出会い②

 二人して近くのカフェに入った。

 お洒落な店で、店員も清潔感があり、場所柄か、客もどこか洗練されている。

 互いにホットコーヒーを注文した。

 店員が席を離れるなり、男は胸に手を当てて言った。

「自己紹介がまだだったよね。ぼくはサクライタクミ」

「サクライさんですね。わたしは新庄麗子です」

 相手がフルネームで名乗ったので、麗子もそうした。

「麗子さんか。よろしく」

 いきなり下の名前で呼ばれたが、いやな感じはしなかった。

「いえ、こちらこそ。わたしも、タクミさん、でいい?」

「ええ、どうぞ」

 軽い雑談を交わしているうちに、コーヒーが運ばれてきた。

 麗子はブラックのまま口をつけたが、タクミは砂糖を多めに入れている。甘党のようだ。

「タクミさん、出身はどちら?」

「ぼくは九州なんだ。九州の福岡。大学のときに上京したんだ。麗子さんは?」

「わたしは地元も東京なんですよ」

「東京のどこ?」

「世田谷ですね」

「じゃあ、いいとこのお嬢さんだ」

「いえいえ、そんなこと。世田谷といっても、庶民が住んでる地域ですから」

「世田谷にも庶民が住んでるんだ?」

「そりゃそうですよ。世田谷に住んでる人が、全員お金持ちなわけないじゃないですか」

「はは。確かに」

 会話は弾んだ。途中でドリンクのおかわりをしながら他愛のない話が続いたが、お互い映画好きとわかると、会話のボルテージは一気に上がった。話しているうちに、好きな映画のジャンルも近いことがわかった。

「わたし、父の影響もあって、昔からヒッチコックが好きなんです」

「ヒッチコックはいいよね。映画の中の映画って感じがして、作品に風格さえある」

「ええ、本当にそう思います。あのモノクロの雰囲気がたまらなくて」

「わかるなぁ、今の映画にはない味わいがあるよね」

「ええ。それもあって、モノクロ写真にも惹かれるんです。それで、今日の写真展にも自然と足が向いて」

「モノクロには特別な魅力があるよね。カラーでは表現できない何かがある」

「ええ、ほんとに」

「ヒッチコックの他に好きな監督は?」

「キューブリックも好きですね」

 その名を出すと、タクミの目が輝いた。

「実は最近、キューブリックをおさらいしてたところなんだ。だから今、その名前が出て驚いたよ」

「タイムリーでしたね。ちなみに、どの作品が好きですか?」

「そうだなぁ……」タクミは真剣な表情で考え込む。「名作揃いだから一つに絞るのはむずかしいな。ヒッチコックほど古くはないけど、彼の作品は今ではもう古典扱いだからね。たとえば、『2001年宇宙の旅』なんかは、映像作家を目指す人の教科書みたいな作品になってるし」

「ええ」

「それに彼の作品は、やっぱり色使いが特徴的だよね。『時計仕掛けのオレンジ』は白がメインで、『シャイニング』は——」

「赤、ですね」

 麗子はタクミの言葉を先取りする。

「そう、赤だね。あの血がドバーッてやつね。あのシーンは強烈だったなぁ」

「血の洪水ですよね。確かにあれは印象的なシーンでしたね。でもタクミさん、本当に映画が好きなんですね」

 タクミは少し照れたように頭をかいた。

「実はぼく、役者をやってるんだ。それで演技の勉強になればと思って、映画は積極的に観るようにしてる。まあ、役者をやる前から映画は好きだったけどね」

「役者さんなんですね。素敵です」

「いやいや、役者といっても、残念ながら売れない役者だからね。親にも半ば勘当されてるし。いい年して夢を追いかけてる場合じゃないってね」

 自分を卑下ひげするタクミに、麗子は優しくフォローを入れる。

「売れてる売れてないは関係ないですよ。大事なのは、やりたいことをやれてるかどうかですから。わたしなんて、やりたいことも見つからず、ずっとしがないOLを続けてますし」

「そう言ってもらえるのはうれしいけど……」タクミは表情を曇らせる。「でもやっぱり、売れる売れないは重要だと思うよ。ぼくも昔は関係ないって思ってた時期もあったけど、この年になると現実が見えてくるっていうか、やっぱりそれなりの実績がないと評価されない世界だし、そもそも売れなきゃ俳優業に専念できないからね」

「確かにそうかもしれないですけど、でもわたしは、役者をやってるタクミさんは素敵だと思います」

「ありがとう……。でも面と向かってそう言われると、少し照れるな」

 タクミが照れ笑いを浮かべながら再び頭をかく。

「わたし、応援しますから」

 その一言に、タクミの顔がぱっと明るくなった。

「ありがとう。あの、もしよかったら、来月公演する舞台を見にきてくれないかな。あ、でも、興味ないか……」

「そんなことないです! わたし、絶対に見にいきます。なので、連絡先を教えてもらえますか?」

 こうして連絡先を交換し、サクライタクミが〝桜井拓海〟だと知った。

 ふと気づけば、店の外はすっかり暗くなっていた。

 麗子は時間を確認して驚く。

「もうこんな時間……。わたし、少しだけって言ってたのに」

 二時間近く話し込んでいたようだ。それでも、まだ話し足りない気がする。

「楽しい時間はあっという間だね」

「ええ、本当に。わたし、こんなに楽しい時間を過ごしたの、久しぶりかも」

「ぼくもだよ。好きな映画の話ができて、うれしかった」

 拓海が名刺を差し出す。

「夜は、そこのカフェバーで働いてるんだ。よかったら、今度遊びに来てよ」

「ええ、ぜひ。また映画の話でもしましょう」


    *  *  *


「お嬢様、何だか嬉しそうな顔をされてますね」

 運転席から沢尻が声をかけてきた。

 麗子はリムジンの後部座席から答える。

「わかる?」

「ええ。ご主人様がお亡くなりになってから、ずっと沈んだ顔をされてましたから」

 沢尻は話しながらも、巧みなハンドルさばきで前の乗用車を追い越していく。スピードは出ているが走りは安定している。そのため、麗子はいつも安心して乗っていられた。

「今日の新しい出会いが、わたしに新たな刺激をもたらしてくれそうな予感がするの」

「そうなるといいですね」

 再びリムジンがぐんと加速して、前方の車を抜き去る。比較的空いている幹線道路をリムジンは滑るように疾走していく。

「この新しい出会いが、わたしに何をもたらすのか……」

 麗子は独り言のようにつぶやく。

 前方に顔を向けたまま沢尻がたずねてくる。

「お嬢様、調は継続でよろしいですか?」

「そうね。とりあえず、しばらく待機でいいわ」

「かしこまりました」

 リムジンが青信号の交差点を颯爽と通過していく。

「それと沢尻さん」

「何でしょう?」

「これからもずっと、わたしの味方でいてちょうだいね」

「ええ。わたしはいつだって、お嬢様の味方です」

「頼りにしてるわ」

 麗子はそう言うと、街灯がきらめく夜の街並みに視線を移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る