寂しがり屋な二人の夜

「「ご馳走様でした」」

 声を合わせて挨拶した僕は、シャワーを浴びることにした。

 脱衣所で服を脱ぎながら、僕は何度も背後のドアを振り返る。

鍵をかけたところで、彼女には何の意味もないのだ。

「……幽香さん、本当に来ないでくださいよ? 絶対ですよ?」

「ふふ、どうしましょうかね。湯気の向こうの『観測』も、悪くないかもしれませんよ?」

 扉の向こうから聞こえる楽しげな声に、僕は心臓をバクバクさせながら、大急ぎで浴室を後にする羽目になった。

 

 

 ベッドに横になると、部屋の隅にある椅子に腰掛けている幽香さんが視界に入った。


「……あの、幽香さん。そこでずっと起きているんですか?」


「はい。あなたの情けない寝顔を、一晩中じっくり『観測』してあげます」


「……最後までそれですか。少しは寝かせてくださいよ」


 呆れて背を向けると、背後からクスクスと楽しげな笑い声が聞こえてきた。

 けれど、部屋の電気を消したあと。

 暗闇の中で、彼女が小さく呟いた声が耳に届いた。

「……悠真くん」

「……なんですか?」

「私を見つけてくれて、ありがとうございます。……おやすみなさい」


 寂しかったのは、僕だけじゃなかったんだ。


 彼女もまた、誰にも気づかれない透明な世界で、僕が自分を見つけてくれるのを、ずっと、ずっと待っていたのかもしれない。

 何百、何千という人々が通り過ぎていく中で、たった一人、彼女という個体を見つけ出したのは、僕だったんだ。


 昼間の意地悪な調子とは違って、消えてしまいそうなほど儚い声。


 けれど、実体のないはずの彼女が放ったとは思えないほど、確かな熱を持っていた。

その言葉に含まれた温度に、僕の胸の奥がじんわりと温かくなる。


 視界から色が消え、部屋が深い闇に包まれる。

 以前の僕にとって、この暗闇はただの「無」だった。

時計の秒針が刻む音だけが響く、冷たい静寂。


 けれど、今は違う。


目を閉じても、すぐ近くに彼女が座っている気配だけははっきりと分かった。

 生きていた頃よりも、ずっと近くに彼女を感じる。

 触れられないはずなのに、指先に微かな静電気のような熱が宿っている気がして、僕はシーツを強く握りしめた。


 この熱は、きっと僕の心が作り出した幻想だ。


それでも、今の僕にとっては、どんな現実の体温よりもずっと、生々しく僕を支えてくれている。

 姿は見えても触れられない。会話はできても同じものは食べられない。

 けれど、この奇妙で愛おしい日常を、僕は全力で守り抜こう。


「……おやすみなさい、幽香さん」


 僕たちはもう、以前の「生者と死者」ではない。

 たまたま会話が成立してしまった、ただの「寂しがり屋な二人」だ。

 

 明日になれば、また彼女のからかいが始まるだろう。

 僕はそれを受け流したり、時にはやり返したりしながら、この日常を歩んでいく。

 微かな眠りの中で、僕は静かにそう決意した。

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物理距離ゼロの幽霊、幽香さん。~一年前に死んだ初恋の人が、僕にしか見えない守護霊になって帰ってきた~ あおざかな @aoza0720

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