岩国啓一郎②

 奈央は三人分のコーヒーを用意すると、岩国と向かい合う形で座卓の前に腰を下ろした。真由美はベッドの縁に腰掛けている。

「では、最初から話しますね」

 奈央は霊能者とのやりとりを岩国に語って聞かせた。

 岩国は真剣な表情で耳を傾けてくれた。適度な相づちを挟んでくれるため、奈央は気持ちよく話すことができた。話し終えると、奈央はぬるくなったコーヒーに口をつけた。

「なるほど、だいたいのことはわかったよ。結論から言うと、おれもその霊能者と同じ意見だね」

「はあ……」

 奈央は岩国の言葉に落胆した。これでは何も変わらない。

「まず、この部屋に霊的なものの存在は感じない」

「じゃあ、なんで変なことが起こってるんですか?」

 奈央は思わず語気を荒げてしまう。

「それはおれにもわからない。でも、仮説なら立てられる」

「仮説……ですか?」

「そう。消去法でいくと、この仮説が正しいと思う」

「詳しく聞かせてください」

 岩国は少し居住まいを正すと説明を始めた。

「まず、その霊能者の言葉通り、君に強い恨みを持つ霊が遠くにいるのは間違いない。具体的に言うと、その霊は君と同世代の女性だろう」

「え……」

 岩国の言葉に、奈央は思わず身をこわばらせた。

「すごい。そんな具体的なことまでわかるんだ」

 ベッドに座る真由美が驚きの声を上げた。

 岩国が奈央をじっと見つめる。

「誰か、心当たりはない?」

「いえ……」

「そっか。じゃあ、逆恨みかもしれないな」

 岩国はそう言って笑顔を見せるが、その目はまるですべてを見透かしているようで、奈央は急に居心地が悪くなった。

 当然、心当たりはあった。だが、この場には真由美もいる。正直に話せる状況ではなかった。

「きっと逆恨みだよ。奈央が恨まれるなんてありえないもん」

 擁護してくる友人に、奈央は無理に笑みを浮かべて見せた。

 奈央は気を取り直すと、岩国に疑問をぶつけた。

「その、わたしを恨んでるっていう霊ですが、ずっと遠くにいるわけですよね? 霊能者の人は、遠くから何かをするのは無理だって言ってたけど、でも実際に起こってるわけで……。これって、どういうことですか?」

 岩国がしたり顔で、人差し指を立てて答える。

「ここからが仮説なんだ。幽霊って夜に出るイメージがあるだろ? 実際、霊的なものは夜に力が強まる。だから、君を呪ってる霊も、夜に力をつけて攻撃してきてるんじゃないかな」

「やだ、それめっちゃ怖いんだけど……」

 真由美が顔を歪める。

 岩国が淡々とした調子で続ける。

「まあ、あくまで仮説だけど、そう見当はずれじゃないと思う。だって、毎晩深夜の二時に起こってるわけだろ? いわゆる丑三うしみつ時。霊が最も活発になる時間帯だ」

「引っ越したほうがいいですか?」

 奈央が聞くと、岩国は首を横に振った。

「いや、これは君への個人的な攻撃だから、引っ越しても解決しない」

「そうですか……」

 ここで真由美が割って入ってくる。

「岩国さんが、その霊を成仏させることってできないんですか?」

 その問いに、岩国が苦笑する。

「できればそうしたいけど、何せ距離があるからね。おれの力じゃ、成仏させるのはむずかしいな」

「なるほど……。除霊にも距離が関係するんですね」

 真由美ががっかりしたように肩を落とす。

「ただね、奈央さんを恨んでいる相手が特定できれば、対策も変わってくるんだけど」

 岩国はそう言って、意味ありげな視線を奈央に向けてきた。

 奈央は思わず視線を外してしまう。やはり、彼にはすべてを見透かされているようで落ち着かない。

「まあ、今できることといえば、この部屋に結界を張ることくらいかな」

 奈央は予想外の言葉に驚く。

「結界……ですか?」

「そう、結界」

「わお! それって陰陽師おんみょうじみたいでかっこいい!」

 真由美が興奮気味に声を上げる。

 それを見て、岩国が苦笑する。

「おれのは自己流だからね、君が思ってるようなかっこよさはないと思うよ。本物の陰陽師みたいに儀式とかもないし」

「いえいえ、結界を張れるだけですごいですって!」

「ただね、おれの結界は効果が限定的だから、また同じことが起こると思う。やはり、根本的な原因を取り除かない限り、本当の意味での解決にはならない。だから奈央さん、焦らなくていいから、誰かに恨まれてないか思い返してみて」

「わかりました……」

「じゃあ、さっそく張っちゃおうか」

 岩国はそう言ってすっと立ち上がった。

 奈央は真由美とともに、彼の動向を興味深く見守った。

 静まり返った部屋の中で、岩国が真剣な表情で右手の二本指を眉間に当てて目を閉じる。二本の指に力を込めているような様子だ。そして力強く目を開けたかと思うと、右手の二本の指を「えいっ!」といった感じで天井の隅に力強く向けた。その動作を他の四隅でも繰り返したあと、彼はふっと肩の力を抜いて笑顔を見せた。

「終わったよ」

「……え、もう?」

 奈央はあまりの短さに呆気に取られてしまう。一連の動作は一分もかかっていない。

 真由美も同じ気持ちだったようだ。

「ずいぶん、あっさりでしたね……」

「ね? 想像してたのと違っただろ?」

「ええ、まあ……」

 真由美が不安そうに奈央に顔を向けてきた。

 友人の視線を受け止めながら奈央の胸に不安が広がっていく。こんな簡単なことで、毎夜続く怪奇現象が消えるのだろうか。

「とりあえず、これで様子を見てよ」

「……わかりました」

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