第2話転生先は最前列
目を覚ますと、数刻前にも見た天蓋が視界に入った。
むくりと起き上がり、周囲を見渡す。部屋の中は薄いピンクを基調としたロココ調の家具で統一されている——まさに、ゲームの中でダルトワが過ごしていた部屋そのものだ。
再び鏡台の前へ移動し、改めて自分の容姿を確認する。
やはりそこに映るのは、ダルトワ・グレイス。銀髪の美少女。
「……うん。美しい。美しすぎるわ、ダルトワ様」
まるで他人事のようにポツリと呟いた。
スッと自分の右頬に手を当ててみる。すると当然と言えば当然だが、鏡の中のダルトワも頬に手を当てた。ついでに自分の頬をつねってみる。割と強めにつねったので、痛みで一瞬顔が歪む。鏡の中のダルトワの顔も、もちろん一瞬歪んだ。
「……」
数秒の沈黙の後、私はようやく自身に何が起きたのかを受け入れた。
「いやああああああ!! 嘘でしょ!? 私、ダルトワ・グレイスになっちゃったの!?」
私、鈴木美咲、まさかの乙女ゲーム……ではなくBLゲームの世界に転生してしまいました。
しかも、ゲームの主人公たちを邪魔に邪魔しまくる悪役令嬢、ダルトワ・グレイスに。
コンコンコンッ。
「お嬢様? お体の具合はいかがですか? 入ってもよろしいでしょうか?」
驚きのあまり大きな声を出してしまったせいで、目が覚めたことがバレてしまったようだ。
鏡台の前から急いでベッドへと移動する。
「ええ! 大丈夫よ。入ってちょうだい」
するとメイドのコスプレをした女性……ではなく、ダルトワ専属の侍女であるリリー・テイラーが、心配そうな表情で入ってきた。
「ダルトワお嬢様、お体の具合は大丈夫ですか? すぐに医者をお呼びいたしましょうか?」
「い、いいえ! 大丈夫よ。少し休めばよくなると思うわ」
「承知いたしました。学院の方には、すでに本日はお休みされる旨をお伝えしておりますので、ゆっくりお休みになってください」
「心配をかけて悪かったわね。リリー、いつもありがとう」
仕えるお嬢様がいきなりぶっ倒れて、さぞかし驚かせてしまっただろう——申し訳なく思い、私はリリーに謝罪した。
するとリリーは、不意打ちを食らったような驚愕の表情を浮かべた。
「いえ……体調にお変わりなく、安心いたしました。また何かご用がございましたら、お申し付けくださいませ」
ぺこりとお辞儀をして、リリーは部屋を後にした。
——扉が閉まる音を聞いてから、私は深く息をついた。
(やばい、やばいやばいやばい……)
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
ダルトワ・グレイス。『運命の
そして、その末路は——国外追放か、処刑。
「どっちも嫌ああああああ!」
枕に向かって叫ぶ。声は幸い、ふかふかの枕に吸い込まれて外には漏れない。
落ち着け、落ち着くのよ鈴木美咲——いや、ダルトワ・グレイス。
深呼吸を三回してから、私は状況を整理し始めた。
私が転生前にプレイしていたBLゲーム『運命の
舞台は中世ヨーロッパ風の魔法と剣の世界、ルミナリア帝国。この世界では魔力の強さと剣の実力が社会的地位を左右し、帝都にあるセレスティア学院で貴族の子弟たちが魔法と剣術を学ぶ。
そこへ平民出身の主人公、ユリウス・ミナードが魔力と剣術の才を認められ、特待生として入学するところからゲームはスタートする。
ユリウスは心優しく正義感が強い美少年。原作ゲームでは、ダルトワから様々な嫌がらせを受けつつも、持ち前の主人公気質で困難を乗り越え、様々な男性キャラと恋愛フラグを立てていく——そんなゲームだ。
どうして。どうして、よりにもよって転生先がダルトワなのよ!
どうせなら、学院の生徒Aとか、生徒Bとか、生徒Cとか……掃除のおじさんとか、モブキャラに転生させてよ!
そうすれば、ユリウス君と攻略対象キャラたちの恋の行方を、遠くからそっと見守ることができたのに——。
私はただただ、悲しく、悔しかった。
一腐女子として、まさか大好きなゲームの世界に入り込めたというのに、よりにもよって悪役令嬢ポジションだなんて。
私は、主人公たちと関わりたいタイプのオタクではない。陰からそっと主人公たちの幸せを見守りたいタイプのオタクなのだ。
なのに、転生先は悪役令嬢ダルトワ・グレイス——主人公たちと最も関わりの多い女性キャラクターだなんて。
しかも、ダルトワの末路は良くて国外追放、最悪の場合は処刑という破滅エンドしかない。
なんとしてでも、破滅エンドは回避しなければ……。
だって、破滅しちゃったら、ユリウス君たちの幸せなその後が見守れないじゃない!
私は固く決意した。
ダルトワポジション——ある意味、コンサートでいうところの最前列みたいなものよね。
いいわ。ユリウス君たちの恋路を最前列で、思う存分楽しんでみせるわ。
「私は空気。ただし破滅は回避する——最高の推し活の始まりよ」
転生悪役令嬢の推し活日記~私は空気、ただし破滅は回避する~ 音坂 周 @a-otosaka
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