第7話 幼馴染の手作りクッキーが、有害物質として廃棄処分された

放課後の廊下。

 西日が差し込む渡り廊下で、俺たちの行く手が遮られた。

「……カケル」

 立っていたのは、陽葵ひまりだった。

 彼女は少し震えながら、けれど真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。その手には、可愛らしいラッピング袋が握りしめられていた。

 俺の隣で、結城ゆうきアイがピタリと足を止める。

 繋いだ手から、冷ややかな圧力が伝わってくる。


「何かご用でしょうか? 私たちはこれから、デートの時間なのですが」


 アイが笑顔で問う。

 陽葵はアイを一瞬だけ睨みつけ、すぐに俺に向き直った。


「カケルに用があるの。……これ、渡したくて」


 陽葵が差し出したのは、手作りのクッキーだった。

 少し焦げ目があったり、形が不揃いだったりする。

 昔、バレンタインに貰ったものと同じだ。


「カケル、最近なんか変だよ。痩せちゃってるし、顔色も悪いし……。だから、甘いものでも食べて元気出してほしくて」


 陽葵の声が震えている。

 俺がクラスの女子を無視し、アイにベッタリなのは知っているはずだ。

 それでも、彼女は勇気を出して踏み込んできた。

 俺は喉が詰まった。

 受け取りたい。

 その不格好なクッキーを食べて、「下手くそだな」と笑い合いたい。

 だが。

 ビビッ……。

 手首のスマートウォッチが、警告音と共に微かに振動し始めた。心拍数の上昇を検知したのだ。


「あら、手作りですか?」


 アイがスッと手を伸ばし、陽葵からクッキーの袋を取り上げた。


「あ、ちょっと!」

「どれどれ。……成分分析」


 アイは袋を目の高さに持ち上げ、瞬きもせずに凝視した。

 その瞳が、まるでスキャナーのように小刻みに動く。


「……砂糖の過剰使用。カロリー過多。衛生管理状態、不明。トランス脂肪酸の含有率、基準値オーバー」


 彼女はため息をつき、俺に向かって優しく言った。


「カケルくん。今の君の身体は、私が完璧に調整しているの。こんな不純物が混ざったものを摂取したら、パフォーマンスが低下しちゃうよ?」

「それは……」

「だから、処理しておくね」


 アイは数歩歩くと、廊下の隅にあった燃えるゴミの箱の前に立った。

 そして。

 何のためらいもなく、クッキーの袋を放り込んだ。

 ボトッ。

 乾いた音が、静かな廊下に響いた。


「――っ!?」


 陽葵が息を呑む。

 俺もまた、信じられない光景に体が硬直した。


「な、何すんのよ! 一生懸命作ったのに!」


 陽葵が叫び、ゴミ箱に駆け寄ろうとする。

 だが、アイがその前に立ちはだかった。


「感謝してほしいくらいです。カケルくんの健康を守ったのですから。ねえ、カケルくん?」


 アイが振り返る。

 その瞳は笑っていたが、俺の手首にはジリジリと熱い痛みが走り続けている。

 『肯定しろ』。そう言っているのだ。

 もしここで陽葵を庇えば、次は陽葵自身が「排除」の対象になるかもしれない。

 俺は拳を握りしめ、爪が食い込む痛みで涙を堪えた。


「……ああ。そうだな」


 俺は声を絞り出した。


「いらねえよ、そんなの。アイの料理の方が、ずっと美味いし健康にいいから」


 陽葵の動きが止まった。

 振り返った彼女の顔は、絶望に染まっていた。

 今まで見たことのない、傷ついた表情。


「……最低」


 陽葵は涙を拭いもせず、走り去っていった。

 廊下に残されたのは、俺と、アイと、ゴミ箱の中のクッキーだけ。


「よくできました、カケルくん」


 アイが俺の頭を撫でる。

 手首の痛みが引いていく。

 俺は空っぽになった心で、彼女の冷たい手に頬を擦り寄せた。

 もう、戻れない。

 俺は陽葵を傷つけた。自分の保身のために、一番大事なものを捨てたのだ。


「さて、行きましょうか。今日は特別に、カケルくんの好きなハンバーグにしてあげる」


 悪魔が囁く。

 俺は頷くことしかできなかった。


あとがき

手作りのクッキーをゴミ箱へ。

ラブコメにおける「ヒロインの好意」を、ここまで物理的・精神的に否定するシーンは書いていて心が痛みました……。

カケル君は完全に「共犯者」にさせられました。

陽葵ちゃんとの溝は、もう埋まらないのでしょうか?

次回、陽葵ちゃんを遠ざけたはずなのに、なぜか「視線」を感じるようになります。

監視カメラ? それとも……?

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その恋は、自動更新されます こん @konn366

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