氷点下の熱源

「耳、もげる……」


健太が弱々しく呟く。その耳は寒さで真っ赤になり、いまにも凍傷になりそうだ。


俺たちはマラソンコースの定められたルートを、ただ惰性だけで足を運んでいた。本来なら体を温めるはずのランニングも、この冷気の中では拷問に近い。走る風圧そのものが氷の刃となって頬を切りつけ、分厚いジャージの繊維の隙間から容赦なく体温を奪っていく。


それに比べて、彼女はどうだ。


グラウンドの反対側、茶色く乾いた土の上を、白い弾丸のように進んでいく恵美子の姿が遠目に見えた。


他の女子連中が「キャー寒いー」などと甲高い声を上げながら、団子になって早歩き程度のペースで進んでいるのとは訳が違う。彼女のポニーテールは一定のリズムで左右に跳ね、その腕は力強く振られている。


「なあ、あいつだけ別の生き物に見えね?」

「……ああ。なんつーか、燃費が違う感じだな」


俺の返答に、健太が鼻をすすりながら同意する。


俺たちが寒さに耐えるために体を丸め、筋肉を強張らせてエネルギーを浪費しているのに対し、彼女の動きには一切の無駄がなかった。寒さを我慢しているのではない。寒さという概念そのものを、その運動量でねじ伏せているように見えた。


遠くに見えていたはずの白い背中が、コーナーを曲がるたびに少しずつ、だが確実に大きくなってくる。


俺たち男子は外周を大きく回るコースだが、女子は内側だとはいえ、そのスピード差は歴然としていた。彼女はすでに一度、女子集団の先頭を追い抜いている。そして今、遅れて走る俺たちの背後へと迫りつつあった。


「おい、これ抜かされるんじゃね?」


健太が焦ったように振り返る。


「まさか。いくらなんでも男子と女子だぞ。ペースが……」


言いかけた言葉が、喉の奥で凍りついた。


違う。ペースが違うんじゃない。覚悟が違うんだ。


重たいジャージを引きずるような俺たちの足取りとは対照的に、地面を蹴る乾いた音が、背後から迫ってきていた。

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