第7話 彼が見ていない戦場
その戦いは、記録に残るほどのものではなかった。
敵は小規模な遊撃部隊。
加護持ちも一人だけ。
これまでなら、アルトゥールが出るまでもない規模だ。
だからこそ――
彼は、前線に姿を現さなかった。
「……閣下は?」
誰かが、思わず口にした。
副官は短く答える。
「後方で待機中だ。
今回は、我々だけで対処する」
一瞬、空気が止まった。
兵士たちの脳裏に、同じ不安がよぎる。
――本当に、やれるのか?
ルカは剣を握り直す。
心臓の音がやけに大きい。
だが、同時に思い出していた。
第6話の焚き火。
「俺たち、何した?」という問い。
「……やるしかないだろ」
その言葉は、誰かを鼓舞するためではなく、
自分自身に向けたものだった。
敵の動きは鋭かった。
未来を読む加護により、罠は看破され、陽動も見抜かれる。
前線は、じわじわと押されていく。
「このままじゃ――」
誰かが言いかけた、その時。
「待て!」
ルカが声を張り上げる。
自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
「未来を読まれてるなら、
“決めない”動きをすればいい!」
一瞬の沈黙。
だが、すぐに理解が広がる。
「即興で動けってことか」
「合図を減らす……個別判断だな」
秩序は崩れる。
だが、それは混乱ではない。
読みづらさだった。
敵の加護持ちは戸惑った。
選択肢が多すぎる。
未来が分岐しすぎて、確定しない。
「……何だ、この動きは……」
兵士たちは完璧ではない。
傷も出る。
後退もある。
だが、前には進んでいた。
ルカは斜面を駆け上がり、敵兵と刃を交える。
剣がぶつかり、火花が散る。
その感触は、はっきりと“自分の戦い”だった。
やがて、敵の加護持ちは撤退を選んだ。
勝てないわけではない。
だが、確実に勝つ未来が見えなかった。
戦いが終わる。
兵士たちは、息を切らしながら立ち尽くした。
「……勝った、のか?」
誰かが呟く。
副官は静かに頷く。
「小規模だが、確実な勝利だ」
歓声は上がらなかった。
代わりに、静かな達成感が広がる。
後方の丘の上。
アルトゥールは、その様子を遠望していた。
氷も、介入もない。
ただ、見ているだけ。
副官がそばに立つ。
「……やれましたね」
アルトゥールは、わずかに目を細める。
「まだ不完全だ。
だが――」
その先を、言わなかった。
言う必要がなかった。
戦場に立つ兵士たちは、初めて知ったのだ。
彼がいなくても、前に進めるという事実を。
その一歩は小さい。
だが確実に、終わりへと向かう一歩だった。
アルトゥール・フォン・ヴァルグリムは、背を向ける。
彼の役割は、少しずつ、静かに――
終わり始めていた。
軍人さんは引退したい クルックー @1304368
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