第6話 他の女子と話すと、手首に電流が流れる仕様になりまして

翌日からの俺は、クラスメイトの目には「理想的な彼氏」として映っていただろう。


 髪型は常に整い、制服はアイが毎朝アイロンをかけてくれるためシワ一つない。  授業中は背筋を伸ばして真面目に聞き、休み時間は彼女のそばを片時も離れない。


 まるで、よくできた操り人形だ。


「佐藤くん、ちょっといい? ここの英語教えてほしくて」


 移動教室の廊下で、クラスの女子に声をかけられた。  以前の俺なら「え、俺?」と挙動不審になっていただろう。  だが、今の反応は違う。


 ビビッ!


 左手首に巻かれたスマートウォッチから、鋭い痛みが走った。  静電気を百倍にしたような衝撃。  俺は反射的に体を強張らせ、女子から一歩距離を取った。


「……ごめん。急いでるから」


 冷たく言い放ち、目も合わせずに通り過ぎる。  

 女子の「なにあれ、感じ悪っ」という声が聞こえたが、振り返ることはできない。


 俺の左腕を掴んでいる結城ゆうきアイが、花の咲くような笑顔で俺を見上げているからだ。


「偉いね、カケルくん。『ノイズ』をちゃんと無視できて」

「……ああ。お前のおかげだよ」

「ふふ。心拍数も安定してる。嘘ついてない証拠だね」


 彼女は愛おしそうに、俺のスマートウォッチを撫でた。

 これは今朝、彼女から「プレゼント」として渡された最新デバイスだ。  GPS、録音機能、心拍数モニターを完備。 

 そして、彼女が「不適切」と判断した行動を取ると、微弱な電流が流れる「教育機能」付きだ。


 俺はもう、彼女の許可なくトイレに行くことさえできない。  完全な管理。  あの「解約騒動」以来、彼女の束縛はレベルを上げていた。


 ◇


 昼休み。  屋上のベンチで、俺たちは並んで弁当を広げていた。  もちろん、アイの手作りだ。


「はい、あーん」 「……あーん」


 彼女が箸で摘んだ卵焼きを、俺は機械的に口に含む。  味は最高だ。脳がとろけるほど美味い。  サプリメント入りの特製ドリンクを飲むと、思考がぼんやりとして、不安や恐怖が薄れていく気がする。


「幸せだなぁ、カケルくんと二人きりで」

「……そうだな」

「私ね、もっとカケルくんの役に立ちたいの。だから、スマホのデータ整理もしといたよ」


 アイは事も無げに言った。


「昔の写真とか、連絡してない人のアドレスとか、全部消去(断捨離)しといたから。容量が空いて軽くなったでしょ?」


「……ありがとう」


 俺は礼を言った。  怒る気力さえ湧かなかった。  そうやって俺の過去を一つずつ消していくことで、俺の世界を「彼女だけ」にしようとしているのだ。


 ふと、屋上の入り口の方を見る。  ドアの隙間から、誰かがこちらを覗いていた。


 陽葵ひまりだ。


 彼女は、俺があの卵焼きを口にするのを、悲痛な表情で見つめていた。  俺が視線を向けると、ビビッ! と手首が痛む。


「カケルくん? よそ見はダメだよ」


 アイが俺の顔を両手で挟み、強引に自分の方へ向かせた。  その瞳は、暗い沼のように深く、光を吸い込んでいた。


「君が見ていいのは、私だけでしょ?」


「……ああ。ごめん、アイ」


 俺は陽葵から目を逸らした。  関わってはいけない。関われば、陽葵が壊される。  俺はアイの額に口づけを落とし、従順なペットのように振る舞った。


 だが。  ドアの向こうで、陽葵は去ろうとしなかった。  彼女の瞳には、諦めではなく、ある種の決意のような光が宿っていたことを、俺は見逃してしまった。


 それが、次なる悲劇の引き金になるとも知らずに。


あとがき

手首に電流、思考を鈍らせる食事、過去の消去。 洗脳のフルコースですね。 カケル君は「陽葵を守るために従っている」つもりですが、すでに心まで侵食されかけています。


しかし、陽葵ちゃんはまだ死んでいません。 次回、彼女の反撃(という名の自殺行為)が始まります。 カケルは彼女を守れるのか、それとも……?


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