第2話

階段を駆け下りる。


一段飛ばしどころか、身体が軽すぎて数段を一度に跳び越えていた。

前世で限界まで鍛え上げた筋力と感覚が、子供の身体に宿っている。

着地の衝撃は皆無。

音も立てず、俺は居間に滑り込んだ。


そこには、朝食の準備をする少女の背中があった。


「カイル! もう、本当に遅いんだから!」


彼女が振り返る。

窓から差し込む朝日に照らされ、黄金色の髪が眩しく輝いた。


リーゼ。

俺の幼馴染。

そして、前世の最期に俺の腕の中で冷たくなった、最愛の人。


「……リーゼ」


「な、なに? そんなにじっと見て。寝ぼけてるの?」


彼女は少し顔を赤らめて、困ったように笑う。

温かい。

生きている。

彼女の鼓動が聞こえるわけではないが、その存在感が、俺の胸を締め付けた。


今すぐ抱きしめたかった。

大声で名前を呼び、二度と離さないと誓いたかった。


だが、俺は止まった。

涙を堪え、震える唇を噛んで、強引に思考を切り替える。


(落ち着け。感傷は後だ。効率を考えろ)


今の俺には、レベル9999という暴力的なまでの力がある。

だが、リーゼは違う。

この村の人々も、今はまだか弱い一般人に過ぎない。


(記憶を検索。今日、何が起きる?)


一分、一秒でも早く、彼女たちの安全を確定させなければならない。

俺は食卓に並んだパンを一口で咀嚼し、記憶の断片を繋ぎ合わせる。


大陸暦四一五年、四月十日。

俺が十二歳の誕生日を迎えた、この日。

夕刻、北の森から「血の爪」と呼ばれるシャドウウルフの群れが村を襲う。


前世では、俺が深手を負い、村長の左腕が失われた。

それが、俺が「強くならなければならない」と呪いのように誓った原点だ。


「リーゼ、悪い。今日は急用を思い出した」


「えっ? ちょっと、朝ごはんは?」


「後で食べる。それから、夕方まで絶対に家から出るな。約束だぞ」


「カイル……? なんだか、急に大人っぽくなったみたい……」


リーゼが呆然とした表情を浮かべる。

無理もない。

さっきまで寝坊していたガキが、鉄の規律を持った戦士の眼差しを向けているのだ。


俺は彼女の返事を待たず、家を飛び出した。


     ◇


村の北門を抜け、森へと向かう。

歩くのではない。

「縮地」のスキルを無造作に発動させ、景色を置き去りにする。


(シャドウウルフの数は、確か四十。ボスのレベルは十五)


今の俺からすれば、塵にも等しい。

だが、村に引きつけてから戦うのは非効率だ。

村の施設が壊れるリスク、住民がパニックを起こすコストを考えれば、巣ごと殲滅するのが最短ルート。


森の奥。

本来なら、熟練の冒険者がパーティを組んで挑むべき深層。


「いたな」


群れの気配を察知した。

木の影から、赤い眼光がいくつもこちらを睨みつける。

低い唸り声。

絶望の象徴だった魔物たちが、牙を剥いて飛びかかってくる。


「邪魔だ」


俺はアイテムボックスから一本の杖を取り出した。


神話級魔杖・ヴォイド。

前世で魔神の心臓を貫いた、終焉の武器。


詠唱など必要ない。

俺は杖の先を地面に突き立て、最小限の魔力を流し込む。


「空間破断」


パキ、と。

乾いた音が響いた。


次の瞬間、森の空間そのものが「ズレた」。

飛びかかっていた四十匹のシャドウウルフ。

潜んでいたボスの個体。

それらすべてが、鳴き声一つ上げることなく、一瞬で切断された。


血飛沫すら飛ばない。

断面が空間ごと固定され、魔物たちは塵となって消滅していく。


(戦闘時間、コンマ五秒。移動を含めても三分か)


あまりの呆気なさに、乾いた笑いが出る。

前世であれほど苦労した絶望が、指先一つで片付いてしまった。


俺は消えゆく魔物の死体から、一応「魔石」だけを回収する。

レベル9999の俺には不要だが、村の復興資金や、今後の効率的な活動には資金が必要だ。


杖をアイテムボックスに戻し、俺は村へと引き返す。


(よし。脅威レベル1の処理は完了)


さて、次の問題だ。

明日、この村に「徴兵」という名目で騎士団がやってくる。

前世で俺を使い潰し、リーゼを悲劇の渦中に叩き込んだ、あの無能どもの集団だ。


「わざわざこちらから出向く手間が省けたな」


俺の口角が自然と上がる。

復讐。

そんな感情的な言葉では生ぬるい。


俺の二周目に、不純物は一切必要ない。

理不尽を押し付けてくる連中には、それ以上の理不尽を叩きつけてやる。


「待ってろよ、ゴミ共。最高の『もてなし』を準備してやるからな」


春の柔らかな日差しの中。

俺は、次に排除すべき「非効率」をリストアップしながら、鼻歌混じりに村へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る