第3話
村の入り口に、土煙が舞った。
整然と並ぶ軍馬の蹄の音。
磨き上げられた鎧が太陽を反射し、平和な辺境の村には不釣り合いな威圧感を放っている。
(予定通りだな)
俺は広場の隅で、薪割りをしながらその様子を眺めていた。
手にした斧は、前世で使っていた神話級の武器ではない。
その辺の物置に転がっていた、ただの錆びた薪割り斧だ。
だが、俺が振るえば、硬い樫の丸太が紙細工のように両断される。
パカン、パカンと、小気味よい音が広場に響く。
「おい、村長を出せ! 王都騎士団、第三挺身隊の到着だ!」
先頭の馬に乗った男が、傲慢な声を張り上げた。
赤いマントを翻し、これ見よがしに腰の長剣を鳴らす男。
副隊長、バッカス。
前世で俺を「盾」として使い潰し、数々の無謀な特攻を強いた張本人だ。
その横には、隊長のディランもいる。
彼らの頭上に浮かぶ数値を見る。
レベル18、レベル22。
(……ゴミだな)
前世ではあんなに大きく見えた背中が、今は羽虫のように小さく見える。
彼らの実力は、昨日俺が秒殺したシャドウウルフと大差ない。
そんな連中が、自分たちを「選ばれた強者」だと信じ込んで、弱者を踏みにじりに来たわけだ。
「これはこれは、騎士様方。本日はどのような御用向きで?」
村長が、震える足で進み出る。
その後ろには、心配そうに見守る村人たち。
そして、不安げに俺の背中に隠れるリーゼの姿があった。
「決まっているだろう。魔王軍の活性化に伴う、緊急徴兵だ。この村からも若者を五名出せ。それと、食糧の三割を供出してもらう」
村がざわついた。
五名の徴兵。この小さな村から若者を五人も奪えば、収穫すらままならなくなる。
食糧の三割も、冬を越せなくなる死活問題だ。
「そんな! 昨日も魔物の襲撃があったばかりで、我らも精一杯なのです!」
「黙れ。これは王命だ。逆らうなら反逆罪と見なすが?」
バッカスが剣の柄に手をかけた。
村人たちが悲鳴を上げ、後退りする。
リーゼの手が、俺の服の裾をぎゅっと握りしめた。
「カイル……」
彼女の震える声。
前世では、ここで俺が「自分が行くから、村には手を出さないでくれ」と懇願した。
それが、二十年に及ぶ地獄の始まりだった。
だが、二周目の俺に、そんな選択肢はない。
非効率極まりない。
「あのさ」
俺は薪を割る手を止め、斧を肩に担いで一歩前に出た。
「なんだ、ガキ。大人の話に割り込むな。引っ込んでろ」
バッカスが不機嫌そうに俺を睨みつける。
俺は構わず、騎士たちの中心へと歩いていった。
「緊急徴兵って言ったよな。でも、徴兵の条件は『対象がレベル5以上であること』のはずだ。この村にそんな奴はいない。つまり、お前らのやってることは王命を隠れ蓑にした、ただの強盗だろ?」
一瞬、広場が静まり返った。
村長が顔を真っ青にし、バッカスの顔が屈辱で赤黒く染まっていく。
「貴様……どこでそんな法律を。いや、関係ないな。騎士に口を答えした罪、その体で購ってもらおうか!」
バッカスが馬から飛び降り、剣を抜いた。
抜剣の速度は、俺からすればスローモーション。
あくびが出るほど遅い。
「死ね、クソガキ!」
銀光が俺の首筋を狙って振り下ろされる。
村人たちの悲鳴。
リーゼが目を逸らす。
だが。
ガキィィィィィィィン!
鼓膜を突き刺すような金属音が響いた。
バッカスの剣は、俺の首に届く直前で止まっていた。
俺が、手に持っていた「薪割り斧」の腹で受け止めたからだ。
「なっ……!?」
バッカスの目が見開かれる。
渾身の力で振り下ろしたはずの剣が、少年の持つ錆びた斧によって、微動だにせず受け止められている。
「レベル18、筋力値45。……期待外れだな。そんな鈍いなまくらで、誰を殺すつもりだ?」
「貴様……何を……!」
バッカスが必死に剣を押し込もうとするが、俺の腕は一ミリも動かない。
俺の筋力値は、計測不能なほどに跳ね上がっている。
蟻が象を押しているようなものだ。
「非効率なんだよ、お前ら。守る力もないくせに威張り散らして、未来ある若者を使い潰す。……そういうの、今回の人生では禁止してるんだ」
俺は、斧を軽くひねった。
パキィィィィィン!
王都の職人が鍛えたはずの騎士の長剣が、まるで氷細工のように粉々に砕け散った。
「ひ、ひぃぃっ!?」
尻餅をつくバッカス。
砕けた破片が、彼の頬をかすめて地面に突き刺さる。
俺は一歩、踏み出した。
「な、何者だお前は! 全軍、構えろ! このガキは反逆者だ!」
隊長のディランが叫び、残りの騎士たちが一斉に抜剣する。
三十人のプロの騎士。
一般人から見れば、一国をも滅ぼしかねない武力。
「……面倒だな。移動の手間を省くって言っただろ?」
俺はアイテムボックスから、一つの小さな宝珠を取り出した。
前世で、数万の魔族の軍勢を一瞬で麻痺させた「神話級」の魔道具――『雷神の溜息』。
俺が指先で宝珠を弾くと、パチッ、と小さな火花が散った。
「あ?」
騎士たちが異変に気づいた瞬間には、すべてが終わっていた。
ドォォォォォォォォォン!
目も眩むような青白い電光が、村の入り口を包み込んだ。
精密に制御された雷撃は、村の建物や住人を避けて、騎士たちとその軍馬だけを正確に直撃する。
「が、は……っ!?」
叫ぶ暇さえなかった。
鎧を伝った高圧電流が、騎士たちの意識を強制的に刈り取る。
一秒前まで傲慢に振る舞っていた三十人のエリートたちは、白目を剥いて地面に転がった。
広場に残ったのは、焦げた土の匂いと、静寂。
ただ一人立っているのは、薪割り斧を肩に担いだ十二歳の少年だけ。
「……よし。これで静かになったな」
俺はアイテムボックスから、前世で使っていた「拘束用の魔導鎖」を取り出し、転がっている騎士たちを効率的に縛り上げていく。
呆然と立ち尽くす村人たち。
村長は口をパクパクとさせ、腰が抜けて立てなくなっている。
「カ、カイル……君。一体、何をしたんだ……?」
「ただの掃除ですよ、村長。不法侵入者がいたので、追い払っただけです」
俺は平然と答え、最後に残ったバッカスの襟首を掴んで引きずった。
「さて。王都へは、こいつらを荷台に乗せて送り返せばいいか。ついでに、王都の騎士団長に『二度とこの村にゴミを送るな』って伝言もつけよう。……ああ、書くのが面倒だな。記憶操作の魔導具を使うか」
俺は、自分の手を見つめる。
前世の知識と、この暴力的な力。
改めて思う。一周目の苦労は何だったのか。
「カイルくん!」
後ろから、リーゼが駆け寄ってきた。
彼女の瞳には、恐怖ではなく、言いようのない驚きと、それ以上に強い光が宿っていた。
「……すごかった。私、何が起きたか全然わからなかったけど……カイルくんが、みんなを守ってくれたんだよね?」
「……まあ、ついでだ」
俺はぶっきらぼうに答えて、彼女の頭を軽く撫でた。
前世では、俺が彼女の頭を撫でる余裕ができるまで、十年の歳月が必要だった。
今は、再開してわずか数時間だ。
「リーゼ。言っただろ、二度目は失敗しないって」
俺は、気絶しているバッカスを一蹴りして、次の行動予定を頭の中で組み立てる。
徴兵を回避し、騎士団を無力化した。
これにより、王都側はこちらを「ただの辺境の村」とは見なさなくなるだろう。
調査団が来るか、あるいはより強い戦力が送られてくるか。
(どっちでもいい。来た奴から順番に、わからせてやるだけだ)
俺のスピードランは、まだ始まったばかり。
次は、王都に巣食う汚職の根源を断ちに行くか。
それとも、今のうちに近隣のダンジョンの隠し財宝をすべて回収してくるか。
「……効率を考えれば、同時並行だな」
俺は、レベル9999の力に相応しい、傲慢なまでの微笑みを浮かべた。
この世界にあるすべての「悲劇のフラグ」を、今から俺が、一つ残らずへし折ってやる。
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