第4話 犬はやばい
朝の教室は、昨日より少しだけ騒がしかった。
進学校のくせに、みんなスマホを見て笑っている。
「ねえ見た?ガンギマリ冷静JK」
「切り抜き回ってきたw声かわいいやつ」
「帰る帰る帰る、って言ってるの」
…それ、私だ。
心臓が跳ねた。
嬉しい。認知されてる。世界のどこかで“私”が話題になってる。
でも同時に、背中が冷える。
切り抜きのコメント欄、見た。
推しだの、特定班だの、学校バレしろだの。
冗談っぽいのに、冗談で済まない温度が混じっていた。
(ネット、こわ…)
私は前髪を指で押さえて、視線を落とす。
教室での私は、ほとんど喋らない。
だから、切り抜きの声と私の声は結びつかない。
「その子、絶対陽キャだよね」
「いや、逆に陰キャ説ある」
「えー、あの声で陰キャはないって」
その会話が、私の頭の上を通り過ぎていく。
“しずく”が誰かなんて、まだ誰も辿り着かない。
…それが少しだけ、救いだった。
でも、救いで終わらせたくない。
友達が欲しい。
話しかけられたい。
ただの静かな人じゃなくて、誰かに覚えられる人になりたい。
私は机の下で、スマホを握りしめる。
(今日も…潜る)
放課後。
探索者協会の受付前で、私は一度だけ深呼吸した。
昨日と同じ場所なのに、空気が違う。
自分が少しだけ“続きを持った人”になった気がする。
「佐倉さん?」
呼ばれて、反射で肩が跳ねた。
受付のお姉さん。昨日の人が、私の探索者カードを見て眉を上げる。
笑顔はプロのまま、でもちょっと心配そうだ。
「昨日、結構噛まれてましたよね。今日は…装備は?」
「え…えっと…」
私はリュックを見た。
現実で買った防具も武器も、持っていない。
だって探索者って、始めたばかりで。
「丸腰はさすがに危ないです。1層でも、事故りますから」
淡々と、でも優しく言われる。
優しいと、私はすぐ懐く。ちょろい。
「あ、ありがとう、ございます…」
「レンタル、出せますよ。短剣と、プロテクターと、簡易ヘルメット。」
「お、お願いします…!」
装備一式がカウンターの奥から出てきた。
短剣は短いけど、握りやすい。
プロテクターは胸と前腕。簡易ヘルメットは、工事現場みたいな軽いやつ。
「これ、返却は帰還後で大丈夫です。配信するなら、ヘルメットのカメラマウントも使っていいですよ」
「へ、へるめっと…」
コミュ障だが、内心はめちゃくちゃ助かった。
昨日みたいに、噛まれて慌てたくない。
私は装備を身につけて、ゲート前へ向かう。
胸元にはスマホ、配信アプリ、開始。
【2回目】コミュ障JK、今日も友達作りに潜る(ガンギマリ禁止)
…禁止できるなら苦労しない。
ゲートに足を踏み入れた瞬間。
視界が虹色に揺れて、
次の瞬間、石畳の通路。
「よし…」
私は胸元を確かめた。短剣。プロテクター。ヘルメット。
ちゃんとある。ある、はず。
《ローグライク:持ち込み装備を検知》
《持ち込み装備はダンジョン内に存在できません》
《装備を消去します》
「…え?」
音もなく。
短剣が消えた。
プロテクターが消えた。
ヘルメットが消えた。
一瞬で、私はまた“薄着の一般人”になった。
「は!?!?え、待って、待って待って!」
コメント欄が即座に反応する。
『草』
『レンタル消えるのかwww』
『ローグライク容赦ねぇ』
『受付嬢涙目』
『装備、儚すぎるw』
「笑うな!!」
ネット越しだと会話できる自分が、腹立たしいくらい自然に喋る。
そのとき、ウィンドウが追い打ちみたいに開いた。
《職業:放浪者》
《本日の型:戦士型》
《初期装備を支給します》
光が落ちて、装備が出現する。
ロングソード。
バックラー。
革鎧。
「戦士型…!」
さっき消えたレンタルのショックが、半分ぐらい薄れた。
初期装備がある。
ローグライクは理不尽だけど、最低限はくれるらしい。
私は革鎧を着て、ロングソードを握った。
重い。
でも、祖父の木刀よりは武器としての重さが分かる。
最後に、バックラーを左手に持つ。
…その瞬間。
「…あ」
しっくり来た。
腕の延長みたいに、自然に構えられる。
構えた瞬間、体の重心が安定する。
“受ける”という選択肢が、最初からそこにある。
合気道は、攻めるより先に“崩し”を覚える。
そして私は、HPが高い。
高HPの放浪者は多少の被弾は問題ない。
その上で、盾がある。
コメント欄がざわつく。
『盾しっくり来るの、才能だろ』
『バックラー使いのJK、良い』
『今度は“盾かわ”でバズるぞ』
『ガンギマリ禁止(無理)』
「盾かわって何…」
呟いた瞬間、通路の奥から足音。
昨日より重い。
爪の音が、硬い。
私は反射でバックラーを上げた。
顔の前じゃない。胸の前。
体を半身にして、受け流す角度。
(…来る)
暗がりから現れたのは、ラットじゃなかった。
犬くらいの大きさの。灰色、牙のある個体。
ダンジョンハウンドだ。
ネットで見た。
「いぬ…」
可愛くないやつ。
そして速い。
犬が跳んだ。
私は、逃げない。
高HP。盾。
そして、追い込まれたら冷静になれる。
「…来い」
バックラーを構えたまま、私は一歩踏み込んだ。
“受ける”ためじゃない。
“止める”ために。
『犬はやばい、犬はやばい』
『出血あるぞ、そいつ』
『群れになる前にしとめろ』
『犬…トラウマが』
コメントが、警報みたいに流れた。
「え、みんな犬に何されたの…」
ネット越しだと会話できる自分が、素直に口に出してしまう。
現実では人の視線だけで固まるのに、ここでは“誰か”に話しかけられる。
(…なんでだよ)
犬――《ダンジョンハウンド》は、答えを待ってくれない。
低い唸り声を上げて、床を蹴った。
速い。
昨日のラットと比べるのが失礼なくらい、速い。
視界に入った瞬間には、もう近い。
私はバックラーを胸の前に置いたまま、半身になる。
盾は“受ける板”じゃない。角度だ。
金属と牙がぶつかる嫌な音。
バックラーが震えて、左腕に衝撃が走る。
「っ…!」
弾かれたのは私じゃなくて犬のほうだった。
犬は地面に爪を立てて踏ん張り、すぐに体勢を立て直す。
『ナイス角度!』
『盾使えるじゃん!』
『でも油断するな、次は噛みに来る』
『犬はフェイント入れてくる、マジで』
「フェイント…?」
そう思った瞬間、犬が“跳ばない”。
跳ぶふりをして、低く滑ってきた。
狙いは足。
「っ!」
私は反射で足を引き、ロングソードを振り下ろした。
間に合わない。
犬は私の脛をかすめ、革鎧の隙間を爪が…。
痛みが遅れて来る。熱い。
血が出た感触。
《状態異常:出血(軽度)》
《出血:HPが徐々に減少します》
「出血、出た…」
コメント欄が、一段階うるさくなる。
『言っただろ!犬は出血!』
『止血しろ!包帯かポーション!』
『軽度なら急いで倒せ!』
『犬…ほんと嫌い…』
最後のコメントが、妙に刺さった。
“犬が嫌い”じゃなくて、“犬が怖い”。
ダンジョンで犬に襲われた経験がある人が、画面の向こうにいる。
「…だいじょぶ」
私が言った。誰に向けてか、分からない。
「だいじょぶ。いま、倒す」
言ってから、気づく。
私、いま“誰かを安心させよう”って思った。
教室では無理なのに。
犬がまた来る。
今度は真正面。牙を見せて跳んでくる。
私は盾を上げ、受けない。
バックラーで“ぶつける”。
盾の縁が犬の鼻先に入った。
犬の体が一瞬だけ浮く。
「今っ」
頭が冴えている。
怖いのに、計算ができる。
私は踏み込んで、ロングソードで“突く”。
横薙ぎは当たらない。
速い相手には、線じゃなく点。
刃が犬の肩口に入った。
完全には刺さっていない。浅い。
犬が暴れる。
牙が、剣の柄に噛みつこうとする。
私は左腕で盾を押し込み、犬の体勢を“壁”に寄せる。
通路は狭い。逃げ道を潰せる。
祖父の言葉が蘇る。
『逃げ足だけは一人前だ。危ないと思ったら逃げろ』
『でも、逃げないなら、相手の足と視界を奪え』
私は犬の前脚に、盾をねじ込む。
犬がよろけた。
「終わり」
私は剣を引き抜き、今度は喉元へ。
短く、深く。
犬の目の光が揺れて、体が崩れ落ちた。
そして光になって消える。
床に残ったのは、魔石と素材。そして、小さな瓶。
《ローグライクドロップ:【低級ポーション】》
※HP小回復、軽度の状態異常回復。
「ポーション…!」
『当たり!!』
『ローグライク強すぎw』
『犬のトラウマ勢、成仏』
『しずく冷静すぎる、ガンギマリだろこれ』
『声が落ち着いてて逆に怖いw』
「ガンギマリって言うな!!」
言い返しながら、私はポーションを飲む。
リンゴ味?。
《HP小回復、出血を解除しました》
…助かった。
HPが高くても、出血は嫌だ。じわじわ削られるのは怖い。
多少の被弾は問題ないは、嘘じゃないけど万能じゃない。
私は息を整えて、スマホの画面を見る。
視聴者:1,120
「せん…」
数字がまた現実みたいに重い。
でも、コメントの流れは、怖いだけじゃなかった。
『助かった、ありがとう。犬系見ると手が震えるんだわ』
『今の「だいじょぶ」が救われた』
『声が優しい…推す』
『学校で友達作りたいって言ってた子だよな、応援する』
私は喉が詰まった。
(これ、友達…?)
いや、友達って言ったら図々しい。
でも、少なくとも誰かが私を見て、言葉を返してくれる。
教室の私は透明なのに、ここでは透明じゃない。
「その、えっと…」
言葉がもつれそうになって、私は一度だけ深呼吸した。
ネット越しだと会話できる。
なら、今はその武器を使う。
「トラウマの人…無理しないで。画面閉じても、いいから」
コメントが一瞬、やわらかくなる。
『優しい』
『ちょろい(かわいい)』
『本人が言うなw』
『でもこういうのが“居場所”になるんだよな』
居場所。
その言葉が、胸の奥に落ちた。
私はロングソードを握り直す。
バックラーを構える。
さっき「しっくり来た」感覚は、まだ残っている。
盾は、私の“壁”だ。
「よし。帰るか、もうちょいだけ行くか…」
足元の魔石が、コツンと鳴った。
稼ぎの現実。
そして、配信の現実。
私は迷って、小さく笑った。
「…もうちょいだけ。群れになる前に、通路の安全確認」
『偉い』
『判断が探索者すぎる』
『ガンギマリ冷静モード継続中』
『学校のしずくにもこの冷静さ分けてやってくれ』
それな。
私は前髪の奥で目を細めて、盾を上げた。
次の更新予定
2026年1月3日 07:00
陰キャJKの逆転配信~気まぐれすぎる《ローグライク》~ ななな @Nanana1213
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