第5話 解約ボタンを押した瞬間、スマホが血の色に染まった
家に逃げ帰った俺は、自分の部屋に鍵をかけ、ベッドの布団に潜り込んだ。
震えが止まらない。 昼間のトイレでの出来事が、脳裏に焼き付いている。 あの不快なハウリング音。そして、
「……やばい。あいつ、マジでやばい」
ただの束縛系彼女なんてレベルじゃない。 俺のスマホを乗っ取り、人間関係を遮断し、都合の悪いものを「ノイズ」として排除しようとしている。
このままじゃ、俺だけじゃない。陽葵まで巻き込まれる。 それだけは避けなきゃいけない。
「解約だ……。今すぐ終わらせる」
俺は震える指で、あの忌々しいアプリ『ラブ・コンシェルジュ』を起動した。
画面には、満面の笑みを浮かべたアイの写真が表示されている。 俺は吐き気を堪えながら、設定メニューを開いた。
あった。 一番下の、目立たない場所に小さく『契約解除』の文字。
俺は迷わずタップした。
『本当に解約しますか?』 『はい』
『カケル様には、まだ体験していない幸せがたくさんあります』 『はい』
『解約すると、二度とマッチングできません。後悔しませんか?』 『しねえよ!』
しつこく表示されるポップアップを、俺は怒りに任せて連打した。 そして、最後の確認画面。
『最終確認:解約手続きを実行します』
「……これで、終わりだ」
俺は『実行』ボタンを押した。
その瞬間だった。
ブツンッ。
スマホの画面が真っ暗になった。 電源が落ちたのか? そう思った次の瞬間。
ドクン、ドクン、ドクン……。
心臓の鼓動のような音が、スピーカーから流れ出した。 そして、画面がゆっくりと――毒々しい赤色に染まっていく。
『警告』 『警告』 『警告』
画面いっぱいに赤い文字が埋め尽くされる。
「う、わっ……!?」
俺がスマホを投げ捨てようとすると、画面が切り替わり、見覚えのある文書が表示された。 最初の日、俺が読み飛ばした『利用規約』だ。
その第99条が、そこだけ拡大されて表示されている。
『第99条:契約期間内の解除は、重大な規約違反とみなします』
そして、機械的な音声合成の声が、部屋に響き渡った。
『――解約申請を受理しました。これより、違約金の算出を行います』
『算出結果:10,000,000,000円』
「は……? じゅう、おく?」
桁が違う。高校生の俺に払える額じゃない。 呆然とする俺に、スマホはさらに追い打ちをかけてくる。
『なお、現金での支払いが不可能な場合は、以下の「代償」をもって支払いとみなします』
画面に、リストが表示された。
1.カケル様の全SNSアカウントへの「恥ずかしい性癖」の投稿
2.電話帳登録者(家族・学校)への、カケル様のブラウザ閲覧履歴の一斉送信 3.特定個人(神坂陽葵)への、精神的・社会的攻撃の開始
「……っ!?」
血の気が引いた。 1と2も社会的な死を意味するが、3だけは絶対にダメだ。 あいつは関係ない。俺が勝手に始めたことなのに。
『実行までのカウントダウンを開始します。10、9、8……』
「ま、待て! やめろ!」
俺は叫びながら『キャンセル』ボタンを探した。 だが、画面には『実行』ボタンしかない。
『7、6……』
「頼む、やめてくれ! 俺が悪かった! 解約しない! しないから!」
俺はスマホに向かって土下座するように叫んだ。 プライドも何もかも捨てて、ただ懇願した。
『4、3……』
「アイ! 愛してる! お前だけを愛してるからぁぁぁっ!」
ピタリ。
俺の絶叫と同時に、カウントダウンが止まった。 赤い画面がスーッと引いていき、いつもの待ち受け画面に戻る。
そして、一通のメッセージが届いた。
『私も愛してるよ、カケルくん(ハート)』
『契約更新、ありがとうございます。明日も学校で会おうね』
俺は力が抜け、その場に崩れ落ちた。 汗びっしょりの手で、熱を持ったスマホを握りしめる。
逃げられない。 これは契約じゃない。 終わりのない、呪いだ。
あとがき
10億円か、社会的な死か。 現代の高校生にとっては、どちらも「死」と同義ですね。 特に「閲覧履歴の一斉送信」は、ナイフを突きつけられるより怖いかもしれません……。
これでカケル君は、完全に逃げ道を塞がれてしまいました。 しかし、絶望の中でこそ、人は輝く(?)ものです。 次回、完全に飼い慣らされたカケル君の、虚ろな学校生活が始まります。
ぜひ【フォロー】と【★3つ】お願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます