第2話 ガラクタたちの詩(うた)

 砂漠の太陽は、慈悲を知らなかった。

 ジリジリと焼きつくような日差しが、キースの鋼鉄の装甲を熱し、内部回路を狂わせていく。

 研究所を逃げ出して以来、もう何日歩き続けただろうか 。飲食を必要としない身体は飢えを感じなかったが、メンテナンスをされない機械の身体は、すでにスクラップ寸前だった。

​ 砂塵の向こうに、ポツンと一軒家が見えた 。

 キースのセンサーが微かな人工物の反応を捉える。あそこなら、誰か人がいるかもしれない。いや、人を避けてきたはずなのに、極限状態の思考回路は矛盾した希望を弾き出した。助けを求めたい。あるいは、誰かに破壊してほしかったのかもしれない。

​ だが、近づくにつれてその希望は無惨に打ち砕かれた。

 そこは、すでに死んだ家だった。

 屋根の半分は吹き飛び、壁には無数の銃弾の痕。家の外には椅子や食器といった生活用品が無造作に散乱している 。どこかの戦闘に巻き込まれ、住人は逃げ出したか、あるいは……。

​ キースは廃屋の影で身体を休めようと、崩れかけた壁に手をかけた。

 その瞬間だった。

​ バキンッ!

​ 乾いた金属疲労の音が響く。

 キースの視界が傾いた。

 地面に倒れ込んだ彼の横に、見覚えのあるパーツが転がっていた。彼の右足だ。限界を迎えた関節部が砕け、崩れるようにもぎ取れてしまったのだ 。

​「は、はは……」

​ 笑い声はノイズとなって漏れた。

 這(は)うようにして腕だけで身体を引きずる。その視線の先に、砂に半分埋もれた小さな物体があった。

 丸コゲになった、女の子のセルロイド人形 。

 かつて誰かに愛されていたはずのそれは、今は黒くただれ、打ち捨てられている。

​ キースは震える鉄の指で、その人形を握りしめた。

​「お前と一緒だよ……俺はガラクタだ……」

​ 悲しみが胸を締め付ける。人間だった頃なら、号泣していただろう。

 だが、機械の瞳は乾いたままだ。

 こんなに悲しく、切ないのに、涙が一滴も出ない。

 彼の身体からは、涙を流す機能ごと奪われていたのだ 。

​「涙って、どうやって流すんだ……」

​ その日を境に、キースは二度と動くことができなくなった。

​   ***

​ それから数日が過ぎた 。

 砂嵐が彼を覆い、体半分が砂に埋もれていた。

 意識――あるいはOSの稼働状態――は、深い闇の底にあった。

 心は完全に病んでいた。

​(どうしてオレは生きているんだ? もうすぐ死ぬのに……)

(死ぬために生きているんだ……。なら、最高な死に方がしてぇな……)

​ 思考のループ。

 何かを成し遂げて満足して死ぬか。それとも、何も考えずに眠り、起きた時には死んでいればいい 。

 今日もまた、死ねなかった。

 いつになったらこの悪夢は終わるのか。

 キースは思考プロセスをシャットダウンし、深いスリープモードへと落ちていった。

​   ***

​ ――ガタッ、ゴトッ。

​ 不規則な揺動(ようどう)感知。

 ジャイロセンサーが平衡感覚の異常を訴えている。

 キースは覚醒した。

 今日も生きている。だが、今回はいつもと状況が違っていた 。

 視界が高い。景色が流れている。

 彼は、誰かに背負われて運ばれていた。

​ 背負っているのは小柄な少女だ。ボロボロのコートに、目元を隠す大きなゴーグル。

 冒頭で再会することになる少女、デイジである 。

​「……っ!? オレをどこに連れて行くつもりだ?! 下ろせ!」

​ キースが暴れると、少女はよろめきながらも足を止めずに答えた。

​「い・や・だ! キミみたいな珍しい人、サーカスに渡してたくさんお金を貰うんだから。これで当分お金に困らないよ。アハハハハ」

​ 乾いた笑い声。

 冗談にしては悪趣味だ。キースは怒号を上げた。

​「ふざけるなっ!! オレは死ぬんだ! もうすぐ死ぬんだ! だからここに置いて行け!」

​ その言葉に、少女の足が一瞬止まった。

 彼女の肩が、ビクリと跳ねる。

​「それ、本当……?」

「あぁ……」

​ 沈黙が落ちる。気まずい空気が二人の間を流れた。

 少女は再び歩き出し、努めて明るい声を出した。

​「アハハハハ、私が行ったことは全部ウソ! 本当は、ここからちょっと近い街が戦場に変わるんだって。もう、小さな戦闘なら始まってるんじゃないかな。そうなるとここら辺も被害にあうと思うんだ。だから逃げてるの」

​ 戦火からの逃避行。それは納得できる理由だった。だが、それならなおさらだ。

​「なぜオレを連れて行く?! オレを置き去りにすればもっと早く逃げられるだろ!」

「気分だよっ、き・ぶ・んっ。連れていきたい気分だったんだ。ただ……それだけ……」

​ 少女は軽薄に答えるが、キースの演算能力は矛盾を見逃さなかった。

​「そんなの理由になるか……。おいっ、ちょっと待てよ?! そんな情報を知っていたなら、どこかの街か施設にいたんだろ? それなら逃げるための設備や車両があったはずだ! なのになぜ、お前は歩いて逃げているんだ?!」

​ デイジはしばらく黙り込み、砂漠の地平線を見つめながらポツリと言った。

​「…………自分から……降りたんだよ……。そういう気分だったから……」

​ 自分から降りた? 戦場が迫る中で?

 キースの視線が、少女の横顔に釘付けになる。その大きなゴーグル。

 記憶のデータベースが検索結果を弾き出す。あの形状は。

​「気分ってお前……?! お、お前そのゴーグル……もしかして、『BT(ブルー・ティアーズ)』……BTだから降ろされたのか?!」

​ かつて自分が研究し、そして自分からすべてを奪った伝染病。

​「違うよっ!! 自分から降りたんだよ!」

「正直に言えよ!」

「………やだよ………」

​ 今まで張り詰めていた糸が切れたように、少女の声が心細く震えた。

 拒絶。

 キースはハッとした。彼女の頑なな態度は、ただの意地ではない。

 誰にでも、他人には触れられたくない傷がある。

 まさにキース自身が、自分の醜い姿を厭(いと)い、人間のいない場所へと逃げてきたように。

​「すまない……」

​ キースが絞り出すように謝ると、少女は足を止めず、少しだけ顔を背けたまま言った。

​「謝らないでよ。教えてあげるから」

​ その言葉は、砂漠の風よりも優しく、キースの冷え切ったコアに染み渡った。

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2026年1月3日 17:00
2026年1月4日 17:00
2026年1月5日 17:00

BLUE TEARS 〜泣いてはいけない少女と涙を失った機械の男、青い絶望を乗り越える約束の誓い〜 サムライダイス @Samuraidice

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