第4話 蟲たちの囁き

 二人は虫たちの鳴き声を頼りにひたすら進んだ。

「ここや」

 一気に視界が開ける。そこはとてつもなく大きな空間だった。壁には一面に、とてつもない数の虫がへばりついている。それらは皆、右に向かって移動していた。

「懐中電灯の光、消した方が良いだろ」

「せやな」 

 パチンという音と共に、あたりが真っ暗になった。

「鳴き声をよう聞け。絶対手を離したらあかんで」

 二人は闇の中をひたすら進んだ。


「なあコシロー、俺ちょっと小便したいわ」

 タクが言ったので、コシローは懐中電灯を渡した。

「俺ここで待ってるから、あんまり遠くに行くなよ」

「わかっとる」

 タクは右の岩壁をつたって下へ降りて行った。


「タク、大丈夫か」

 不安になり、コシローはタクの名前を呼んだ。

「大丈夫や。おれはここにいる」

 コシローは今だと思った。リュックを漁り、パンと水筒を出す。

 コシローはパンを食った。そしてすました顔で、彼はタクを待った。しかしいつまで経っても、タクは返ってこなかった。

「タク」

 タクは下半身を出したまま倒れていた。

「タク」

 脱水だった。コシローは慌てて水を差し出す。

「これ」

 しかしその中身があとわずかに迫っていることに、彼は気づいた。

 『タクを助けたら自分が死ぬかもしれない』そんな考えが彼の頭をよぎる。そうだ。タクだってムッチを見捨てたんだから。自分が見捨てられても仕方ないではないか。

 コシローは苦しむタクの手からそっと懐中電灯を奪い。水筒の蓋を閉めた。

 タクが無言でコシローの方を見つめている。

「ゴメンってタク。化けて出んなよ」

 立ち去ろうとするコシローの背中に向かって、タクは苦しそうに言った。

「お前、さっき自分だけパン食ったやろ」

 コシローが立ち止まる。

「暗闇やったから分かんなかったか」

 タクはコシローを見下すように不気味な笑みを浮かべた。

「こんなジメジメした閉塞空間で、パンが三日も無事だと思うか」

 途端、コシローは腹に激痛を覚えた。

「見たこともないようなカビやった」

 タクは水筒を奪い返そうとした。しかしコシローは、タクに奪われる前にその水を地面にぶち撒けた。

「お前…ふざけんな」

 タクの目は陸に上がった魚のように見開かれ、血走っていた。

「俺が死ぬならお前も死ね」


 タクが死ぬのに早々時間はかからなかった。

 コシローはただ一人、酷い下痢と闘い続けた。それは彼の体から、徐々に水分を奪っていった。

 やがて、タクの体にはウジが湧くようになった。コシローもいよいよ自分の最期を感じていた。

 コシローの手に、一匹の虫が這い上がってきた。それは彼ら同情するように切なく鳴いた。

「チリンチリンチリン」

 近くで聞くと、虫は風鈴のような透き通った音で鳴いていた。コシローはその美しい囁きに、不意に心が穏やかになるのを感じた。そして静かに息を引き取った。


チリンチリン、チリンチリン


 共鳴するように、蟲たちは囁く。それは哀れな三少年に捧げられた、葬りの声だった。






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蟲たちの囁き NIZ @Sennzi

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