第5話 清潔マウントと入浴介助。スイートルームで迫る危機
侯爵令嬢と同室なのだから必然的にそうなるだろうが、お宿がオーガスタの町一番な高級宿なら泊まる部屋も最上級のスィートルーム。
軽く学校の教室くらいはあろうかという広さのリビングルームを中心に、これまた十分な広さを誇るベッドルーム、さらには純白の大理石も眩しい専用のバスルームまであるという贅沢ぶり。
もちろん単に部屋が広いだけではない。専有面積もさることながら、部屋を飾る調度の類も見て即わかる高級品。
天井にはクリスタルの輝きも美しいシャンデリアの灯りが光り、壁に据えられた暖炉が部屋をゆらりと暖める、一介の高校生では逆立ちしたって泊まれないデラックスなお部屋である。
「いや、おい、マジか……」
「いつまで入り口で立っているの? さっさと部屋に入りなさい」
宿の前のみならず部屋の前でも物怖じする優理に、レオノーラが「ボーっとしないで」と叱責するように小言を言うが、こんな高い部屋にただの一度も泊ったことがないのだから足がすくむのも当然だ。
早くしろと促されても最初の一歩が踏み出せず、その場で「あーうー」言う始末。
「やっぱり、高すぎるというか、豪華すぎるというか。その……」
「ここのどこが? ごくふつうのお宿でしょう」
豪華さに圧倒されてガチ庶民の優理はしり込みするが、バリバリ上流階級のレオノーラからすれば、このクラスのスィートなどせいぜいビジネスホテルに毛が生えたようなもの。スィートルームを前にして気後れする優理とは違い、この程度の部屋に入るのに気負いの欠片もない。
先にスタスタと部屋に入るや「ユウリは此処を使いなさい」と優理に示す。
慌てて後ろを付いていくと、天蓋付きのキングサイズのベッドがある主寝室の隣に複数の小部屋。
「ここは?」
「わたしたち、お嬢様の身の回りをお世話をする従者が寝泊まりをする場所」
優理の問いにヒルデが端的に答える。
従者の控室というだけあって、こちらは文字通りにビジネスホテルの一室そのもの。部屋の大半を占めるようにシングルベッドが一床置かれ、木造りの実用的な椅子と机にドレッサー、それと小さなチェストが1個だけという庶民の心臓にも優しい造り。
その部屋をまるまる一室、道中拾っただけの優理に貸し与えてくれるというのであるから太っ腹。あまりにあまりな神対応に、思わず「マジで?」と訊き返したくらいだ。
「言ったでしょう。ヴァルフェリア家が面倒を見るといったからには責任を持つって。今夜はそこで休みなさい」
言うや掌を振って「シッシ」と追い払う仕草をして早く部屋に行けと暗に命じる。
断る理由もなくひと言謝辞を述べて従者部屋に入ると、なんだかんだと疲れが蓄積していたのだろう。ベッドに身体を沈めるや襲い来る睡魔には抗えず優理は眠りこけるのだが、もちろんそのまま1日が終わるほど世の中は甘くない。
暖かな毛布に包まれたなか微睡から熟睡へ入ろうという刹那、いきなり耳元で「起きなさい」と大声を浴びせられたのである。囁かれたではない、浴びせかけられたのである。
すわ、何事! と慌てて跳ね起きると、ベッドサイドで部屋着に着替えたレオノーラが眉間にしわを寄せながら仁王立ちしていた。
「そんな汚れた格好のまま眠るなんて、ユウリはいったい何を考えているの?」
言葉こそ疑問形だが口調は完全に呆れといら立ち、常識がなってないと言わんがごときの厳しいものに優理はやってしまったと自省する。
そりゃそうだ。
見ず知らずの場所から救い出してもらい宿まで提供してくれたのに、レオノーラよりも先に寝てしまうのは礼を失する行為に他ならない。
「思っていたより疲れていたみたいで。その、ついウトウトと……その、ゴメン」
申し訳ないと優理は頭を下げたが、レオノーラの不興は収まらない。
「謝れば済むというものではないわ」
謝罪の言葉をバッサリと斬ると「ユウリの行為は非常識も甚だしいのよ。お分かり?」となおも優理を責め立てる。
「はい。反省しています」
「反省しているのならば、清潔であることに心がけなさい」
「は?」
怒るとこ、そこ? 礼儀じゃないの?
首を傾げる優理の髪をレオノーラがひと束摘まむと、クンクンと匂いを嗅いで「臭うわね」と顔をしかめる。
「汗で蒸れたうえに汚れがこびりついて……これで眠るだなんてレディにあるまじき愚行よ」
「愚行って。そんな大げさな……」
少しズボラをかましただけだと言った途端、レオノーラが目を剥いて「大げさなもんですか!」と声を荒げる。
「辺り一面に悪臭を巻き散らかして平然としているなど、森の中を駆け回る畜生と同じ……いいえ、それ以下の代物でしかないわ」
「そこまで言う」
「わたくしと行動を共にする以上、身綺麗にするのは当然の義務と心得なさい。ヒルデを付けるから、今すぐ湯あみをするのよ!」
はあ! と驚くよりも早く、ヒルデが「承知しました」と抑揚のない声で返事をしつつ一礼。
「それじゃあヒルデ、頼むわよ」
「お嬢様の命令ですので。どうぞ、此方へ」
棒読み口調でそう言うと、ヒルデが優理をバスルームに案内する。
脱衣場に入ったところでヒルデに対して「ありがとう」と礼を言うが、なぜか優理をジッと見つめたままその場から立ち去ろうとしない。
「……あのう。そこに居られると、服が脱げないのですが」
退出しようとしないヒルデに遠まわしに退出を促すと「お嬢様から湯あみの介助を申し付かりましたから」とキッパリ。
「介助って?」
「洗髪、洗体、脱衣と着替えのお手伝いをいたします」
ガチ見されるじゃん!
見るのはウエルカムだけど見られるのはノーグッド。ましてやこの状況で女装だとバレるのは色々マズイ、甚だしくマズイ。ダメ、ゼッタイにお断り。
「要りません、要りません! オレ庶民だから、ひとりでできるから。ゼンゼン間に合ってます!」
両手を広げて全身全霊で拒否するが、白皙の巨乳メイドは「ダメです」と取り合わない。
「お嬢様より体の隅々までキレイにするように承っています」
「庶民のアナタがホテルの調度を勝手に使うのは、こちらが迷惑」
お高いのだから壊さないようテメーは触るなと、言外じゃなくて露骨に主張。
「どんだけ信用ないんだよ!」
「全く」
「オマエなー」
「わたしのことはオマエではなく、ヒルデとお呼びください」
「いや、だから、ヒルデ。ダメだって!」
ダメだと言われて止めてくれるほどメイドは甘くない。表情一つ変えずに手練れの速さで優理の服を脱がし……そして止まった。
「……股間にヘンなものが……」
ガン見しながらヒルデがポッと頬を赤らめる。
もうオレ、お婿にいけない。
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