第3話 氷結線の向こう側
戦闘が終わったはずの丘陵地帯は、まだ冷えていた。
地面に残る氷は溶けきらず、砕けた氷片が朝日を反射している。
王国軍は勝利を確定させつつあったが、前線の空気はどこか張り詰めたままだった。
敵が完全に退いたとは、誰も思っていない。
「前線索敵、異常なし」
「第二陣地、制圧完了」
報告が次々と上がる。
副官はそれを整理しながら、アルトゥールの背中を見ていた。
彼は動かない。
氷に覆われた戦場を、ただ静かに見下ろしている。
ルカを含む若い兵士たちは、まだ興奮が抜けきらない。
「……あの氷、どうやって作ったんだ?」
「霧から一気に固まったぞ……」
だが、誰もアルトゥールに直接は聞かない。
聞いてはいけない、と本能的に理解している。
その時、前線から急報が入った。
「敵、後退ではありません!
加護持ち部隊、別ルートから回り込み――」
言葉の途中で、報告が途切れた。
次の瞬間、遠方の林が揺れ、敵の部隊が姿を現す。
加護持ちを中心に据えた、決死の突撃。
彼らはもはや勝利を狙っていない。ただ、この戦場を突破することだけを目的にしていた。
「……来たか」
アルトゥールは、ようやく一歩前に出た。
彼が足を踏み出した瞬間、空気が変わる。
霧が再び集まり、温度が一気に下がった。
今度の氷は、柱ではない。
地面一帯が、薄く、しかし確実に凍りついていく。
敵兵が駆け出した瞬間、足を取られる。
転倒し、重なり、速度を失う。
「止まれ! 陣形を――」
指揮官の声は途中で途切れた。
地面から伸びた氷結の刃が、音もなく彼の足元を貫いたからだ。
加護持ちは必死に未来を読む。
だが、見えるはずの分岐が、どこにも存在しない。
「……何も、見えない……」
それが、彼の最後の言葉だった。
アルトゥールは、敵陣全体を包むように氷結線を引く。
それは攻撃ではなく、境界だった。
越えれば、止まる。
動けば、凍る。
世界がそう定めたかのように、敵軍は完全に沈黙した。
王国軍が制圧に入る頃、アルトゥールはすでに踵を返していた。
勝利を確認する必要はない。結果は、もう確定している。
ルカはその背中を見つめ、呟く。
「……あの人、戦ってるって感じがしないな」
副官は小さく息を吐いた。
「戦場を“処理”しているだけだ」
アルトゥールは振り返らない。
氷の溶け始めた戦場の向こうに、次の戦線があることを知っているからだ。
この男が動く限り、戦争は秩序を失わない。
そして同時に――
彼がいる限り、戦争は終わらない。
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