背中の湯気と、僕の敗北

放課後の教室での雑談も、部活の連中との他愛ないやり取りも、すべてが上の空だった。


日が落ちると、気温はさらに下がり、世界は再び冷凍庫のような寒さに包まれていた。自転車のペダルを漕ぐ足は重く、頬に当たる風はカミソリのように鋭い。


いつもなら「早く帰って風呂に入りたい」としか考えない帰り道。

だが今、俺の頭の中を占領しているのは、あの寒空の下で見た「白と朱色」のコントラストだけだった。


信号待ちで足を止め、白く濁った息を吐く。

その白い息が、今日の体育の時間、彼女の背中から立ち上っていたあの「湯気」と重なって見えた。


(あんなの、反則だろ……)


ハンドルを握る手袋越しの感覚すら冷え切っているのに、記憶の中の映像だけが、やけに熱を帯びている。


陶器のように滑らかな白い肌。寒さで赤らんだ耳や膝小僧。

そして何より、汗で透けた背中に浮かび上がっていた、無防備すぎる下着のライン。


あれは単なる「薄着」なんて言葉で片付けられるものじゃなかった。

俺たちがヒートテックだの裏起毛だのと、文明の利器で必死に体温を守っている間に、彼女はたった一枚の皮膚と、薄っぺらい布きれ一枚で、あの冬の残酷さと対峙していたのだ。


その事実を思い出すたび、胸の奥がざわざわと落ち着かなくなる。


それは性的な興奮というよりも、もっと原始的な、畏怖に近い感情だった。

野生動物が持つような、純粋で圧倒的な「生命力の差」を見せつけられたような敗北感。


玄関のドアを開けると、母さんが煮込んでいるシチューの甘い匂いと、暖房の効いた空気が俺を包み込んだ。


「おかえり。今日寒かったでしょ」

「……ああ、まあね」


生返事をしながら、俺は逃げるように自分の部屋へと上がった。


制服を脱ぎ、部屋着のスウェットに着替える。

暖かい。ファンヒーターの温風も、フリース素材の部屋着も、すべてが俺を優しく守ってくれている。


だが、その心地よい温もりに安堵すればするほど、昼間の光景が鮮烈にフラッシュバックするのだ。


――『どいて!』


凛とした声。風を切る音。

そして、すれ違いざまに鼻をかすめた、あの生命の匂い。


俺はベッドに仰向けに転がり、天井のシミを見つめた。

瞼を閉じると、まだ網膜に焼き付いている残像が浮かぶ。


極寒の茶色いグラウンドを、白い弾丸のように駆け抜けていった恵美子。

汗に濡れた背中。食い込むストラップ。

あの背中から立ち上っていた揺らめく湯気は、まるで彼女の魂が燃焼している煙のようだった。


「……勝てる気しねぇよ」


誰に対しての、何に対しての勝ち負けなのか、自分でも分からなかった。

ただ、俺はこの温かい部屋の中で、いつまでも体の芯に残る奇妙な熱に浮かされていた。


冬の寒さが厳しければ厳しいほど、彼女のあの鮮烈な姿は、俺の中で神格化され、熱を増していくようだった。


明日、学校で彼女の顔をまともに見られるだろうか。

そんな不安と、どうしようもない期待が、冷たい夜の静寂に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

極寒の体育、クラスで唯一半袖ブルマーの彼女から目が離せない 祥花 @ssachika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画