第6話 誤解と羞恥と服爆散。呪いは静かに微笑む

 拷問と聞いて何を連想するだろうか?

 鞭で打たれて肌を裂かれ、ペンチで生爪を剝がして激痛を味わい、手足の指を1本づつ潰していくような悪魔の所業だろうか?

 それとも光沢のあるボンテージ衣裳に身を包んだピンヒール姿のお姉さんが「坊や、良いことしてあげようか?」と妖しく口角を上げるイケナイ世界か?

 いやいやいやいや、ユウリは心の中で訴える。

 その手の拷問なんかよりも、無言のまま「じぃーっ」と睨まれるほうが、ずっとずっとずっとずーっと恐ろしい。

 

 信じられないと思うのならば一度体験してみればわかる、その真の恐怖がどれ程のものなのか。


 まさしく針の筵。

 沈黙という重しが優理の膝にズシンと圧し掛かり、精神と肉体のライフをガリガリと削り取っていく。


 実際、物理的にも膝を折っての正座の姿勢

 しかも服は着させてもらえず、すっぽんぽんな肢体にバスタオルを巻いただけという屈辱的な恰好。

 ここがリビングではなくバスルームならば、パートタイムで恋人になってくれるお姉さまの(……自主規制します)そのもの。


 そんな恰好の優理を見下ろすように、レオノーラとヒルデが二人そろって仁王立ち。

 一言も語らず、ただ黙して睨み付ける。

 その視線は冷たく凍てつき、まるで氷点下で灯る黄燐の炎の如く、冷え冷えと燃え盛っているのであった。


「えっと……これは不可抗力で、やむを得ない事情だと……」


 膝を折って見上げるような体勢で、恐る恐る優理は弁明を口にする。

 騙すつもりなど毛頭ない。

 そもそも優理は自分は常に男だと主張していたし、女だと言ったことはただの一度もない。この部屋に泊まっているのも、レオノーラが「泊まれ」と強要したからに他ならない。裸にしたって自ら進んで見せたのではなく、一方的にヒルデに剥かれた結果だ。

 しかし。

 優理の必死な弁明も、凍てついた空気を溶かすには程遠く。


「……」

「……」


 二人の無言はそのまま。

 0ケルビンに冷えた視線で優理のハートを凍てつかせる。


「オレに露出狂の毛はないし、そもそもオレが剝かれた側の立場であってだな」

「…………」

「…………」


「風呂に入るには服を脱ぐ必要があるんだし、今回のはその時に起きた不幸な事故であって」

「………………」

「………………」


「だあーっ! そもそもオレは男だってーの!」

「ヘンタイ」

「女装趣味のヤベーヤツ」


「アレなヤツよね?」

「間違いない、です」

「なんで、そうなるんだよー!」


 言葉ってよく切れるんだな。

 レオノーラとヒルデの放った斬撃に、優理の心は血の涙を流したのであった。



    *



 ひとしきり罵られ。というか醒めた視線に晒されたのち、今度は尋問という名のお白洲に晒されることに。

 相も変わらず優理といえば、簀巻きと見まごうタオル巻きのまま床に正座のスタイル。場所こそ高級宿のスィートルームだが、晒される姿と所作は奉行所でのアレと何ら変わることがない。


「つ~ま~り~。気が付いたら、既にオレは女の子の格好をさせられていたんだ」

「ふ~ん」


 申し開きをする下手人優理に対し、奉行もといレオノーラの反応は冷淡。耳を傾けるに値しないと思ってか、返事もおざなりなのがアリアリと分かる。


「信じられないのはムリもないけど、本当のことなんだって!」

「こことは別の異世界でごくふつうの学生をしていたら、突然この世界に送り込まれてしまった上になぜか女の子の恰好をしていた。と?」

「そうそう、そうなんだ」

「髪の毛が伸びて、髪型も変わっていた?」

「仰る通り」


 半信半疑……いや一信九疑なレオノーラに優理は切々と訴えるが、既にヘンタイのレッテルを張られているためかその声が届いているとは言い難い。


「だ、そうだけど。ヒルデは信じられる?」


 冷めた口調で真偽をヒルデに丸投げ。

 訊かれたヒルデも考えるそぶりすら見せず「非現実的です」と一言でバッサリ。取り付く島すら与えないガチ否定。


「ホラね。そんな妄言、誰だって信じないわ」

「信じようが信じまいが、ウソ偽りのない事実なんだって。でなきゃ、誰が好き好んで女装なんかするものか!」

「妄言はアブナイ性癖を隠すため?」


 さらなる毒を吐くヒルデに、優理は「違ーう!」と全力否定。


「オレだって好きでやってるんじゃない! 裸でいるよりはマシだから、やむを得ずだ!」


 優理に裸族や露出思考な性癖はない。裸でうろつくくらいなら女物でも服を着ていたほうがまだ落ち着くという、次善というか他に選択の余地がないからしかたなくだ。


「だったら。男物があれば、それ着るということ?」

「当然だ」


 なのでレオノーラの問いかけは願ったり叶ったり。

 男物であるならば、色柄ジャンルは一切問わない。今ならどんな服でも喜んで着るし着させてほしい。


「どんなボロ着でもヘンタイの誹りを受けるよりずっとマシだ」

「それなら、宿の従業員用を借りてきて頂戴。着古したものでも買い取ると言えば譲ってくれるでしょう」


 ヒルデに命じてフロントに向かわせると、程なく「用意しました」と古着を抱えて戻ってくる。


「ありがたい」

「これで良いでしょう。見苦しいから、さっそく着替えなさい」


 命じるや否や両手で顔を覆い「みすぼらしいモノを見せないでね」と釘を刺すが、指の間が広いのはいったいどうしたことだろう。

 ……いや、それ、見る気満々じゃねえか!

 ヒルデはヒルデで「着替えの介助をします」と見る気満々。


 こいつ等、言動と行動が一致しなさすぎる。


 呆れつつもそこは男の子。後ろを向いて素早く着替え、ほっと一息。と思った途端。


 パーン!


 乾いた音がリビングに響き、ユウリの着た服が一瞬で爆散。古着からぼろ布へと、その名称を変えてしまう。


「へ? どういうこと……」

 

 不可解な現象にユウリは目をぱちくりさせていたが、自分が素っ裸であることを思い出し「服! 服! 服! 代わりをくれ!」と着替えをヒルデに促すと急いで身に着けていく。

 しかし。

 

 パーン!


 着替えた服も、またもや爆散。


「着替えを」


 パーン!


 二度あることは三度ある。次の服もユウリが袖を通した途端、産業廃棄物へとなり下がる。


「ど、ど、ど、どういうこと?」

「そんなこと、わたくしにも分かりませんわよ!」


 指の間からレオノーラが喚き、ヒルデが品切れだと「これで終わり」と両手を開く。安物じゃダメだとバットラーの執事服も借りたが結果は同じ、男物の服はどれもこれも袖を通すと同時に爆発四散する。

 爆発せずに着れたのは、元の服を含めて女物のみ。


「いったいどうなっているんだ?」


 首を傾げるユウリにヒルデが「呪い?」とボソッと呟いた。



――――――――――――




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