第3話 回線越しのコミュ強、現実のなめくじ

《本配信のハイライト》

・コミュ障JK、戦闘中だけ口が回る

・声が可愛い(公式)

・ガンギマリになると逆に冷静

・現実ではくそ雑魚なめくじ


そんな不名誉なまとめが、私の配信画面の端に勝手に表示されていた。


「表示するな!!」


『草』

『まとめ職人仕事早すぎw』

『声かわいいの自覚しろ』


自覚とか、そういう問題じゃない。

私はダンジョンの通路で肩を押さえながら、息を整えていた。


噛まれたところがじんじんする。痛い。

なのにHPはまだ余裕がある。

HPが高いって、こういう“嫌な余裕”も出るんだなと思った。


そして奥からまた、爪の音。


「…まだ来るのかよ」


私の口が勝手に悪態をつく。

いや、悪態というか、独り言というか。

普段の教室では絶対出ない声が、回線越しだと出る。


『今の声いい』

『ギャップ助かる』

『普段どんな感じなん?』

『普段:無言』

『草』


「普段は…普通に…」


普通に、何?

言いよどんだ瞬間、背筋が冷えた。

“普段”の話は、やめろ。

私の現実は脆い。


暗がりから、赤い目が二つ。

さっきみたいな群れじゃない。単体。

でも、でかい。


『また強化個体来たw』

『連戦はやべぇ』

『煙玉温存しろ、ここは引け!』


引け。

正しい。


だけど私は、配信画面の視聴者数を見てしまった。


視聴者:402


「よ、よんひゃく…?」


数字が“現実”みたいに重い。

400人が私を見てる。

400人が、いま私に反応している。


教室では、隣の席の子にプリント渡すだけで心臓が爆発しそうなのに。

ここでは、400人が相手でも、喋れてる。


…おかしい。

でも。


私は、その“おかしさ”に救われてしまった。


「…撤退します。煙玉あるけど、今日は帰る」


言えた。

ちゃんと判断できた。


『偉い!』

『生還が正義』

『初配信で深追いは事故る』

『判断が冷静すぎて逆に怖いw』


「冷静っていうか…」


私の脳内で、スイッチが切り替わる感覚があった。


怖い。痛い。やだ。

そういう感情が、急に“遠く”に行く。


代わりに、頭がやけに冴える。


これ、たぶん“ガンギマリ”。


追い込まれた時にだけ発動する、意味不明な私の才能。


私は煙玉を取り出した。

小さな球体。軽い。

ピンみたいな突起を引くと、音もなく煙が噴き出した。


白い煙が通路を満たす。


『煙玉うめぇ!』

『うわ、マジで使うの上手い』

『冷静すぎるwww』

『ガンギマリモード入ったな』

『ガンギマリモードwww』


「ガンギマリって言うな!!」


反射でツッコミを入れながら、私は走った。

通路の角を曲がり、ゲートの方向へ。


走れる。

体がちゃんと動く。

合気道の足運びが生きる。

そして、HPが高いから、多少の被弾の不安が薄い。


背後で何かが跳ねる音。

たぶん追ってきた。

でも煙がある。距離が稼げる。


「…帰る。帰る帰る帰る」


『語彙w』

『かわいい』

『帰る連呼かわいい』

『声が焦ってるの助かる』


焦ってる。

そう、焦ってる。

なのに判断は冷静。


この矛盾が、自分でも気持ち悪い。


私はゲートの前に飛び込み。


現実の空気が、急に乾いた。


虹色の膜を抜けた瞬間、私は床に膝をついた。

帰還エリア。


白い床。明るい照明。人の声。


「大丈夫!?ケガしてる!救護!」


係員さんが駆け寄ってきた。

“人”が近い。

視界が狭くなる。


さっきまで400人相手に喋ってたくせに、目の前の1人で喉が詰まる。


「あ、だ、だいじょ…」


声が出ない。


スマホ画面にはコメントが流れているのに、現実の声が出ない。


…これだ。


私はくそ雑魚なめくじ。リアルでは。


『現実に戻った瞬間、黙るの草』

『落差www』

『ギャップが武器すぎる』


「うるさい…」


か細い声で呟いたら、係員さんが「え?」って顔をした。

違う。今のは配信に向けてだ。

配信と現実の区別がぐちゃぐちゃになってる。やばい。


係員さんが肩を支えようとしてくれて、私は反射で身を引いた。

触れられるのが怖い。


相手は善意なのに、怖い。


でも痛みは本物で、私は結局ふらついて支えられた。


救護スペースで消毒されながら、私は震える手でスマホを見た。


配信はまだ続いてる。

視聴者:612

コメント:とんでもない速度


『生還おめ!』

『初配信で612人は草』

『ガンギマリ冷静モード、切り抜き確定』

『声かわいい、登録しとくわ』

『今日の名言:「帰る帰る帰る」』


名言にするな。

停止ボタンを押した。


救護の人が言う。


「配信、してた?」


私は固まった。

現実の人に“配信”を突っ込まれるの、無理。

死ぬ。

でも、否定したら嘘になる。


「…して、ました…」


声が小さすぎて、自分でも聞こえない。


「そっか。じゃあ、コメントで変なこと言われても気にしないでね。初回はみんな、怖いから」


優しい。

優しすぎる。


私は、ちょろい。


「はい…」


ちょろいから、こういう優しさにすぐ懐く。

でも懐いたところで、次の言葉が出ない。

結局、なめくじ。


処置が終わって、私は帰宅した。


玄関で靴を脱いで、部屋に入って、ベッドに倒れ込む。


「つかれた…」


そして、思い出して飛び起きた。


「ドロップ!!」


あの鉄の短剣。煙玉。

私の“当たり”。

手元に残って…。


残ってない。


当たり前だ。


ローグライクのルール。


私は恐る恐る、リュックを開けた。

残っていたのは、魔石と素材だけ。


…そうだよね。

そういう世界だよね。

でも、


悔しい。


あの瞬間、確かに“私のもの”だったのに。

戻ったら消える。

みたいな。


友達も、そうなのかな。


そう思って、胸がきゅっとした。


私はスマホを開く。

配信アプリの通知が、爆発していた。


【フォロワーが増えています】

【クリップが作成されました】

【切り抜き推奨タグ:#ガンギマリ冷静JK】

【人気コメント:「声が可愛い」】


「…は?」


人気コメント。

声が可愛い。


私は自分の配信アーカイブを開いて、例の場面を再生した。


『…帰る帰る帰る』


私の声が、聞こえた。


え、これ私?

思ったより高い。

思ったより柔らかい。

思ったより、女の子。


心臓が変な跳ね方をした。


「…やめて…恥ずかしい…」


恥ずかしいのに、目が離せない。

コメント欄に、切り抜きへのリンクが貼られている。


【“ガンギマリ冷静モード”まとめ(30秒)】

【“ギャップ芸”まとめ(1分)】

【“声かわ”集(45秒)】


「“声かわ集”って何!?」


私は布団に顔を埋めた。

死ぬ。

ネットの優しさと残酷さ、両方が刺さる。


でも。


布団の中で、私は気付いてしまった。


ドロップは消える。

でも、配信の記録は消えない。


私が、ここで喋れた事実は残る。

誰かが見てくれた事実は、残る。


フォロワー数も、残る。


私は恐る恐る、画面の数字を見る。


フォロワー:1,284


「千…?」


ありえない。

現実の私は、教室で一言も喋れないのに。


でも、数字は現実だ。

いや、現実なのか?

よく分からない。でも、嬉しい。


私は、ちょろい。


「明日…学校で、話しかけられたり…する…?」


そんな都合の良い未来を想像して、すぐ打ち消す。


無理だ。

私はなめくじ。


だけど、

配信の中の私は、違った。


追い込まれて、ガンギマリになって、冷静になって、喋れて。

少なくとも、逃げなかった。


私はスマホを握りしめて、小さく呟いた。


「友達…欲しいよぉ…」


そうだ。

友達が欲しい。


私は、スマホの画面に向かって。

今日いちばん大きな声で言った。


「…欲しいよ!!」


そして、言ってから気づく。


ネット越しだと会話できる。

現実だと、なめくじ。


でも、なめくじだって…

少しずつ殻を作って、強くなることはできる。


ローグライクみたいに。


私は布団を握って、決めた。


次の配信タイトルは、こうだ。


【2回目】コミュ障JK、友達を作るためにまた潜る(ガンギマリ禁止)


…禁止できるなら苦労しない。

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