岩国啓一郎①

「どうも、岩国です」

 駅前で待ち合わせをした男は、気さくな笑みを浮かべながら自分の名を名乗った。

 岩国啓一郎——霊能者だ。

「本田奈央です。こっちは友人の真由美です」

「はじめまして、橋本真由美です」

 真由美の笑顔には、岩国への好感がにじんでいた。奈央もまた、彼に対してよい印象を抱いた。会うまでは少し身構えていたが、その不安は杞憂に終わったようだ。

 岩国はスリムな体形で、タイトなブラックジーンズがよく似合っている。まるでバンドマンのような風貌だ。ギターケースを抱える姿が自然と目に浮かぶ。年齢は二十代後半くらいか。物腰はとても柔らかで、誰からも好かれそうな印象を受けた。

 ふと気づくと、岩国が奈央の顔をじっと見つめていた。やはり、何か悪いものでも視えているのだろうか。奈央の胸に不安がよぎる。

 岩国がふっと笑みを浮かべた。

「あとでゆっくり話そう」

 一抹の不安を抱えながらも、奈央は二人を引き連れて自宅マンションへと向かった。

 駅から七、八分ほどの道のりを、他愛のない会話をしながら進んだ。やがて、四階建ての白いマンションに到着する。築四年の真新しい建物だ。周囲は戸建て住宅が多いため、四階建てのマンションは少し浮いた存在になっている。

「ここの四階です」

 エレベーターで四階まで上がり、奈央は自室である403号室のドアを開けて二人を迎え入れた。

 部屋はワンルームだ。八畳ほどのフローリングの部屋に、ベッド、机、丸い座卓、テレビ、白い棚などが置かれている。座卓の下には、毛足の長い円形の白いラグが敷いてある。

 岩国は無言で部屋の中央に立つと、何かを探るように隅々に視線を走らせた。その真剣な表情が、奈央にはとても頼もしく映った。

 奈央は邪魔にならぬよう真由美とともに部屋の隅に身を寄せて、岩国の動きをじっと目で追った。

 岩国が顔を向けてきた。

「まず、深夜の二時に電話が鳴るんだよね?」

「はい」

「次に、壁の時計が音を立てる」

「はい」

「で、あのカーテンが大きく揺れる」

「はい」

 事前に電話で伝えていた話を岩国はしっかり覚えていてくれた。おのずと信頼感が増す。

「それから、壁がドンドンと音を立てる」

「そうなんです。こっち側の壁だけが鳴るんです」

 奈央はベッドが置かれているほうの壁を指差して言った。

「なるほど、ラップ音だね。典型的なポルターガイスト現象だ。あと、女の人の声が聞こえるって話だったよね?」

「ええ……」

「よく聞き取れないって言ってたけど、具体的にどんな感じなの?」

「えーと、何かくぐもったような感じで……」

「でも、女の人の声で間違いないんだよね?」

「はい、それは間違いないです」

「なるほど」

「あ、それと、電話で言い忘れてたんですけど……」

「うん」

「朝起きると、ベッドの下の床が濡れてるんです」

「え!?」

 岩国の顔が一瞬にして青ざめた。それを見て、奈央の心臓が一気に跳ね上がる。

 奈央はおそるおそるたずねた。

「……そ、それって、なんか危険なんですか?」

「いや、そんなことは……。それも、よくある心霊現象だよ……」

 岩国がどこか歯切れ悪く答える。先ほどまでの自信はどこへ行ったのか。奈央は真由美に視線を向けた。彼女も困惑している様子だ。

 奈央はここで意を決して聞いた。

「やっぱり、何かいます?」

「まあ、多少は感じるけど、まだ何とも……」

 岩国は困惑した様子で曖昧に答えた。

「そうですか……。でもこの部屋、事故物件とかじゃないはずなんですけど」

「仮にそうだとしても、君の前の入居者がいた場合、不動産屋に報告義務はないからね」

「ええ、それは知ってますけど……」

「でも、ここで何かあったとかではなさそうだよ」

「そうですか……」

 すると、岩国は少し考えるような顔をしてから言った。

「そういえば、霊能者に相談をしたって言ってたよね? そのときの話、詳しく聞かせてもらえる?」

「ああ、はい。でもその前に、お茶でも淹れますね」

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