第8話:最終結界の崩壊
第8話:最終結界の崩壊
地響きは、足の裏から脳髄を揺さぶるような、不吉な低周波となって響き続けていた。
「……始まったか。あいつら、本当に『地獄』の蓋を開けやがった」
末光真大は、観測モニターに映し出された数値を見つめ、苦く吐き捨てた。
富士山の麓、プロメテウスの本拠地。
そこから立ち昇る柱は、もはや光ではなく、歪んだ空間そのものが赤黒く燃え盛る「魔熱の門」だった。
「末光……! エル・ドラド側の結界が完全に消失した。熱の逆流が止まらない。このままだと、地球の大気が数時間で沸騰するぞ!」
ルナの叫びが、騒がしい指令室に響く。
彼女の瞳には、かつて故郷を焼き尽くした炎が、今この世界をも飲み込もうとする絶望が映っていた。
「わかっている。……佐藤、現在の平均気温の推移は?」
「最悪ですよ! 静岡で48度、東京でも45度を突破しました! サハラ砂漠の熱風が地球全土を包囲し始めてる。末光さん、これ、カウントダウンですよ。地球が砂の星になるまでの……」
佐藤が震える手で操作するキーボードは、熱で指先の汗が蒸発し、白く粉を吹いている。
窓の外を見れば、かつての豊かな緑は、見る間に茶色く枯れ果てていた。
「……やるしかない。全エネルギーを、あの『膜』に注ぎ込め」
末光は、画面上に投影されたシミュレーション図を指差した。
そこには、地球の成層圏を包み込むように設計された、超薄膜のSPACECOOL層が描かれている。
「本気ですか!? 成層圏に巨大膜を展開するなんて……そんな資材も、打ち上げるロケットもありませんよ!」
「ロケットはいらない。ルナ、君の魔力と、プロメテウスがこじ開けた『門』のエネルギーを逆用するんだ」
末光の瞳は、狂気と理性のギリギリの境界線で輝いていた。
「熱は、高いところから低いところへ流れる。物理の基本だ。プロメテウスが熱を引き寄せているのなら、その引き寄せる力そのものを、フィルムを広げるための『風』に変える」
末光は、自らの設計図に最後の一線を書き加えた。
「捨て場は宇宙だ。だが、今回はただ捨てるんじゃない。地球全土を『魔法の鏡』で包み、熱を強制的に排出しながら、宇宙の冷気でバリアを張る。究極の『最終結界』だ」
「……無茶だ。そんなことをすれば、貴殿の精神がもたない。あのフィルムの制御には、膨大な演算が必要なのだろう?」
ルナが末光の前に立ち塞がり、その肩を強く掴んだ。
彼女の手のひらからは、死線を幾度も越えてきた戦士の重みが伝わってくる。
「もたせるさ。俺は科学者だ。数式と現実が一致する瞬間、人は不可能を越えられる」
末光は優しくルナの手を解き、自分の胸を指差した。
「それに、俺には君がいる。君が熱を防ぎ、俺が窓を開ける。二人の絆が、この星の新しい呼吸になるんだ」
「……ふっ、。科学者というのは、時に騎士よりも頑固なものだな」
ルナは小さく微笑み、大剣を垂直に立てて祈りを捧げた。
「わかった。貴殿の盾になろう。たとえこの身が灰になろうとも、あの門を閉じるまで、貴殿に一筋の熱風も触れさせはしない」
その時、凄まじい衝撃波が建物を襲った。
「プロメテウスから通信です! ヴァルカンからです!」
モニターに、猛炎を背景にしたヴァルカンの姿が映し出される。
彼の肌はすでに人肌の色を失い、どろどろに溶けた溶岩のように発光していた。
『末光真大……。絶望を味わえ。この星は、より高次元の熱エネルギーを受け入れるための苗床となるのだ。冷ややかな理屈など、この劫火の前には無力だと知れ!』
「……ヴァルカン。あんたがどんなに吠えても、宇宙の広さには勝てない」
末光は、メインレバーに手をかけた。
「熱は、静寂に帰るべきなんだ。……さあ、地球の体温を下げに行こうか」
末光の叫びと共に、指令室に蓄えられたすべてのSPACECOOLナノ粒子が、空へと放たれた。
銀色の粒子は、熱の門が作り出す上昇気流に乗り、成層圏へと吸い込まれていく。
空一面が、見たこともないような銀色の輝きに覆われ始めた。
それは、人類が初めて手にする「星を守るためのベール」だった。
だが、門から溢れ出す魔熱の巨腕が、その銀色の膜を、今まさに引き裂こうと迫っていた。
第8話 完
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