謎の生物と会って、こんなに危機感を覚えないことなんてあるか? 俺ってそこまで平和ボケした人間だったっけ。


 俺という人間がそもそもそういう性分なのか、日本という国で生きてきたから平和ボケしてるのか、何分初めての経験なので判断がつかない。


 ただ、こいつらからは全く敵意を感じなかった。


「言葉、わかる?」


 これだけ視線を交えたのなら、次は言葉を交わすのが人の道理。とはいえもちろん心の底から会話が出来ると思ったわけではない。


 しかし俺の予想に反して、スライムたちは一度ぴくっと震えた後どこか落ち着きのない様子で左右にゆらゆらと揺れ始めた。


 ……もしかして、俺の言葉に反応してる? 少なくとも俺が声をかけるとなにかしらの反応をしてくれるのは確かだ。


「えーと、俺が話してること、わかるか?」


 ゆらゆらしていたスライムたちが、今度はふるふると体を震わせ始めた。


 おっ。これもしかして魔物に言葉が通じるパターンか?


 あるよあるよ、そういうタイプの異世界も。


「お前ら、3匹だけ?」


 今度はスライム同士で顔を見合わせるかのようにしてしばし停止した後、体をふるふると揺らす。


 やはり何かしらの反応は返してくれるみたいだ。


 色んな言葉に対する反応をみてみたいので、適当にいくつか言葉をかけてみる。


「調子はどう? 元気ある?」


 3匹は迷う様子もなく、揃ってぺこっと体をへこませる。


「お腹すいてる?」


 無反応。


「水とか飲む?」


 一度体をくにっと傾け、その後はまた無反応。


「住処とかあるのか?」


 体をふるふると震わせる。どことなく、今までのジェスチャーの中で一番大きい震え方だったような気がする。


 うーん。よくわからんな。


 ただこのスライムたちにはある程度の知能があって、こちらに何かしらの意思表示をしようとしているのは伝わってくる。


 汗がまた、ぽたりと垂れる。

 

 空を見上げると太陽はかなり高くまで昇っている。日本にいたころの感覚で言えば12時前後くらいか? 日本での常識が通用するかはわからないが、どちらにしろ余裕をもって早めに行動をしたほうがいいだろう。


 スライムのおかげで浮かれ気分のところに冷や水をぶっかけられた。悪い意味ではなく、そのおかげでちゃんと現実を見ることができた。


 水も食料も、今夜を凌ぐ住処すらもない。実はかなりやばい状況。


 優先すべきは安心して夜を過ごせる場所か。これは植物魔法でなんとかならないかな。


 そして何よりも水。できれば人間の文明と接触できればいいのだが、この大自然の中だとそれを当てにするのも不安が残る。


 スライムたちに視線を戻す。相変わらずこちらを見上げて、じーっとしている。

 

「なぁ、お前らも一緒に行くか?」


 思えばこの荒れ地は植物だけではなく生物が生きていくのにも全く向いていない。特にスライムなんて湿っぽいところが好きそうなのに、ここには水気がなさすぎる。


 スライムたちはくにくにと体を上下させた後、ふるふると大きく震えた。


 ……やっぱりわからんな。ま、いっか。


 ツンツンとスライムを指先で触り安全を確かめてから、ひょいと掴んで手に乗せる。触った箇所がジュッと消化されるなんてことがなくてよかった。


 3匹を乗せるのは少し手に余るので、腹の前に手をやって、スライムたちが安定するようにしてやる。


 うーん、手触りはゴムみたいな感じだな。それに近くでみるとやはり肌にハリがない。触感はあまりいいものではないが、体温は低いようでひんやりとして気持ちいい。


 家の前にとりあえず水か。俺もこいつらも状況は同じだな。


 まずは森に入って川を探す。


 これが第一目標。


 衛生面のことはひとまず置いといて、なによりも水の確保が重要だ。それに川があればその上流か下流に人間の住む村や街がある可能性もある。まさに一石二鳥の作戦。


 川を探してる時に食える木の実とかも見つかったら最高だな。食い物と水があればとりあえず生きていける。


 うん。なんだかいけるような気がしてきた。

 

 行くぞー、と腕の中のスライムたちに声をかけてから森の方に向かう。森の入り口は遠くに見えるが、それでもここから2キロくらいじゃないだろうか。30分くらいで辿り着くだろう。……たぶん。


 荒い砂と硬い大地を踏みしめながら歩みを進める。


 やはり辺りは静かで、俺が地面を蹴る音と風の音しかしない。


 スライムたちはたまにもぞもぞと動くが、基本的にじっとしている。暴れないのはいいんだけど、これが弱っていて動く気力もないだけなんじゃないかと憂慮してしまう。


「急ぐか」

 

 気づけば早足になっていた。自分の心配ももちろんあるが、それよりもこの腕の中のスライムが今にも動かなくなってしまうのではないかと、心臓の鼓動を早くするような嫌な不安がじわじわと心を覆い始めていた。


 

 

 ……なんだか、だいぶ情が移り始めているな。


 


 異世界で初めて出会った生き物。


 心のどこかにあった不安や孤独感が、こいつらへの入れ込みを増長させているのかもしれない。


 この世界も御多分に漏れず、人間と魔物は争い合う関係なのだろう。その可能性は高い。


 少なくとも俺が人間社会に入っていく時にはこいつらとさよならをしないといけない。それがいつになるのかは今の俺にはわからないが、気を付けないとこのままでは別れる時に辛くなってしまうだろう。


 できるだけスライムを揺らさないように、乾いた大地を足早に駆けていく。目の前に広がる森までは、まだまだ遠い。


 こうして俺の異世界転移生活は、人間1人とスライム3匹で始まったのだった。

 

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