恥ずかしい独り言、全部筒抜けでした。

結局、散々絞られた挙げ句、僕は放課後の教室で居残りを命じられる羽目になった。

 放課後の教室は、西日が差し込んで鮮やかなオレンジ色に燃えている。

 埃が光の粒のように舞う静寂の中、聞こえるのは僕が動かすシャーペンの音だけ――のはずだった。

 数学プリントとにらめっこする僕の横で、幽香さんは窓際の椅子に腰を下ろし、退屈そうに艶やかな黒髪を指で弄んでいた。

 一ヶ月前、病室で息を引き取ったはずの、僕の初恋の人。

「で、どうして君がいるの? 氷室さん」

 誰もいないはずの空間に向かって、僕は周囲を警戒しながら低く呟く。

 氷室さんは不思議そうに目を丸くして、

「暇だったから、ですかね? 私としては、なぜ今になって悠真くんと話せているのかが不思議です。……私がずっと話しかけても、これまでは一度も返事が返ってこなかったのに」

 弄んでいた髪から手を離し、彼女の視線が窓の外から僕へ移る。

 夕陽を背負った彼女の輪郭は透き通り、今にも光の中に溶けてしまいそうだ。

「……ずっといた? 教室にか?」

「いいえ、教室だけじゃありません。病院で最後を迎えたあの日から、私はずっと、あなたの隣で様子を見ていたんですよ」

 心臓が跳ね上がる。

 あの日から……? ということは、まさか。

「病院からの帰り道も。あなたが泣き崩れた公園のベンチで、右側の靴紐だけ何度も結び直していたことも。部屋に閉じこもって、私の名前を呼びながら震えていた夜も……全部、すぐ隣で見ていました」

 彼女は僕しか知らないはずの、情けない僕の癖を愛おしそうに並べた。

 そして、悪戯っぽく口角を上げる。

「ねぇ、悠真くん。覚えていますか? 私の葬儀の夜。あなたは私の遺影に向かって、すっごく恥ずかしいことを言っていましたよね」

 頭に血が上る。

 あの日、僕は誰もいないはずの部屋で、遺影の彼女に「愛してる、行かないでくれ」と、一生分の勇気を使い果たしたような独り言をこぼしていた。

「……まさか、あれも」

「ええ、バッチリ聞こえていましたよ。『幽香がいない世界なんて、僕には意味がない』……でしたっけ? ふふ、あんなに情熱的な悠真くん、初めて見ました」

 幽香さんは椅子から音もなく立ち上がり、僕の机に身を乗り出してくる。

 艶やかな黒髪がさらりと僕のノートを撫でるように広がった。

「誰もいないと思って、安心してました? 残念でしたね。私はずっと、あなたの『一番近く』で、あなたが私を想ってくれるのを眺めていたんです。……たまたま声が届いたのは、あなたが私の名前を呼ぶ声が、あまりに切実だったからかもしれませんね」

 彼女は僕の耳元に顔を寄せ、悪魔のように美しく微笑んだ。

「さあ、お喋りは終わりです。プリントを終わらせないと、帰り道でもまた、恥ずかしい独り言を聞かされる羽目になりますから」

 僕は湧き上がる羞恥心から逃げるように、プリントにペンを走らせた。

 その後も、彼女は何かを囁いていた気がするが、僕は――必死に、聞かなかったことにした。

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