一枚の真実

俺たちが周回遅れの彼女に追いつかれそうになった時だ。

背後から、ザッ、ザッ、ザッ、と正確なリズムを刻む足音が近づいてきた。


「どいて!」


凛とした声と共に、彼女が俺たちの横を風のように駆け抜けた。


すれ違いざま、冷たい冬の匂いの中に、ふわりと温かい匂いが混ざった気がした。それはシャンプーの香りと、彼女の生命力そのものの匂いだったかもしれない。


その瞬間、俺は息を呑んだ。

彼女の肩や二の腕から、白い湯気が立ち上っていたのだ。


漫画の表現じゃなくて、本当に人間から湯気が出るのを初めて見た。冷え切った空気に、彼女の体温が衝突して蒸気になっている。露出した太ももの筋肉が躍動し、ふくらはぎの裏側がピンク色に染まっているのが見えた。


「すげぇな……」


俺は思わず呟いていた。ジャージの中でなんとなく不快な蒸れを感じている俺たちとは違う。彼女は自らの熱だけで寒さをねじ伏せていた。


だが、俺の心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ね上がったのは、その直後だった。


追い抜かれざまに見た彼女の背中に、俺の目は釘付けになった。


彼女はものすごい量の汗をかいていた。そのせいで、ただでさえ薄い白い体操着の生地が、背中全体にびっしょりと張り付いていたのだ。

そこに浮かび上がっていたのは、俺が予想していたものとは違っていた。


冬場なら女子が必ず着ているはずの、黒いヒートテックや、白いキャミソールの線が、どこにもない。


汗で半透明になった生地の下にくっきりと浮かび上がっていたのは――肩甲骨に食い込む細いストラップと、背中の真ん中にあるホックの形だけだった。


(嘘だろ……!?)


俺は走りながら、自分の顔が一気に沸騰するのを感じた。


ジャージを着ていないどころの話じゃない。彼女は、この氷点下の空の下で、たった一枚の薄い布の下に、直接下着をつけているだけだったのだ。


あまりにも無防備で、あまりにも無骨な、その事実。


俺たちが「寒い寒い」と縮こまっている間に、彼女は肌着すら着けずに、剥き出しの体ひとつで冬の空気に立ち向かっていた。


その姿は、男子の俺から見て「エロい」とか、そういう単純な感情を通り越していた。

何か、見てはいけない「生命の芯」みたいなものを、うっかり見てしまったような、そんな居心地の悪さと衝撃が走った。


俺は慌てて視線を逸らし、足元の霜柱を見つめた。


隣のツレは気づいていないようだ。俺は絶対にこいつには言うまいと心に決めた。あの湯気を立てる白い背中の、あまりにも強烈な「生」の姿は、軽口のネタにしていいものじゃない気がしたからだ。


ゴールした後、整理体操の隊形に広がっても、俺の目は無意識に恵美子を追っていた。


彼女は肩で息をしながら、タオルで乱暴に汗を拭っている。

その背中から立ち上る陽炎のような熱気は、この極寒のグラウンドで、唯一燃えている炎のようだった。

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