第2話

 あの男を探すためには、まず食べ物が必要だった。というのもぼくはその探し人の顔を知らない——正確にいえば、部分健忘施術を受けた——せいで、彼の顔を知っている紅音に頼らなければならない。

 紅音とのリンクは脳内のほんの小さなチップに頼り切っていて、栄養が不十分だと自身の生体電位による給電が止まってしまう。

 そういうわけでぼくは、人探しよりも原始的な欲求、つまり食欲を満たすことを優先した。

「生ゴミ……いや、ダメだな」

 もちろんぼくにもプライドというものがある。が、決してそれだけが理由じゃない。

 もし先ほどの少年たちのような寄り合いやギャングのシマでゴミ漁りをしてしまえば、面倒なことになる。日本ならまだマシだが、海外でそれをやれば街の入り口にぼくの生首が並びかねない。「俺たちのショバを荒らすとこうなる」という見せしめにされる。

 仕方ない、とため息をついて端末モブを開く。東京の仕事斡旋人の一人「ファニー・クリスマス」からのメッセを読む。

 表題サブジェクトには「親愛なる・マーティネスへ」とだけ書かれていた。

 まず、ぼくの名前はカラティナ・マーティネスだし、「親愛なる」とつけられるほど親しんだ相手でもない。

 ファニー・クリスマスはロシア系日本人の女性で、ロシア人特有の色白な肌と高い鼻、そして少し灰っぽい青の瞳を持っている。斡旋人らしく広いパイプを持つが、特にモグリやヤクザとよく仕事をしていた。

 そういうぼくも、彼女には何度か仕事を貰ったことがある。臓器の運び屋クーリエが一度、シマを荒らす政治難民のギャングの排除が二度。そして奇妙なことに、何かの宗教的なモニュメントの輸送が一度。


 モニュメントの仕事は、気味が悪かったのを今でも覚えている。東京某所から神奈川のカワサキという場所まで、低温冷凍車で運びこむ仕事だった。そのモニュメントを直接は見れなかったが、荷下ろしの時にちらりとだけ見ることができた。

 その姿はまさに古代文明のもの、と言った様相で、そう言ってしまえばトーテムポールのようだった。ぼくの背丈の二倍、2、3mはあるであろう円柱型の偶像。

 それには手が四つ、足が五つついていて、顔が左右と正面に三つ描かれている。

 その表情は七福神の恵比寿みたいに太っていて、頬に可愛らしいピンクを浮かべて、穏やかだった。あとから調べたが、どうやら外部内臓を信仰する新興宗教だったらしい。受取人は褐色の男——所々でメキシコあたりの言葉を使っていた——と、やせっぱちの日本人。どちらも、不自然なほどに清潔な印象を受けた。


 彼らが言うには、外部内臓とは神の贈り物であると。

 おかしな話だ。そもそも、医療目的外の義手だとか義足だとかをひとまとめに「外部内臓」と呼称し始めたのは、金を渋った企業が「あくまで内臓である」として、無理やり補助金の対象に入り込んだことが由来の、極めて資本主義的な動機だというのに。

 そのせいで、単に内臓といっても「内部」か「外部」かをいちいち考えないといけなくなった。企業都合によるレトロニムにはうんざりする。

 

 そんな考え事をしながら、メッセに書かれていた住所に着いた。はたはたと風に揺れるコートを邪魔に思いつつイヤホンを外し、3階建ての建物を見上げる。昔ながらの存在している看板が二階ぐらいの高さに取り付けられて、どんな建物かを教えてくれる。

 眼球の外部内臓置換による補助現実オグジュアリとは無縁で、建物にタグ付けされた情報を見ることができないぼくにはありがたかった。

 どうやらこの建物の3階、小規模な一本独鈷が拠点を構えているらしい。そこのメンバーの一人が、どういうわけか他組織の取引現場から違法の外部内臓をぶんどって自らに装着したらしい。

 仕事内容は単純。可能な限り無事なまま取り戻し、駅前のクーラーボックスに入れてファニーへ連絡。

 窓にはブラインダーがしっかりとつけられていて、三階の様子は不明瞭。

 さて、とぼくは言う。久々の暴力だ。やれるよな?

 そう自らの筋肉に語りかける……なんていったら馬鹿らしいけれど、ぼくは外部内臓を一切つけていない。脳に入った紅音のチップも正確にいえば別技術で、ノーカンというやつだ。


 持っていた手銭でギリギリ購入できたエナジー・バーを齧りつつ、これから来たる暴力に備えて腕を回す。バーは米軍にいた時のレーションよりも味はいいが、栄養はやはりあっちの方が良い。消化して、栄養が脳にまで届き紅音のチップが起動する前に仕事を済ませよう。

 

 建物に入った途端、上の方から銃声が鳴った。コンクリート材質のこの建物が、その反響を閉じ込めるかのように引き延ばしている。

 まずいな、と思いつつ足早に階段を登る。人命は二の次だが、依頼の品が役立たずになってしまっては飢え死にしてしまう。あるいは、三階のものを略奪することも考えられるけれど、一時的な収入よりは、斡旋人の信頼を持っておかなければどうせ野垂れ死ぬ。

 幸か不幸か銃声は1発だけ。回収対象の外部内臓がどの程度の強度があるかわからないが、1発で壊れるような強度なら、依頼主はわざわざ高い金を払ってぼくに依頼するはずがない。

 三階に到着し、周囲の様子を伺う。事務所の入り口を覗いてみるが、中は見えない。当たり前だが、犯罪集団の住処が外から丸見えなんてことはない。

 中に入ると、ちょっとしたパーテーションで遮られている受付がぼくを出迎える。奥には誰かの息遣いが聞こえる。それも複数人で、その大きさはバラバラ。

 微かに臭う血の臭いから、争いがあったことが窺える。

 ぼくはイェイツが好きだ。アミニズムを感じる幻想的なタッチに、題材としてはありがちだけれど深い哀愁を漂わせる別れの予感。そして、やはり薔薇という存在。受付の向こうを予想することは、秘儀めいた廃墟巡りのティーンエイジャーのような気分になってしまう。

 この向こうに咲いているであろう血の色をした薔薇。妖精に導かれ、そこに足を踏み入れるぼくはさしずめ、オドリスコルだろうか。


「誰だ、てめぇ」

 外部内臓は原則、体のバランスへ影響を与えないために左右一対に装着される。右腕一本、左腕二本ではあまりに歩きづらすぎるからだ。それでもアシンメントリーを好む芸術家気取りは片腕だけをつけたりするが、日常生活への影響がひどくてすぐに取り外すか、もう一本を取り付けることがほとんどだ。

 そういうわけで、彼の歩みは酔っ払いみたいに不安定で滑稽なものになっていた。あたりに散乱した紙書類に足を取られ、転けそうになりつつぼくを殺そうと少しずつ近づいてくる。その顔にはどこか切羽詰まる焦燥を隠そうとしている笑みを浮かべていた。

 違法な外部内臓を取り付けた人間にありがちな症状で、ちゃんとした医療機関で手術を行わないと、脳が新たな腕への適応を拒絶するケースがままある。そうなると、心拍数の増加やアドレナリン量の増加、簡単に言えば「焦って」しまう。


 この部屋のあちこちに血まみれになった人間が倒れている。

 取り付けたのであろうもう一つの左腕が、血にたかっているハエを掴もうとしているのか、何もない空中をを掴んだり離したりを繰り返していた。

 楽に終わる仕事なんて今までなかったけれど、それでもどこかで楽な仕事であってほしいという祈りがぼくの中にあった。

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