スライム領の領主になって敵対種族をボコボコにする

新北部

第1話 異世界へ


「ん……?」


 意識が覚醒する前の朦朧感の中、ゆっくりと目を開くと眩い光が目に流れ込んできた。


 その明るさを遮るように手をかざす。背中にはゴツゴツとした硬さからくる不快感があり、どこからか土の匂いが漂ってくる。


「あっつ」

 

 次に訪れたのは、肌を焼くようなじりじりとした暑さと、その熱を奪っていく心地良い風。


 あぁ、この風が土の匂いを運んできてるんだな。


 と思った時には、ガバッと体を起こしていた。


「な、なんだこれ」


 眼前に広がるのは、荒れ果てた大地と、その先に見える青々とした木々。


 慌てて立ち上がり、土を払うことも忘れて周りを見渡す。


「すごい……」


 土がむき出しになった荒野は自分を中心にして円状になっており、それを360度ぐるっと森が囲んでいる。


 まるで自然の中にぽっかりと穴が空いたかのように広がるこの荒野は、自然の中にありながらどこか不自然で、神秘的な光景だった。


 という感動も束の間、周囲の確認が終わると当然「なぜ俺はこんなところに?」という疑問が出てくる。


 ここは俺が日頃から愛用しているせんべい布団の中でもなく、バイト先の休憩室でもない。目を覚ます場所としてはありえないシチュエーションだ。


 ――目を覚ましたら大自然の中でした。


 なんて意味不明な状況に首を傾けていると、起きる前の記憶が微かに蘇ってきた。


「あっ……あーっ!?」


 起き際に消えてく夢のように掴みどころのない記憶の断片を、なんとかかき集めながら”あの出来事”を思い出していく。


 たしか……家でゴロゴロしていたはずが気づいたら真っ黒な空間にいて、たしか老人っぽい男に話しかけられたんだよな。えっと……それで俺が内政チートモノのWeb小説に傾倒していることをなぜか知っていて、それで俺に領を任せる……? みたいなことを言っていたはずだ。


 うん、細かいとこは思い出せないが、確かに領の件の時、これはもしかしてあのお決まりの展開? と、心臓が破裂しそうなほどバクバクと脈動したことを覚えているので間違いない。


 それから俺に能力を授けるとも言っていたはずだ。これもまた「もしかしてチート能力って奴ですか!?」と目を剥いて老人に掴みかかった記憶がある。


 今考えると、そんな眉唾な話をよくも疑いもせず受け入れたものだと不思議に思う。しかしその時の俺は、今まで読んできた異世界転生モノの主人公のように異世界でチート能力を振るえるのだと本気で思い込んでいた。


 あー。でもたしか、老人が授けられる力には制限があって、チート代表のアイテムボックスとか転移魔法とか、いわゆるベタなチート能力を貰うことはできないらしい。なんでも俺の器? を超える能力は与えられないとかなんとか。


 そっちが勝手に呼んどいて器が足りんとはなんとも失礼な話だが、こんなおいしい展開を用意してもらっているのだから文句は言うまい。


 それから老人とあーだのこーだのがあり、なんとかもぎ取ったのが”植物魔法”。これが俺が授けてもらった能力だ。


「……」


 そこまで思い出して、ふっとひとつ息を吐く。


「夢……だよな?」


 最高な夢だ。


 現実ではないとはいえ、あれほど心臓が高鳴ったのは生まれて初めてだった。


 そう。こんな荒唐無稽な話が現実で起きるわけもなく、いい夢みたなーくらいで終わるのが”普通”。


 しかし、そんな”普通”では説明がつかない状況に今俺はいる。


 なんの特徴もない、大学を卒業してからだらだらとフリーターをしていただけの俺が、いきなりテレビのドッキリに選ばれるなんてはずはない。知り合いの悪戯だとしてもこれは度を超えているし……そもそも寝てる俺を起こさずにこんな大自然の真ん中まで運ぶなんて素人では不可能だろう。


 一応あの真っ黒な空間に連れていかれる前の行動を振り返ってみるが、バイトから帰って飯を食って後はゴロゴロ。ただそれだけ。


 誰も家にあげてないし、薬とかを盛られたわけでもないだろう。てか、それは怖すぎる。


 となると……。


 手をぎゅっと握る。体の芯がじわっと熱を帯び、心臓がドクドクと胸を叩く。


「ありえないことが、実際に起きているのなら」


 非現実が現実になる。


 目の先には、いかにも植物が嫌いそうな固く乾いた地面。そしてそのひびの入った地面の僅かな隙間からしおらしく生える細長い見た目の雑草。


 あの夢が本物かどうか、一発で調べる方法がある。


 握った手を胸の前に突き出し、ゆっくりと開く。


 あの老人に聞いたのか、そもそも授かった能力とはそういうものなのかはわからないが、この魔法の使い方はなんとなくわかる。


「頼む……!」


 頭のなかで、目の前の雑草が伸びていくイメージを描く。


「――っ」


 ほぼ同時に、3メートルほど先に慎ましく生えていた雑草が、植物の成長を映したタイムラプス動画のようににょきにょきと伸び、その後自重に負けくたっと倒れた。


「や……やった」


 倒れ込むように膝をつき、その伸びた雑草に近づき優しく手の平に乗せる。


 少し腕を動かすと、手のひらには確かに艶っとした芝の葉身ようしんのような感触。


 本物だ。


 もう疑いようがない。


「やったぞー!」


 あの老人は現実だったんだ!

 

 つまりここは本当に異世界で、しかもあの老人が言うにはどこかの領を任される……んだよな?


 元の世界、日本にいた頃に好んで読んでいた内政チートモノ。自分もその世界に入れたらなーなんて馬鹿な妄想をしたことはあったけど、まさか……まさか本当に実現するとは。


 一度座を正し、もう一度雑草に手の平を向ける。


「いけっ!」


 頭で成長を促すようなイメージをし、力を込める。


 するとくたっと倒れていた雑草がピンと立ち、地面の僅かな隙間に沿って匍匐ほふく系が伸び、そこからまた新たに雑草が生えてくる。


 わずか数秒で、1メートルほどの地面の亀裂に沿ってびっしりと雑草が描く緑の線が生まれた。


「すっご」


 原理なんてまったくわからない。こんな生育環境の悪そうな場所で青々とした植物が急速に成長する不思議。


 世の理を捻じ曲げる、これが魔法。

 

 そんな不条理を行使する力を俺は手に入れたんだと、ようやく実感が湧いてくる。


「くぅ~~」


 体を丸めて噛みしめるように手を握る。


 しばらく余韻に浸った後、すっと立ち上がり、遠くに繁茂する森に目をやる。


 降って湧いたように与えられた異能の力、もっと試したくてしかたがない。


 まるで悪役かのような思考だが、夢に描いた異世界転移と新しい力、俺と同じ状況に置かれて浮わつかない人間は(たぶん)いないだろう。


 少し距離はあるが、あれほどの豊かな森、植物魔法使いからすればまさに垂涎すいぜんもの。


 子供の頃、飼っていたゴールデンハムスターが脱走したことがあった。家具の下や隙間を必死に探し回った後、結局はおやつのひまわりの種の袋の中でくつろいでいるところを発見されたのだが、その時の光景がふっと頭に浮かんだ。


 ”ハミー”にとってはあれはまさにボーナスステージ。大量のひまわりの種を見つけたときの心情は、きっと今の俺と似たものにちがいない。


 となればこんな植物にとって地獄ともいえる荒れ地からは早く離れて、遠くに広がる桃源郷へ向かうのがいいだろう。


 俺が植物魔法を使った、一部不自然に繁栄した雑草に別れを告げる。


 未だ収まらない興奮とはやる気持ちを抑えつつ、荒れ地を囲む森の方へ向かって足を運ぼうとした――その時。


「ん?」


 俺が魔法を使った雑草より少し先、5メートルほどのところの地面が少し濃くなっていることに気がついた。

 

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