第2話 会話が成立した!
足音、というより、爪が石畳を引っ掻く音が増えていく。
さっきの赤目ラットが一匹なら、「うわ、無理」って思っても、体が先に動いた。
でも今の気配は、複数。
通路の奥、暗がりがわさわさ揺れている。
「え、えーと」
私は胸元のスマホを見た。
視聴者:31
コメントは、もう戦場みたいだった。
『群れだ群れ!』
『最悪のパターンwww』
『壁使え!通路狭いから一列にできる!』
『HP高いなら前で受けて、後ろから弓!』
『いやその弓、引き絞れる?w』
「…ひ、引き絞れるよ…たぶん」
言った瞬間、ハッとする。
私、いま喋った。
しかも自然に。
ネットなら喋れる。
まずい。
喋れたことに自分で驚いて、足が止まりかけた。
『今の声かわいい』
『喋れるじゃんw』
『コミュ障(配信時のみ解除)』
『草』
「うるさい…!」
反射で返してしまった。
やばい。会話が成立してる。
いや今はそれどころじゃない。
暗がりから、赤い目が三つ、四つ、五つ。
ラットが一斉に走ってくる。
私は一歩下がって、通路の“角”を背にする。
横から回り込まれない位置。
合気道で、祖父に何度も叩き込まれた。
『角背負え!正解!』
『狭いとこに誘導しろ!』
『弓は温存、まず短剣で捌け!』
コメントが戦術書みたいに役立つ。
学校でもこうやって助けてくれよ、って思った。
「…来いっ」
一匹目が跳んだ。
私は避けるんじゃなく、半身で“受ける”。
「いっ……!」
前腕に歯が食い込む感触。
痛い。泣きたい。
でも、思ったより“致命傷じゃない”。
HPが高いって、こういうことか。
「っ、ぬぁ!」
次の瞬間、私は噛みついたラットの頭を掴んで、体捌きで“流す”。
合気道の投げは、武器を持っててもできる。
ラットの体が壁に叩きつけられて、弾む。
『うわ投げたwww』
『叩きつけは草』
『コミュ障なのに暴力コミュ強』
「暴力コミュ強って言うなぁ!!」
口が勝手に反応する。
私は短剣を振る。二匹目の腹を裂く。
三匹目が足首に噛みつこうとする。
ここで、私は迷わず“踏む”。
運動神経がいい、というより、追い込まれると、余計な迷いが消える。
普段なら「痛いの嫌」「失敗したらどうしよう」で固まるのに。
今は、やるしかない。
やらないと、死ぬ。
だから体が、答えだけを出してくる。
『強いwww』
『踏んだwww』
『いや普通に動けてるのがすげぇ』
ラットを一匹、二匹、三匹。
倒すたびに、光になって消える。
そして床に落ちるのは、素材の塊と、魔石。
小さな透明の結晶がコツンと転がる。
…魔石。
これが、世界を変えた。
でも今、私が欲しいのはこれじゃない。
私は息を整えながら、落ちたものを拾い…。
その時。
最後尾のラットが、通路の奥から躊躇なく突っ込んできた。
さっきのより一回り大きい。
目が赤いというより、光っている。
『でかっ!』
『強化個体じゃね?』
『噛まれたら出血やばいぞ』
『逃げろって!』
逃げろ。
祖父の声がまた鳴る。
でも、私はもう分かってしまった。
ここで逃げたら。
私の高校生活は、また灰色に戻る。
私は、息を吸って、吐いて。
「…来い」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
ラットが跳ぶ。
私は避けない。
“受ける”。
――今度は肩に食い込んだ。
「ぐっ…!」
痛い。視界が白くなる。
でも、倒れない。
HPが高い。
だから、一手が打てる。
私は噛みついたラットの顔面に、短剣の柄を叩き込む。
ひるんだ瞬間、手首を捻り、ラットの首を返して、壁に押し付ける。
そして一気に、刃を滑らせた。
大きなラットが、ぐにゃりと崩れて光になる。
私はその場に膝をついた。
肩が熱い。腕が痛い。呼吸が荒い。
なのに、コメントは。
『うおおおおおおおおお!!』
『神回!!!』
『コミュ障JK、追い込まれた瞬間の目がガチだった』
『今の、普通に上手かったぞ』
『HPタンク+体術、相性良すぎ』
視聴者:128
「…えっ」
数字が、跳ね上がっている。
私が息を切らしてる間に、配信は勝手に伸びていた。
これが、バズるってこと?
心臓が怖いくらい跳ねた。
痛いのに、嬉しい。
怖いのに、気持ちいい。
私はふと床を見た。
大きい個体を倒した場所に、さっきと違う“きらめき”が落ちていた。
布。
いや、袋?
《ローグライクドロップ:使い捨てアイテム【煙玉】》
「…煙玉?」
現代ダンジョンで、宝箱からしか出ないはずの“使い捨てアイテム”。
それが、普通に落ちた。
コメント欄が、また爆発する。
『うわ出た!』
『ローグライクやべぇ!装備だけじゃなくアイテムも出るのかよ!』
『煙玉は当たり。マジで命拾いする』
『でも帰還で消えるんだろ?(絶望)』
そう。
帰還時、ドロップ品は消滅する。
私は煙玉を握りしめて、笑いそうになった。
でも笑えない。
だってこれ、今の私には“最高の当たり”なのに。
地上に持ち帰れない。
「…消えるの、やだ…」
ぽろっと本音が出た。
『わかる』
『それがローグライクの味』
『でも消えるからこそ“今ここで使う”価値があるんだぞ』
『次の戦闘で生存率上がる、当たりだ』
…今ここで使う価値。
そうか。
持ち帰れないなら、ダンジョンの中で勝つために使えばいい。
私は立ち上がった。
肩が痛い。でも動ける。
視聴者が見てる。
コメントが流れてる。
私は、一人じゃない。
学校では一人。コミュ障だし。
通路の奥を見た。
まだ暗い。まだ続いている。
「…もうちょいだけ。行ってみる」
言った瞬間、コメントが波みたいに流れた。
『行け!』
『帰還はいつでもできる、無理すんな!』
『煙玉あるからな!』
『放浪者、ここからだぞ!』
小さく頷いて、足を踏み出した。
前髪の奥で目を細めて、言った。
「…友達、作るんだ。ここで」
コメントが一瞬止まって、次の瞬間。
『主人公じゃん』
『応援するわ』
『友達(視聴者)まず1000人作ろうぜ』
私は顔が熱くなるのを誤魔化すように、短剣を握り直した。
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