第6話 依存という名の静寂

南部戦線の仮設司令部は、重苦しい空気に包まれていた。

敗北ではない。だが、勝利とも言えない。

アルトゥールが到着するまで、戦況は膠着し、誰もが「待つ」ことしかできなかった。


「……結局、閣下が来るまで動けなかったな」


誰かの呟きに、誰も反論しなかった。

それが事実だったからだ。


ルカは地図の前で腕を組み、唇を噛む。

敵の加護は強力だったが、致命的ではない。

本来なら、知恵と犠牲で押し返せたはずの戦線だった。


――でも、やらなかった。


「どうせ閣下が来る」

「来たら全部ひっくり返る」


誰も口には出さなかったが、全員がそう思っていた。


アルトゥールが前線に姿を現すと、空気が変わった。

兵士たちは安堵し、緊張を解き、自然と背筋を伸ばす。

それは信頼であり、同時に――依存だった。


戦闘は短時間で終わった。

氷結による制圧。

境界の形成。

敵加護持ちは混乱し、撤退するしかなかった。


「……やっぱりだ」

誰かが、安心したように息を吐いた。


その瞬間、ルカの胸に、得体の知れない違和感が走った。


戦場が片付いたあと、兵士たちは焚き火を囲んでいた。

勝利の実感はある。

だが、どこか空虚だった。


「なあ、ルカ」

同僚が声を落とす。

「正直さ……俺たち、何した?」


ルカは答えられなかった。

剣を振った。盾を構えた。命令に従った。

それだけだ。


「閣下がいれば勝つ。

 いなければ耐える。

 ……それだけになってないか?」


焚き火が爆ぜる。

その音が、妙に大きく響いた。


司令部では、副官が報告書をまとめていた。

戦果、消耗、氷結域の残留影響。

すべてが数値として整理されている。


「部隊の損耗は最小限。

 ですが――」


副官は一度、言葉を切った。

アルトゥールは促さない。ただ待つ。


「……自主的な判断が、減っています」


短い沈黙。

アルトゥールは、否定もしなければ、驚きもしなかった。


「当然だ」

静かな声。


「俺がいれば、最適解が即座に出る。

 考える必要がなくなる」


副官は拳を握る。

「それは……良いことではない、と?」


アルトゥールは答えなかった。

代わりに、遠くの焚き火を見つめる。


兵士たちは笑っている。

命が助かった安堵。

勝利の余韻。


だが、その輪の中心に、彼はいない。


「戦争は、誰か一人で終わらせるものじゃない」


その言葉は、独り言に近かった。


ルカは夜空を見上げる。

星は変わらず輝いている。

だが、自分たちはいつから、それを見上げる余裕すら失っていたのだろう。


――閣下がいるから。

――閣下が何とかするから。


その考えが、急に怖くなった。


「……もし、いなくなったら」


その先の言葉を、ルカは口にできなかった。


戦場は静かだ。

だがそれは、嵐の前の静寂ではない。

依存が生み出した、危うい平穏だった。


アルトゥール・フォン・ヴァルグリムは、そのことを誰よりも理解していた。

そして同時に、理解しているからこそ――

この戦場に、長く留まるつもりはなかった。

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