第4話

後始末は、効率的に済ませるに限る。


広場に転がった三十名の騎士。

気絶し、泡を吹いている彼らを眺めながら、俺は次の手順を脳内で組み立てる。


本来なら、王都騎士団をこれほど無残に打ち負かせば、即座に反逆罪だ。

だが、二周目の俺に「逃亡者」という非効率なレッテルは不要。

俺はアイテムボックスの奥から、一つの指輪を取り出した。


神話級魔導具、遺却の指輪。

対象の記憶を、特定の条件下で書き換える精神操作の最高峰だ。


「……雷の精霊に守護された村。逆らう者は神罰に打たれる。お前たちは、その恐怖を王都に持ち帰るメッセンジャーだ」


指輪から淡い紫の光が放たれ、騎士たちの脳に「偽りの記憶」が刻まれていく。

俺という「個人」の記録を、この段階で中央に渡すのはまだ早い。

まずは「レムの村には手を出せない理由」を植え付けるのが最優先だ。


騎士たちは、数時間後には目を覚ますだろう。

彼らは自分たちがなぜ負けたのかを思い出す際、俺の顔ではなく「巨大な雷神の影」を想起することになる。


「カイルくん、何をしてるの?」


背後からリーゼの声。

俺は指輪を透明化させて隠し、何食わぬ顔で振り返った。


「あ、リーゼ。……少し、おまじないをね。彼らが目が覚めた時、二度と嫌なことをしなくなるように」


「おまじない、かぁ……カイルくん、本当に変わったね」


彼女はまだ、信じられないといった様子で俺の手を見つめている。

昨日までは一緒に泥だらけになって遊んでいた幼馴染。

それが一晩で、騎士団を一人で壊滅させる化物になったのだ。

普通なら恐怖を感じてもおかしくない。


だが、リーゼの瞳にあるのは、深い信頼だった。

前世で、俺が彼女を救うために必死に足掻いていた姿を、彼女の魂が覚えているのではないか。

そう錯覚するほど、彼女の微笑みは温かかった。


「……おまじないは終わった。リーゼ、少し出かけてくる」


「えっ、また? 騎士様たちはどうするの?」


「村長さんに頼んで、荷車に乗せて村の外まで運んでもらうよ。俺はちょっと、これから必要になる『小銭』を拾いに行ってくる」


「小銭?」


「ああ。……すぐ戻るよ」


俺は彼女の返事を待たず、村の北側へと跳んだ。

目的地は、ここから二十キロ離れた場所にある「疾風の地下迷宮(ゲイル・ダンジョン)」。


前世の知識によれば、ここは本来、レベル三十前後の冒険者が命がけで挑む中規模ダンジョンだ。

だが、俺にはここに来る明確な理由があった。


「移動時間、四十五秒か。……少し遅れたな」


森を抜け、ダンジョンの入り口である岩穴の前に立つ。

俺の足元には、超高速移動による熱で焦げた草がくすぶっていた。


なぜここに来たか。

理由は二つ。


一つは、今後の活動資金。

アイテムボックスには百億ゴールドあるが、それは前世の通貨や高額硬貨だ。

今のこの時代でいきなり使うと、経済が混乱し、足がつく。

今の時代に流通している「現行の金貨」をある程度、稼いでおく必要がある。


もう一つは、三ヶ月後に王都で発生する「大疫病」を防ぐための特効薬。

その材料である「太陽の涙」が、このダンジョンの最深部に眠っている。


前世では、この疫病で数万人が死んだ。

その混乱に乗じて、魔王軍の密偵が王都の中枢に潜り込んだのだ。

そのフラグを、今のうちに粉砕しておく。

それが最短のスピードランだ。


「さて、掃除を始めるか」


俺は岩穴に足を踏み入れる。

入り口付近にいたレベル十程度のスライムやコウモリが、俺の「覇気」に当てられて、戦う前から消滅していく。


通路は迷路のように入り組んでいるが、俺の脳内には前世で百回以上踏破した地図が完璧にコピーされている。


(右、左、中央、三つ目の角を上に……)


「縮地」と「飛行」を組み合わせ、時速二百キロを超える速度でダンジョンを駆け抜ける。

トラップ?

作動する前に通り過ぎるか、あるいは俺の物理耐性で踏み潰すだけだ。


階層を跨ぐごとに、魔物のレベルが上がっていく。

レベル二十五、オーガ。

レベル二十八、ガーゴイル。


「効率が悪い」


俺は立ち止まることすらしない。

すれ違いざまに、アイテムボックスから無造作に取り出した「下級の火種(フレイム・シード)」を投げ捨てる。


本来は松明を灯すための低級魔法だ。

だが、魔力無限の俺が、レベル9999の魔法威力のまま放てば――。


ゴォォォォォォォォォン!


ただの火種は、ダンジョンの通路を焼き尽くす極大の火炎放射へと変貌した。

オーガも、ガーゴイルも、防衛用の石造りの壁さえも、すべてが一瞬で蒸発する。


「……火力が強すぎたか。換気魔法をかけないとリーゼに怒られそうだな」


煤一つついていない服を払い、俺は最深部の「ボスの間」へ辿り着いた。


そこにいたのは、このダンジョンの主、エルダー・キメラ。

レベル三十五。この辺りでは最強の魔物だ。


キメラが三つの頭を揺らし、威嚇の咆哮を上げようとする。

その大きく開かれた口。

そこから声が漏れるより早く、俺はキメラの眉間に「デコピン」を叩き込んだ。


バキィッ!


重戦車のような巨体が、たった一撃でダンジョンの壁まで吹き飛んだ。

壁にめり込み、そのまま光の粒子となって霧散する。

戦闘終了。

所要時間、零点五秒。


「……よし。目的のブツはこれだな」


台座に鎮座していた、黄金色に輝く宝石「太陽の涙」。

そして、宝箱に詰め込まれていた五万ゴールド相当の金貨。


俺はそれらを無造作にアイテムボックスに放り込み、ダンジョンを後にした。

入り口に戻ってきた時、時刻はまだ昼前だ。


「移動と攻略、合わせて十五分。……まあ、こんなものか」


村へ戻る道中、俺は次のフェーズを考える。


王都への準備は整った。

疫病の特効薬は手に入れた。

資金も確保した。

騎士団には「精霊の村」というブラフを仕掛けた。


(次は……王都へ向かうついでに、あの『聖女』を回収しておくか)


前世で、悲劇的な運命によって魔女へと堕ちた少女。

彼女の聖属性魔法は、中盤以降の効率的な魔物狩りには欠かせない。

何より、彼女を救うことは、魔王軍の戦力を一つ削ることと同義だ。


村に戻ると、リーゼが洗濯物を干していた。


「あ、カイルくん! おかえり。早かったね」


「ああ、ちょっと散歩してきたよ。ほら、リーゼ。お土産だ」


俺はダンジョンで見つけた、魔力回復の効果がある「月光草の種」を渡す。

彼女の家の庭に植えれば、彼女自身の魔力も少しずつ底上げされるはずだ。

それが将来、彼女の身を守る小さな、しかし確実な防壁になる。


「わあ、綺麗な種! ありがとう、カイルくん」


リーゼの笑顔を見るたび、俺の胸の中にあった前世の「氷の決意」が、少しだけ解けるような気がした。


だが、甘えはしない。

俺は二周目を、完璧なハッピーエンドで終わらせる義務がある。


そのためには、この平穏を愛でる以上に、外の世界の理不尽を叩き潰しに行かなければならない。


「リーゼ。明日、王都へ行くよ」


「えっ……? 明日? 急だね」


「ああ。……効率よく世界を救うには、まずあそこの『掃除』が必要なんだ」


カイルの視線は、遥か彼方、腐敗した権力が渦巻く王都へと向けられていた。

レベル9999の少年による、二周目のスピードラン。

その舞台は、いよいよ辺境の村から、世界の中心へと移り変わろうとしていた。

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