義理の娘を溺愛していたら、冷血公爵と噂の旦那様がわたくしにメロメロに?!

久遠れん

義理の娘を溺愛していたら、冷血公爵と噂の旦那様がわたくしにメロメロに?!

 ジュディットは本日をもって、フィーニエ侯爵令嬢からサンドラス公爵夫人となる。


 つまり、結婚するのだ。相手はロイク公爵。国内で双璧と呼ばれる公爵家のサンドラス家の当主である。


 彼にはすでに亡くなった先妻がいる。その間にまだ五歳の娘も一人。


 ジュディットは後妻として選ばれたのだ。彼女はまだ十六歳。

 先日成人したばかりで、ロイクは二十五歳。

 二人の間には九つの年の差があるが、貴族間の結婚では珍しい話でもない。


 フィーニエ侯爵家はロイクから結婚の打診が来た際には大騒ぎだった。

 ジュディットが成人する半年前の打診だったのだが、当時彼女は適齢期目前にも関わらず婚約者がいなかった。


 ひとえに金にがめつい父親が満足できるだけの結婚支度金を用意できる家がなかったからだ。

 様々な貴族がジュディットに婚約を打診していたらしいのだが、全て金銭面で折り合いがつかず婚約が結ばれることはなかった。


 と、いう話をジュディットは母から聞いていた。

 成人間近の娘の結婚どころか婚約すら決まらないことをジュディットの母はそれはもう嘆いていた。


 だからこそ、ロイクから打診があったとき、父親は結婚支度金の金額を聞いて小躍りし、母親はようやく決まった結婚話にもろ手を挙げて喜んだ。


 たとえ、相手のロイクが『先妻を毒殺した』という噂がまことしやかに囁かれている冷血公爵であったとしても。






 後妻とはいえ、公爵夫人に相応しい結婚式を終え、へとへとになって重たいウエディングドレスをメイドの手を借りて脱ぐ。


 そのままお風呂に入り、これまたメイドたちの手によって丹念に髪や肌の手入れをし、下着なのかすら判断に困るような薄すぎる初夜のためのランジェリードレスを身にまとった。


 夫婦の寝室となる部屋に、覚悟を決めて足を踏み入れる。

 そっと部屋に入ると、ソファでくつろいでいたロイクが視線を上げた。つばを飲み込んで乾燥した喉をわずかに潤す。


(大丈夫、きっと大丈夫)


 自分に言い聞かせるように内心で繰り返す。

 ロイクには確かに黒い噂がたくさんあるが、同時に優秀な人物だとも聞く。


 先妻に次いで後妻まで不自然な死に方をすれば、立場が危うくなることくらい理解しているはずだ。

 下手に殺されることはないと信じるしかなかった。


「……なにをしている」

「なにを、とは?」


 眉を潜めたロイクの言葉に、ジュディットのほうこそ戸惑ってしまう。

 結婚して夫婦になった最初の夜だ。務めを果たしに来ただけなのだが。


 立ち尽くす彼女に向かって、あからさまなため息を吐き出してロイクが立ち上がる。

 クロークから黒いガウンを取り出して、ジュディットに歩み寄り、肩に掛ける。


「そういうことは、しなくていい」


 言葉少なく告げられて、ジュディットは目を見開いた。

 困惑する彼女に背を向けて、ロイクがぽつりと呟いた。


「子供は、もういらない」


 どこか悲しそうな独り言だとは感じたが、それだけでは付き合いの浅いジュディットには何もわからない。


 どう動くのが正解なのか。

 判断に迷って動けずにいる彼女を放置して、ロイクはベッドに入る。


「もう寝る。お前も寝ろ」


 ジュディットに背を向けるようにして広いベッドで横たわっている彼に、何も言えないまま彼女は視線を伏せた。


(前途多難ね)


 けして『そういうこと』がしたかったわけではないが、妻の務めを果たせない後妻にどれだけの価値があるのか。

 自嘲気味に唇を歪めた姿は、誰にも見られることはない。






 翌日、本当になにも起こらないまま朝を迎えたジュディットは緊張してよく眠れなかった目をこすっていた。


 浅い眠りの中、朝早くにロイクが支度を整えて寝室を出ていったのは知っているが、特に声をかけられることもなかった。


(お飾りの妻が欲しいのかしら)


 朝の支度のため寝室にやってきたメイドに長い髪を梳いてもらいながら、よく磨かれたドレッサーの鏡に映る自分を眺める。


 どこにでもいるごく普通の侯爵令嬢であるジュディットに、ロイクは莫大な結婚支度金を用意したと聞いている。


 正確な額は知らないが、守銭奴の父親が小躍りを踊るような金額である。

 相当な金銭が動いたに違いない。


(これでは売られたようなものじゃない)


 少しだけ胸が苦しかった。

 結婚に夢を見ていたわけではないが、お飾りの妻が欲しかったのなら、別にジュディットではなくともよかったのに、と考えてしまうのだ。


(身分に釣り合いがとれて、適齢期で婚約者がいない、となるとわたくしくらいしか残らなかったことはわかるのだけど)


 現在、この国の公爵家は二つ。サンドラス家とダンホワーズ家。

 双璧と呼ばれる両家だが、結託して王家に反旗を翻さないよう公爵家同士での婚姻は暗黙の了解で禁止されている。


 そもそも、ダンホワーズ家の公爵令嬢はまだ幼い。先日十歳の誕生日パーティーに呼ばれたばかりだし、それでなくとも彼女は王太子と婚約を結んでいる。

 暗黙の了解と年齢の壁がなくとも、結婚など無理な話だ。


 一方で、侯爵家はいくつかあるが、その中ですぐに結婚できる適齢期で婚約者がいないのはジュリエットだけだ。


 大抵の令嬢は、十歳を超える前に将来結婚する相手を両親が決めて、婚約を結ぶ。

 そこには家同士の繋がりもあるし、貴族としての力関係が影響する。


(まぁ、全てを無視してお金をとったのがお父様だけど。行き遅れなかったことを感謝するべきなのよね)


 お飾りでも公爵夫人だ。

 明確な地位を手に入れたのは、ジュリエットにとって強みである。


 毒殺の噂は気がかりだが、ジュディットが今すぐ殺される危険性はいまのところは少ないだろう。

 先妻を毒殺した噂がある以上、毒に気を払う生活にはなることは負担だ。


 だが、年を取ってから行き遅れの侯爵令嬢としてよくわからない人間と無理に縁談を組まれて売り飛ばされるのと、どちらがマシかというと、判断に困る。


(殺されかけたらすぐに離縁して逃げましょう)


 決意を新たに、背筋を伸ばし続ける。

 しばらくしてメイドが「仕上がりました」と声をかけてくれた時には、寝ぐせなど欠片もない上品な公爵夫人が鏡の中で微笑んでいた。






 食事の席は一人だった。

 倹約家と言えば聞こえはいいが、度を越してケチだった父親のせいで爵位のわりに質素だった侯爵家より断然豪華な朝食を食べ終え、ジュディットは広すぎる屋敷の中を散策している。


(王都の一等地にこれだけのお屋敷を構えているのは、さすが公爵家ね)


 入ってはいけない部屋があると困るので、廊下をゆっくりと歩いていくだけだが、広さに圧倒されてしまう。


 のんびりと廊下に飾られている絵画や美術品を眺めながら足を動かしていると、ふいに背後から、軽い足音が聞こえた。


「?」


 ジュディットに向かってきている、と気づいて振り返ると、足元に軽い衝撃が走る。

 よろけはしなかったが驚いて視線を下げると、そこには小さな金色があった。頭だと理解する前に、金色の塊が上を向く。


「おかあさま!」

「!」

「あにーのあたらしいおかあさまでしょ?」


 黄金より輝かしい金の瞳がきらきらとジュディットを見上げている。

 落ち着いたブラウンの髪と青い瞳を持つ彼女とはまるで違う。


 満面の笑みで笑っている幼い子供に、遅れてジュディットは結婚前に伝えられていた「一人娘」の存在をいまさら思い出した。


「おかあさま?」


 こてん、と首を傾げる姿は愛らしい。まだ五歳になったばかりだと聞いている。

 母が恋しくて仕方ない年頃だ。


 ロイクが再婚することで『母』が来ることを心待ちにしていたのだと、言動から察せられる。

 ジュディットはゆっくりと膝を折る。


 ドレスの裾が床に着くのも構わず視線を合わせると、アニーは漆黒の色彩を宿すロイクと正反対のキラキラと輝く黄金の大きな瞳でじいっと彼女を見ている。


「失礼しました。ご挨拶が遅れましたが、新しくアニー様の母となりました、ジュディットと申します」


 敬語に様付け。

 本来『母』としてはしなくていい振る舞いだ。


 だが、アニーは先妻の子である。

 ロイクの先妻は子爵令嬢だったので元の身分はジュディットよりもずいぶん下だ。


 だが、サンドラス家において、アニーは『一人娘』の『後継ぎ』なのだ。

 ジュディットに対し、ロイクが今後も夜を求めない姿勢を貫くのであれば、アニーが婿をもらって公爵家を継ぐ形になる。


 そんなあれこれは置いておくとしても、単純にサンドラス家ではアニーが先輩なのだから、敬意を払うのは当然だとジュディットは考えていた。


 だが、当のアニー本人はジュディットの自己紹介にぷうと頬を膨らませてしまう。


「『おかあさま』はそんなはなしかたをしないのよ!」


 腰に手を当ててお姉さんぶって起こるアニーに思わず笑みがこぼれる。

 本人がこう言っているのだ。ならば、口調と呼び方は変えないと失礼だ。


「ごめんなさいね、はじめましてのときは丁寧に話すのが癖なの。許してちょうだい、アニー」

「! いいわ! あにーはいいこだから!」


 ぱっと顔を輝かせて許してくれたアニーに笑みを深めて、まだ小さな体を抱き上げる。


「きゃっ」

「お部屋はどこかしら。お母様に教えてくれる?」

「うん! あっち!」


 視線が高くなってきゃらきゃらと笑う無邪気な声が心地いい。

 アニーを腕に抱いて、ジュディットはゆっくりと歩き出した。


 彼女には年の離れた弟がいたので、子供の扱いには少しだけ慣れている。

 ヒールのある靴を履いて子供を抱っこするのは少し負担だったけれど、アニーの様子から触れ合いを求めていると判断したのだ。


 一歩ずつゆっくりゆっくりとアニーが教えてくれる方向へ歩く。

 それが、継母となったジュディットと義娘となったアニーの出会い。






 アニーはよくジュディットに懐いた。

 夜を共にしないどころか、普段から彼女を完全に放置しているロイクとは正反対だ。


 アニーにねだられて、彼女の部屋のベッドで一緒に眠る日もある。


 慣れない子守唄を聞かせると、とても喜ぶのだ。

 教養の一つとして歌を勉強していてよかった、と心底安心した。


 食事も一緒に食べるようになった。

 出会った日の朝食はロイクと食べたらしいが、アニー曰く「おとうさまはかまってくれないから」というのだ。


 確かに、食事中もアニーはよく喋る。食べ方自体は綺麗で、貴族令嬢としてのマナーは守っているから、ジュディットは何も指摘せず、にこにこと笑って相槌を打っている。


 日中もアニーはジュディットから離れたがらない。一度、それで家庭教師との勉強の時間になっても駄々を捏ねたので、折衷案で勉強の席に同席したら、それが当たり前になってしまった。


 ジュディットがどうしても外せない公爵夫人として招かれるお茶会などが被ると、物分かりのいいアニーは一切の我儘を言わないのだが、そうではないときはジュディットの傍から離れることを本当に嫌がった。


 朝起きてから夜寝るまで、本当に彼女にべったりとくっついている。


(母親が恋しいのはわかるのだけど)


 少し行き過ぎていないだろうかと不安になる。

 だが、ロイクに相談しようにも、彼は起きている間はジュディットの前に姿を現さない。


 最近ではアニーと寝ることが多いことも相まって、同じ屋敷に住んでいるのに全く姿を見ない日の方が多い。


(夫婦としては破綻しているけれど、求められていたのは『妻』ではなく『母親』だったのね)


 嫁いで一か月も立つと、さすがにその辺は理解した。

 ロイクが欲しかったのは『お飾りの公爵夫人』ではなく『アニーにとっての良き母』なのだと。


 だが、一つ不思議なのは、ロイク自身はアニーとあまり関わっていないことだった。

 なにか事情がありそうだとは思うものの、踏み入るのも憚られる。


 アニー自身が父親に関する不満をほとんど漏らさないのもあって、ジュディットは見て見ぬふりをするしかなかった。


 今日もまた、自由時間を使って公爵家の広い庭園で遊ぶアニーを見守りながら、ジュディットは白いベンチに座って彼女の行動を見守っていた。


 アニーは庭師に許可を取りながら、綺麗に咲き誇った花を摘んで花束を作っている。

 公爵令嬢が勝手に庭の花を摘み取っても庭師はなにもいえないが、きちんと一つずつ「これをとってもいい?」と聞いているので、育ちの良さが出ている。


 腰が少し曲がった庭師の老人もまた、にこにこと笑いながらアニーに一つずつ花の説明をしている声が風に運ばれてジュディットにも届いている。


(使用人たちとアニーの関係はすこぶるいい。執事もメイドも雑用係も、みんなアニーを気にかけているわ。旦那様のお達しかしら)


 そうなると当人のロイクがアニーと距離をとっている現状がますます不思議だ。少し頭を悩ませてみても、やっぱりわからない。


(次に顔を合わせたら、勇気を出して尋ねてみようかしら)


 そう考えてしまう程度には、この一か月でしっかりとアニーへの情が移っている。

 無邪気にジュディットを母と慕う幼い子供の姿は、彼女の心を揺さぶるのに十分すぎた。


「おかあさまー!」


 少し離れたところから、アニーが声を張り上げる。

 にこにこと笑ってジュディットに向かって手を振るアニーの反対の手には、作りかけの花束が握られている。


 何気ない日常の中の、何気ない幸せ。


 手を振り返したジュディットは、ふいに耳朶に届いた本当に小さな声に反応して、庭園の四角を見た。

 そこには、植えられた木々に隠れて魔法を編み上げている侵入者がいて。


「アニー!」


 思わず声を張り上げる。体は反射的に駆け出していた。

 魔法が得意ではないジュディットにも感知できる大きな魔力が、アニー目掛けて放たれる。


「っ!」


 無意識のうちにアニーと放たれた魔法の間に滑り込んだジュディスは、持てる魔力を全て使って防壁を築いた。


 本来、魔法の発動には強さに応じた長さの詠唱が必要になる。

 だが、詠唱などしていれば、アニーが死ぬ。

 その前に間にはいったジュディスの命が消える。だから、咄嗟に詠唱を破棄して防壁を編み上げた。


「~~っ!!」


 アニーを背後に庇っている。どんなに強力な魔法でも通すことは許されない。

 詠唱を破棄したことで足りない魔力を生命力から補填する。


 皮肉なことに、ジュディスは昔から生命力を魔力に変えることに関しては、頭一つ抜けていた。

 だが、それは詠唱を無視して強力な魔法を編める一方で、命を削る行為だ。


 家庭教師からは絶対に使うなと何度も釘を刺さていた。

 だが、今はそんなことを気にする余裕はない。



 左手を前に突き出し、右手で支えて防壁を展開している間、ジュディットの生命力はじりじりと削られている。


(威力が強い……! このままではわたくしの命が先に尽きてしまう……っ)


 奥歯を噛みしめる。強力な魔法に圧されて、少しずつ後退してしまっている。


「だれか……っ」


 魔法を放っている相手との力比べでは勝てない。

 誰か、助けて。

 そう願った瞬間。


 光の弾丸が屋敷の方角から放たれ、ふいに攻撃魔法が途切れた。

 侵入者が遠目からでもわかるほどに血を流してその場に倒れ伏している。


 先ほどの攻撃が的確に侵入者の命を奪ったのだろう。

 それでも魔法の防壁を崩すことが恐ろしい。何もない空間に防壁を張り続ける彼女を、呼ぶ声がした。


「ジュディット!! もういい!!」

「っ」


 離れた距離から、名を呼ばれる。額から流れ落ちる冷や汗が目に入る。

 のろのろと声のした方向を見ると、執務室の窓から上半身を落ちそうなほど乗り出したロイクが焦った表情で彼女の名を呼んでいる。


「だんな、さま……」


 攻撃は途切れている。防壁を解除しても、大丈夫だ。

 頭ではわかっているのに、怖くて怖くて、足が震えている。命を削る防壁が、解除できない。


「おかあさま!!」


 足元にアニーが縋りつく。泣きべそをかいているその顔を見た瞬間、守れたのだ、と安堵が胸に広がった。

 だから、だろう。


「おかあさまっ!!」

「ジュディット!!」


 アニーとロイクが同時に叫ぶ。

 目の前が真っ暗になって、防壁を解くのと同時に、アニーは意識を手放した。






 ジュディットが意識を取り戻した時、ベッドの中にはアニーが隣にもぐりこんでいた。涙の後の残るまろい頬を拭ってやると「目が覚めたのか」と声がかかる。


 鈍く痛む頭を無視して、視線を向けると、そこには眉をハの字にしたロイクが一度も見たことのない表情をして座っていた。


「痛むところは?」

「頭が、少し。でも大丈夫です」


 迷子の子どものような、途方に暮れている声音。

 それがなんだかおかしくて、痛みをこらえて笑ってしまった。


 小さく笑みを浮かべたジュディットの額にかかっている前髪を、ロイクが払う。

 その仕草は、胸が締め付けられるほどに優しかった。


「ありがとう、アニーを守ってくれて」

「旦那様が襲撃者を倒してくださったから助かったのです」

「君の魔法防壁がなければ、アニーは死んでいた」


 事実ではある。だが、ジュディットだけでは守り切れなかった。

 彼女が淡く微笑むと、ロイクはジュディットの頬を撫でながら、懺悔するように口を開く。


「……アニーは先妻によく似ている」

「はい」


 ロイクとアニーが宿す色彩は正反対だ。先妻の面影が強くでていることは最初から気づいていた。

 一つ頷いたジュディットに、ロイクは苦しそうにしながらも言葉を続けていく。


「先妻を、心から愛していた。子爵の身分の彼女に、無理を言って結婚した。……その結果、殺してしまった。その上、公爵家に下級貴族の血が混じることを嫌がった連中によって、今回の事件が起きた」


 なるほど、そういう裏があるのか。

 同じ貴族でも爵位による身分の差は明確だ。


 特に公爵家には王家の血も混ざるので、子爵の血が残ることを厭う者がいても可笑しくはない。


「……先妻の毒殺は、噂は本当なのですか?」

「毒を使った自殺だ。重圧と陰口に耐えかねたと遺書にあった」


 なるほど、無理を言って結婚した結果、服毒自殺をした。

 だから『殺してしまった』とロイクは思っている。


 そのせいで、捻じ曲げられた噂を否定せず『冷血公爵』と影であざ笑われても、反論の一つもしない。


「残されたアニーが愛おしかった。だが、彼女とよく似ているアニーを見るのが苦しくて、母と父を求めて泣いていても、傍にいられなかった。……彼女の死に際を、思い出してしまうから」

「……」


 相槌は求められていない。だから、黙って耳を傾ける。神に懺悔する信徒のように、ロイクの告白は続く。


「だから、せめて母親を、と思った。彼女と年のころが似ていて、未婚で子供が好きで面倒見がいい令嬢なら、だれでもよかった。調査の結果、運悪く該当したのが、君だ」

「わたくしに、年の離れた弟がいたからですか?」

「それもある。だが、決定打は孤児院への慰問で、孤児に優しく接している姿だ」

「みていらっしゃったの?」

「遠くからな」


 寂しそうに視線を伏せたロイクに、ジュディットの胸がざわめく。

 その違和感が示す感情の意味が、わからない。


 考えながらも、ロイクを見上げ続ける。

 アニーと正反対の黒曜の瞳に後悔を宿らせて、ロイクの告解は終わらない。


「アニーを大切に本当の娘のように扱ってくれる君の姿に、少しずつ惹かれていた。だが、アニーの立場を揺らがしたくなかった。同じくらい、いまさら君に申し訳なくて、夜はともにできなかった」


(そういう理由だったのね)


 後妻に入った妻との間に男児が生まれれば、アニーの立場が危うくなる。

 ジュディットが侯爵家出身で、先妻が子爵家出身であることも、理由の一つだ。


 アニーを愛しているからこそ、ジュディットと距離を置き続けた。

 納得できる理由だ。


「……できるなら、これからはアニーの傍にいてください。この子はわたくしより、旦那様の愛を求めています」


 眠るアニーを軽く抱きしめて真摯に告げるジュディットの言葉に、ロイクは皮肉気に口元を歪める。


「そうだろうか。アニーは君によく懐いている。それこそ、俺の想定以上に。……今まで放置していた父親など」

「だからこそです」


 凛と声を張る。体はだるいが、上半身を起こしてジュディットはロイクをまっすぐに見つめた。

 ロイクの手が逃げるように引っ込められかけたので、咄嗟に両手で掴む。


「これから、今までの時間を埋めるのです。過去は変えられませんが、これからの未来は変えられます」


 ジュディットの訴えに、ロイクが目を見開く。一拍おいて、泣きそうに顔を歪ませた。


「この子の母を追い詰めたのは俺だ……!」

「はい」

「勝手に距離をとった」

「はい」


 事実だから、否定はしない。

 一つずつ頷いたジュディットの手を、縋るようにロイクが握り返す。


「今さら許される、だろうか」

「アニー次第ですが、優しい子です。理解してくれます」


 穏やかに微笑んで告げたジュディットに、ロイクが眩しそうに目を細める。


「君は……すごいな。女神のようだ」

「過分な誉め言葉です。でも、ありがとうございます」


 ロイクの行動は全てアニーを思ってのことだ。

 ジュディットのことは度外視されていたが、これからはきっと変わっていくのだろう。


 ジュディットはそんな彼に寄り添いたいと思った。


 冷たい結婚をして、一か月。

 初めて本音を打ち明けてくれたロイクに、やっと淡い思いが芽生え始めていたから。






 侵入者を許した警護の騎士たちに死罪を与えようとしたロイクを宥めすかして説得し、どうにか解雇ですませ、侵入者の裏に隠れていた首謀者を捕らえて牢屋に放り込んだ後。


 ジュディットはロイクと改めて夫婦として向き合っている。

 その間には、いつもアニーの笑顔があった。


 三人家族はまだ少しぎこちないけれど。

 少しずつ、ジュディットとロイクは歩み寄っている。



 三人家族に息子が加わり、四人家族になるのは――それから数年後の話。



◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥

 あとがき

◣____◢



『義理の娘を溺愛していたら、冷血公爵と噂の旦那様がわたくしにメロメロに?!』はいかがだったでしょうか?


面白い!  と思っていただけた方は、ぜひとも

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義理の娘を溺愛していたら、冷血公爵と噂の旦那様がわたくしにメロメロに?! 久遠れん @kudou1206

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