第9話 雪解けの予感
沙奈が玄関まで声の主を迎えに行く。
「よう、マッキー!
帰ってきてたんかー。
久しぶりやんかー」
……新宿二丁目で私がミドルネームに選んだ名前のルーツ……
地元の友人たちは私のことをマッキーと呼ぶ。
春夫 → 春ちゃん → 春巻き → マッキー
という訳や。
最早、そこに、原型はない(笑)
まあ、あだ名なんてそんなもんやろ?
私が淡路島から持ち出したものが二つ。
海岸で拾った貝殻と、そう……
マッキーという名前……
捨てれなかった。
何もかも捨てて、新天地に向かうつもりやったのに……
「なあ、マッキー、元気してたんかー?」
タクヤが笑いかける。
なんで私ってこと、すぐわかってんやろか?
「あっ、そうか」
私は思わず頭に手をやった。
お母ちゃんの横に、無造作に転がっている、ピンク色のウィッグを発見する。
今、丸坊主のままやってんやなあ。
「ハハハ……」
なんとも言えない恥ずかしさから、引きつった笑いが口からでた。
……なんか惨め……
ちゃんと、みんなにカミングアウトして、スッキリした気持ちで東京に帰るつもりやったけど……
やっぱり、家族以外の人間と向き合うのは、なかなかハードル高いなあ……
「お前、東京で頑張ってんねなあ。
女のコになれたんやな」
口から心臓が飛び出そうになる。
「な!?……」
タクヤから思いもよらないセリフが出た。
「私が女性の心持ってるって知ってたんかいな?」
「中二の頃からな。
伊達にお前とは赤ちゃんの頃からの付き合いちゃうで。
仲良かったツレらも、結構わかってたんちゃうんかなあ?
お前、俺のこと好きやったやろ?」
突然の問に私は言葉を返せなかった。
「周りに茶化すヤツも結構おってんけどな。
そんなヤツらは相手せえへんかってん」
「ごめん。
迷惑かけてもうてたみたいで……」
私は俯いた。
「そんなん、別にかまわへん。
俺はお前のこと好きやったしな。
あー、これは違うで……
一人の人間としてな。
それに、俺はずっと沙奈のことが好きやったからな。
お前のことは幼馴染として大好きやし、道場でのライバルとしても尊敬してたからな」
タクヤはくったくのない笑顔をこちらに向ける。
「春ネエ、言うとくけど、タクちゃんは、あげへんよ」
沙奈は小悪魔の笑みを浮かべる。
「タクちゃんとの友情は認めるけど、女同士の勝負は、一歩も引かへんで。
友情と恋愛は別もんやからな。
それにうちら、もう付き合ってんねん」
そう言って沙奈はタクヤの腕に両手でしがみついた。
一瞬、鼓動が8ビートを刻んだ。
「来年の春には結婚して、この道場もタクちゃんが継いでくれるねん。
結婚式には春ネエも出席してや」
沙奈はポンと、軽く私の肩を叩いた。
「おめでとう」
単純なことばだったけれど、心の底から自然に湧いてでた言葉やった。
ひとつの雪解け?
おめでとうの言葉を口にすると、心が軽くなった気がした。
「でも、私なんかが出席してもええんか?」
私はタクヤのほうに目を向けた。
「アホか!
当たり前やろ。
なに言うてんねん!
親族代表と友人代表として、特等席を用意しといたる。
絶対出席してくれよ!」
タクヤはバシバシと私の背中を叩いた。
ピンポーン
そのとき、チャイムの音が鳴った。
その音に全員が反応し、玄関へと続く廊下に目をやった。
「はーい、お待ちくださいねー」
お母ちゃんが玄関に向かう。
そして居間に現れたのは……
「マイケル!」
「マッキー、ごめんよ……
どうしても、我慢できなくて、さゆりママにお願いしたんだ」
マイケルが言う。
「さゆりママがどうしてここの住所を知ってるの?
彼女には、私になんかあったときにはって、実家の電話番号は教えてたけれど……」
ジロッ
私はお母ちゃんのほうを見た。
サッ
お母ちゃんは目を逸し、スースーと鳴らない口笛を吹いている。
「あっそうや、私、タクちゃんとこのあと買い物(かいもん)に行く約束やったんや、ほな行こか」
「そうやな、沙奈。
またなマッキー」
タクヤはマイケルに軽く会釈すると、沙奈の手を引き出て行った。
沙奈は居間を出るとき、マイケルの背中越しから、握りこぶし二つ、ファイトのボーズをして立ち去った。
「そんじゃあ、私はお父ちゃんの病院に着替え持って行かなあかんし、そろそろ行くわな。
マイケルさん、今からやと東京に帰るの大変やろうから、今日は泊まっていきなさいな。
うちの家は無駄に部屋数だけはあるからなあ。
それじゃあ、ちゃんとふたりで納得いくまで話しするんよ」
そう言って、お母ちゃんも、そそくさと荷支度をして家を出て行った。
――私の目の前にはマイケルが座っている。
あれほど会いたかった人が目の前に。
それなのに、なんだか照れくさくて、背中がこそばい。
私はマイケルに、はにかんだ笑みを送る。
「なんだか少し、笑い方が変わったね」
「そう?」
「うん」
「どう変わったのかしら?」
「鎧を一つ外したような笑い方」
「あっ!
そうかもね。
あなたの言う通りやわ」
さっき、一つ、重い鎖が溶けてなくなった気がした。
マイケルにはわかるんかな……
この人やったら……
もう一度……
素直になってみても……
「君が新宿二丁目から消えて、居ても立っても居られなくなった。
さゆりママから君が淡路島に帰省したと聞いたとき、すぐにおいかけなきゃって思ってしまったんだ。
ごめん。
ストーカーだよね」
「ううん、黙って居なくなった私が悪いのよ」
ボーン ボーン ボーン ボーン ボーンと、大きなノッポの古時計が五時を告げた。
時計を合図のように私は本心を語り始める。
「私……
お父ちゃんの病気のことだけで淡路島に帰ってきたんじゃないのよ」
彼にはちゃんと気持ちを伝えよう。
「さゆりママも、そんなことを言っていたよ。
お父さんのことだけじゃないと思うってね」
「そうなんよ。
正直に言うわね。
私はあなたが好き。
でも、恋をして、また傷つくのが怖かった。
それでもあなたが気になって仕方がなかったの。
だから、真っ直ぐなあなたとちゃんと向き合うために、この島に帰ってきたの」
「それで、どうだったの?」
「この島で回収するパズルは、あとワンピースかな?」
「お父さんだね」
私はコクリと頷いた。
「お父さんの容態は?」
「うん、明日手術なんだけど、結構難しい手術なんよ」
「俺も君と一緒に成功を祈るよ」
マイケルはウンと力強く頷き私を見た。
私は見つめ返し頷いた。
――少し会話をしては、無言の時間がやってくるという繰り返し。
この沈黙は何度目だろう?
しかし、彼との沈黙は気まずいものではなく、むしろ、心地よいものだった。
やがて時計のボーンの音が、沈黙の空間に六回鳴り響く。
同時に玄関から声が聞こえた。
「ただいまー」
お母ちゃんの声。
「お腹すいたー」
小悪魔娘の声もある。
「もう、沙奈!
さっきパンケーキ食べたとこやん!」
タクヤが沙奈に呆れながら居間に入ってくる。
――その夜はみんなで楽しく食事をした。
何年ぶりだろうか、こんなに笑いながら食事ができたのは。
家族や友人、そして……
愛するひとたちに囲まれているということは、こんなに幸せなことなんだ。
他人のせいにしたらあかん。
結局、壁を作って幸せを拒否して、自分を否定してたんは、自分自身やったんや……
お父ちゃんにも、ちゃんと伝えなあかん。
……手術はきっと大丈夫……
お父ちゃん、元気になって戻ってきてな。
これからは、私、逃げへんから……
いっぱい親孝行するからな……
寒い外気に反して、心が温かくなる。
そんな夜だった……
窓の外には、月明かりに照らされた白い雪が、優しく光っていた……
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