熱の残り香
キーンコーン、カーンコーン……。
間の抜けた予鈴の音が、ふいに俺たちの間に割り込んだ。
魔法が解けるには、十分すぎる合図だった。
「あ、チャイム」
恵美子はあっさりと俺の手を離した。
俺の手の甲に残っていた熱は、急速に周囲の冷たい空気へと奪われていく。後には、触れられていた部分だけが奇妙に白く、そして再び冷え切った感覚だけが残った。
「サンキュ。おかげで涼めた」
彼女は小声でそう言うと、ロッカーから制服の掛かったハンガーを乱暴に取り出した。
「やっば、着替えないと先生に怒られる」
彼女はジャージの上着と制服を抱えると、悪びれる様子もなく、パタパタと教室の出口へと向かった。
「ちょ、おま……!」
「じゃあね、また明日」
入り口の引き戸を開け、彼女は振り返りざまにニッと笑った。
そして、そのまま廊下の向こう――女子更衣室の方へと走り去っていった。
ガララッ、と扉が閉まる。
俺はポツンと教室に取り残された。
彼女が向かった先は、俺たち男子には絶対に入ることのできない聖域だ。その事実が、物理的な距離以上に、彼女を遠い存在に感じさせた。
「……また明日、かよ」
俺は自分の席に座り込み、右手で左手の甲をそっと覆ってみる。
さっきまでの火傷しそうな熱量は、もうどこにもない。
窓の外では、鉛色の空がさらに暗く沈み込み、冬の夜が始まろうとしていた。
……やっぱり、毒だ。
あの熱は、俺の平穏な日常を狂わせる劇薬だ。
俺は冷え切った手をポケットに深く突っ込み、長く重い息を吐いた。
この冬は、例年よりもずっと長く、そして寝苦しいものになりそうだった。
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