第2話 裏切り者

 遭難から何時間経っただろう。コシローは洞窟の岩壁にもたれていた。熱い。彼は昨日から一度も水を飲んでいなかった。

「なあタク、俺もう限界だよ」

 ムッチが弱音を吐いた。コシローはどちらかといえば穏やかな性格だが、今は彼の言動全てが気に障った。

 タクは舌打ちをした。

「人間、水飲まんでも三日は生きられるんや。我慢しろ」

 そう言う彼も、水が飲みたくて仕方がなかった。学ランが汗でびっしょりと濡れている。


 気づけばコシローはそのまま眠っていた。横を見ると、タクもだるそうに横たわっている。

 「今なら水が飲めるかもしれない」コシローは思った。

 恐る恐る、カバンに手を伸ばす。水筒の蓋を開ける。

「は?」

 中は空だった。

「ムッチ…お前」

 ムッチは心から申し訳なさそうにしていた。

「ごめんって、でも俺本当に限界で、死んでしまいそうで」

 コシローは思わず手を出しそうになった。しかし、理性がそれを止めた。

「いいよ、俺まだ我慢できるから。タクには黙っとくよ」


 三人は暗くて狭い洞窟の中を進んだ。

「なあ、コシロー」

 前を歩くタクが、コシローにだけ聞こえる声で話しかけてきた。

「水筒の中の水、ムッチが飲んだやろ」

 タクが振り返り、後ろを指差した。ムッチの様子がおかしい。いつも以上に息が上がっていた。

「タク?」

 タクはカバンの中を漁り、水筒を取り出した。中には水が入っていた。

「ムッチが飲んだのは蒸留水やない」 

 コシローは困惑した。

「罠や。裏切り者を炙り出すための。あれは洞窟の水や」

 コシローは一気に血の気が引くのを感じた。

「…タクお前、超えたらいけない一線があるだろ」

「一線を超えたのはあいつの方や。俺らに秘密で自分だけ水を飲んだ」

 コシローは言い返せなかった。

「あいつが蒸留水全部飲んで、俺かお前が死んだら、誰の責任や」

 コシローは何かを悟った。

「二人とも、待って」

 ムッチが目の前で嘔吐した。

「待って」

 タクがコシローの手を引いた。

「不潔やで、離れた方が良い」

 コシローの中に溜まっていた何かが顔を出した。氷のような感情が広がる。体は暑いのに、妙な寒気を感じた。

 ムッチが懇願するような目をしてこちらにやってくる。コシローは恐怖を感じた。

「やめろって、ゲロついた服で近寄ってくんな」

 コシローは後ろに下がった。タクに肩が当たる。

「はよ離れるぞ」

 それが何を意味するのか、コシローは知っていた。知っていながら、彼は友を見捨てた。



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