第2話 出会い


「なんだあれ」


 その一部分だけ、まるで打ち水でもしたかのように湿って見えた。


 雲ひとつない……なんてことはないが、天気はカンカン照り。風もそこそこあり、周りを見渡しても大地はカラカラと乾いている印象。


 まるで水っ気を感じられないこの荒れ地で、その濃くなったように見える箇所は異質に思えた。


「んー」


 目を凝らすと、その湿りの上に小さな丸い石っぽいものがひとつ……ふたつ……みっつ。


 石だと断定しなかったのは、色が大地のものとは違って見えるし質感もどこか違うからだ。こういうところにある岩や石ってだいたい地面と似た物質で構成されるもんじゃないのか? その観点から考えると、どうにも視線の先にある石っぽいものがこの大地に紐付いた物とは思えない。


 それぞれ赤、黄、緑。もっというと、それらを水でうすーく伸ばしたかのような淡い色をしたものが3つ。質感もどこかモイスチャーで、それらが風に揺られて微かに右に左にと揺れている。


「まさか、動いてる?」


 石が自ら動くなんてことはないだろう。風もそこまで強く吹いているわけはない。


 じゃあ回転草の類か? いわゆるタンブルウィードはこういった荒野が舞台のウエスタンなんかでよく見るものだ。とはいえそれはもっと乾燥してカサカサとしているイメージで、目の前の石っぽいものとは似ても似つかない。

 

 まぁ、ここは異世界なんだし既存の知識が通用するのかもわからないよなぁ。


 なんて考えると同時に、ぽけっとしていた顔を引き締めバッと身構える。


 そうだ。ここは日本じゃない。


 日本だったらほうけ顔でそこら辺をぷらぷら歩いていても一定の身の安全は保障されるだろうが、この異世界でその常識が通じるとは限らない。いや、むしろより過激でバイオレンスな世界である可能性の方が高い。まさか転移した先の異世界のほうが日本より安心して過ごせるなんてことはないだろう。


 俺が今まで読んだこの手の話では、街の外では盗賊や魔物に、町の中では権力者に、いつだって簡単に命を奪われてしまうようなそんな世界が多かった。


 ましてやこれは異世界”転移”。貴族の元に転生してぬくぬくと幼少期を過ごせるわけでも、どこかの村に生を受けて村民の一員として社会を学びながら成長していけるわけでもない。


 便利アイテムどころか水や食料といった最低限の配給すらなし。残されたのは無地の黒いTシャツにスウェットのみ。もちろん植物魔法というありがたい能力を貰ったので大幅なプラスではあるのだが、知識も道具もなしにこんな荒野のど真ん中にポンと置きざりにされたのだから、もっと気を引き締めて異世界と向き合わないといけない。


 俺は今、この世界で本当の意味で孤独なのだ。


 左足をすっと後ろに下げ、腕は軽く上げていつでも動けるように構える。格闘技経験なんて高校の体育で空手をちょっとやったくらい、つまりほぼ0なのだが、それでも何もしないよりマシなはず。


 まったく様になっていないファイティングポーズをとりながら、ゆらゆらと動く3つの石を睨みつける。


 って、あれ。


 俺が自分のことで一杯一杯になっている間に、この石ちょっと移動してる?


 ついさっきまで浮かれ気分だったので確信はもてないが、地面の濃くなっている個所とそれの位置関係を見比べると、最初石に気づいた時よりもこちら側に寄ってきているような気がする。


 ぐっと握る拳に力を込める。


 じりじりと照り付ける太陽の元、じっとその動く石の挙動に注視する。


 額から汗がつーっと流れ、顎を伝ってぽとりと地面に落ちる。


 それくらいの時間をかけてその石のことを観察していると、その疑惑は確信に変わっていた。


 ――この石たちは俺の方に向かって移動してきている。


 試しにそいつらの進行方向からずれてしばらく待ってみると、明らかに進路を変えてまたこちらに向かってきた。


 とはいってもその歩みは信じられないほどに遅く、危険を感じるようなものではない。おそらく1分で30センチ程度も進めてないんじゃないだろうか。それくらいの遅々たる速度。


 ふーっ、と息を吐き、額の汗を拭う。


 こいつらの動きがあまりに遅すぎて、険しい顔をして警戒している自分が馬鹿らしく思えてきた。


 もちろん油断は禁物なのだが、どうもこの小さくてノロノロ動く物体に敵愾てきがい心を保てない。


 その代わりに湧いてきたのは庇護欲。なんというか、野良の子猫を見た時のような感覚のほうが今は大きい。


 さすがにこの石ころっぽいのを子猫みたいに可愛いとは思わないが、「頑張れよ」とこれからの人生を応援したくなるような、そんな気持ち。


「なんか悪い物には思えないんだよなぁ」


 また角度を変えてしてしばらく様子を見ていると、この石ころたちも進む方向を変え、こちらを目指してゆらゆらと少しずつ進んでくる。


「攻撃しようってわけじゃないよな?」


 見るからに力がなく、ノロマで、生きるので精一杯といった感じに見えるそれは、とても攻撃する側の生物とは思えない。


 そもそも生物かもまだ怪しいところではあるが、意志があるっぽいし動くし、とりあえず今は生き物とみなしてもいいだろう。

 

 異世界で謎の生き物とくれば一番に思いつくのは魔物。


 それに加えてこんな弱そうで丸っこいときたら、日本でもおそらく一番有名なあの雑魚オブ雑魚の魔物の姿が頭の中に浮かんでくる。


「スライム、か」


 そう思って改めてこの石ころたちを見てみると、うん、たしかにどこか柔らかそうな感じがしないこともない。


 そんなことを考えてる間にも、その3匹のスライム(仮)たちはずりずり……ずりずり……と体を揺らしながらゆっくりと俺に向かってくる。


「なんか……悪いことをしているみたいだな」


 ペットにちょっとした意地悪をしている動画をみている時のような、なんともいえないムズムズっとする気持ち。俺になんの用があるのか知らないが、相手がくるまで待ってる必要はないよな。


「うし!」


 と気合をいれて、スライム(仮)の元へ歩いていく。


 スライム(仮)たちが10分以上かけて進む道のりを、俺はわずか数歩で詰めてしまう。気が付けばもう、そいつらは目の前にいた。


 ……。


 これはスライム……だよな?


 水にほんのちょっと絵の具を加えたくらいのあわーい赤色、そして黄色と緑色のそいつらは、目や鼻や口といった器官はなく、たしかにスライムを連想させる水滴のような半透明の体をしている。大きさは野球ボールくらいで、形はいわゆるグミ型のスライム。


 それだけならもうほぼ俺の中のスライムのイメージと一致するが、いかんせんサイズが小さい。まぁ別に決まった形があるわけでもないのでそんなこともあるだろうが、その体もどこか濁っていて透き通った感じはなく、体表もぷるぷる感はあまりない。


 どちらかといえば……。


「しなしな?」


 こうやって近くで見るとなんというか、動きの緩慢さもあって明らかに元気が無いように見える。いや、もはや死にかけなのではないかと心配してしまうくらいの姿。


「だ、大丈夫ですか?」


 と思わず敬語で話かけてしまうくらいには、そのスライムたちの姿はか弱く、いつ動かなくなってもおかしくないような怖さがあった。


 にしてもスライムに話しかけてしまうとは、俺はあまり冷静ではないらしい。人と魔物がコミュニケーションを取れるかわからないし、取れたとしても日本語が通じるわけがない。


 まぁ人間がペットに話しかけるのと似たようなものか? そう思えばそれほどおかしい行動でもない気がする。言葉は通じなくても感情は伝わるかもしれないしな。


 俺はその場で膝を折り、スライム達との距離をぐっと縮めた。


「お前らスライムだよな?」


 会話というつもりはなく、頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。だから別に答えを求めていたわけじゃない。


 ……わけじゃないんだが。


「ん?」


 もぞもぞ動いていた3匹の小さなスライムたちが、その動きを止めてじっとこちらを見つめてきた。

 

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