陰キャJKの逆転配信~気まぐれすぎる《ローグライク》~

ななな

第1話 透明な私、ダンジョンへ行く

県立、という言葉から想像する以上に、うちの高校はちゃんとしてる。


入学式の翌日から小テスト。

放課後は補習の案内。

廊下には進学実績のポスター。

そして、休み時間。みんなが普通に会話している。


「英単語テストやばくない?」

「数学、先生の板書早すぎ」

「ねえそれよりさ、昨日のダンジョン配信見た?」


その三つ目が、私の胸に刺さった。


ダンジョン配信。

“いまさら?”って言われそうだけど、私は流行りの話題に弱い。コミュ障だから。


いや、弱いというより、話題の入口にすら立てない。


隣の席の女子が、ふわっとこっちを見た。

話しかけてくれるのかな、と期待してしまった自分が恥ずかしい。


「佐倉さん、プリント取って」


「あ、う、うん…」


プリントを渡して、それで終わり。

会話、終了。

手渡しの距離だけ近くて、心の距離は遠い。


私は黒髪を整えるふりをして、前髪の奥で目を伏せた。

高校デビュー。

少しだけイメチェン。

前よりマシになる予定だった。


なったのは、孤独の解像度が上がっただけ。


昼休み、私はいつもの席。窓際の端っこで、弁当箱のふたを静かに開けた。

話しかける相手がいないから、音を立てる必要もない。


スマホを取り出す。

ネットなら喋れる。


動画アプリのおすすめ欄に、派手なサムネが流れてきた。


【神回】高校生ペア、初見ボスを20秒で溶かすwww コメント大荒れ


高校生、ペア。

その文字だけで、胸がきゅっとなる。


タップした。


画面の中には、同年代に見える男女が映っていた。

女の子はポニーテールで、凛とした横顔が眩しい。

男の子は軽装で、両手に短剣。二人とも、当たり前みたいに“そこ”にいた。


ダンジョンの中に。


『うおおおおお!』

『ペア配信助かる』

『リア充爆発しろ(褒め言葉)』

『この二人、学校でも絶対人気者だろ』

『バズったなwww』


コメントが、流星みたいに流れていく。

反応がある。

言葉が返ってくる。

誰かが見てくれる。


…いいな。


私は、スマホの画面に指を置いたまま固まった。

自分の中で、何かがカチ、と音を立てて噛み合った気がした。


これだ。


ダンジョン配信者になる

→バズる

→学校で話しかけられる

→友達できる


私は、勢いだけで検索窓に打ち込んだ。


「探索者 登録 近く」


二日後、私は駅前の《探索者協会》にいた。

ガラス張りの建物。中には制服の高校生もいる。

“ちゃんとしてる高校生”が、ちゃんと登録してる。

世界が私を置いていく音がしたので、私は走って追いついた。


「未成年の方は保護者同意が必要です」


受付のお姉さんの笑顔が、プロすぎて逆に怖い。


「こ、これ…」


祖父の印鑑が押された同意書を差し出す。

祖父は元・自衛官で、ダンジョンという単語に妙に理解が早かった。

そして合気道を叩きこんだ張本人でもある。


『しずく、お前は逃げ足だけは一人前だ。危ないと思ったら逃げろ』

『それができない奴から死ぬ』


物騒すぎる激励をもらって、私はここにいる。


「では、こちらの誓約書に。配信もされますか?」


「…は、はい」


言ってしまった。

戻れない。

誓約書には小さく「迷惑配信禁止」「虚偽演出禁止」「一般人撮影禁止」など、禁止事項が並ぶ。


配信をするなら、配信者登録も必要。

活動名。

チャンネル名。

私は紙を前にして、固まった。


…活動名。


ネットでは喋れる私の脳内に、厨二病が走りかける。


でも、高校の誰かにバレる可能性を考えた瞬間、胃がきゅっとなる。


「“しずく”で」


「ひらがなですか?」


「はい…」


「では《しずく》さん。探索者ランクは初回ですので駆け出しで。ダンジョンは1層のみ。安全講習を受けてからゲートへどうぞ」


受付のお姉さんが、私にカードを渡した。

《探索者ID》。

自分が“何者か”になった気がした。


…なれる気がした。人気者に。


安全講習は、想像より現実的だった。


「ゲート向こうのダンジョンは異世界です」

「ダンジョンでの死亡は現実の死です」

「領域外への武具の持ち出し、使用は禁止」

「初心者には装備品のレンタル制度があります」

「魔石はエネルギー資源です。回収は義務です」


魔石。素材。

世界が変わった理由が、そこにある。


だけど私の目的は、稼ぎじゃない。

友達だ。

私の青春の魔石は、学校に落ちてない。


そして私は、ゲートの前に立った。


虹色の膜みたいな、揺れる空間。

中を覗いても、向こう側は見えない。


深呼吸して、スマホを胸元のホルダーに固定する。

配信アプリを起動。

タイトルを打つ。


【初配信】コミュ障JK、友達作りにダンジョン行く


…勢いで書いた。

絶対あとで後悔するタイトル。


「…い、いきます」


誰に言ったのか分からない言葉を、私は呟いてゲートへ一歩踏み出した。


足元が、消えた。


次の瞬間、私は石畳の通路に立っていた。

湿った空気。

苔の匂い。

奥から聞こえる水滴の音。


そして、目の前に半透明のウィンドウが開く。


《職業:放浪者》

《ユニークスキル:ローグライク》

《初回突入:補正適用》


「…は?」


放浪者?

ローグライク?


戦士とか魔法使いとか、そういうのじゃないの?


その疑問に答えるように、別のウィンドウが開いた。


《本日の型:斥候型》

《初期装備を支給します》


足元に光が落ちて、装備が出現した。

短剣。短弓。革鎧。

いきなり武器が“ある”ことが、逆に怖い。


私は短剣を拾い、握りを確かめる。

重さは軽い。

祖父の木刀より軽い。


革鎧を身に着けると、意外と動けた。

合気道で叩きこまれた体捌きが、ここで役に立つ。


そして最後に、ステータス表示。


【佐倉しずく/放浪者】

HP:高い(戦士以上)

STR:低い

DEX:低い

INT:低い

VIT:低い

AGI:低い(※斥候補正で少し上昇)


全部、低い。


なのにHPだけ高いの、性格みたいで嫌だ。

打たれ弱いのに、無駄に生き残る。


私は、配信画面を確認した。


視聴者:3


…えっ、見てる!?


『うお、ガチ初見だ』

『制服?いや私服?』

『タイトル強すぎwww』


コメントが、たった三つでも――返ってくるだけで心臓が跳ねた。


私は画面に向かって、喋ろうとした。

ネットなら喋れる。


「えっと…あ、あの…」


言葉が詰まった瞬間。


通路の影から、小さな影が現れた。


ネズミみたいな、でも目が赤い。

牙がある。

モンスター。


『来た来た来た』

『ラット系だな』

『初手、逃げろw』


逃げろ。

祖父の言葉が脳内で鳴る。


でも逃げたら、配信が終わる。

終わったら、私はまた灰色の教室に戻る。


私は短剣を構えた。

足を半歩引いて、体重を落とした。合気道の型に近い構え。


「…だいじょうぶ。HPは、高い」


自分に言い聞かせる。


赤目のラットが跳んだ。

私は避けた。

反射で、手が動いた。


短剣の刃が、ラットの胴を切る。

ギィ、と嫌な声。

そしてラットは、床に落ちた。


倒した。


息が止まっていたのに気付いて、私は一気に吐き出した。


『おお!?』

『動けるじゃん』

『コミュ障(強)』


コメントが増える。

視聴者が、7になっていた。


その瞬間。


倒したラットの死体が、光になって消えた。

代わりに、床に“何か”が落ちる。


小さな光の塊。

そして、金属のきらめき。


私は震える手で拾い上げた。


短剣だった。

私が持っている短剣より、明らかに作りがいい。


《ローグライクドロップ:装備品【鉄の短剣】》


「…え、装備…?」


この世界のダンジョンは、素材と魔石しか落ちない。

それが常識。

なのに私は、装備を拾っている。


コメント欄が、一拍遅れて爆発した。


『は????』

『装備ドロップ!?』

『協会案件?演出?』

『いやスキャンあるから無理だろ』

『世界初じゃね?』


私の喉が、からからに乾く。


バズる。

バズるって、こういうこと?


私は、鉄の短剣をぎゅっと握りしめた。

この短剣が、私を人気者にしてくれる。


そう思った、次の瞬間。


ウィンドウが静かに告げた。


《帰還時、スキルによるドロップ品は消滅します》


「…は?」


手の中の短剣が、急に軽く感じた。


バズっても、消える。

友達も、消える?

そんなの、嫌だ。


私は短剣を握り直して、通路の奥を見た。


奥から、別の気配がする。

さっきより大きい。

足音が複数。


視聴者:19


コメントが言う。


『次、群れ来るぞ』

『逃げろって!!』

『でも逃げたら“神回”終わるw』


逃げるか、進むか。

バズるか、生きるか。


私の青春は、どうしてダンジョンでしか始まらないんだ。

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