アウトサイダー・クリニック
底深周到
第1話
真昼の裏路地の片隅で、3、4人ほどの子どもが集まっている。
表通りのおしゃれなスイーツ店が使っている、業務用の大きなゴミ箱の傍に男が一人倒れていた。声変わりもしていなさそうな男児が、どこかの刃物店から万引きしたであろう、赤く錆びついた中華包丁を手に持っている。
見習いの料理人みたいに、どこかぎこちなく包丁を手に持つその少年が、倒れている男の腕にそれを振り下ろす。
赤い鮮血が、血圧に押されて勢いよく吹き出す。そのはずだった。
男児の弱々しい力で振り下ろした刃が作った切れ込みからは、白い液体が遠慮がちに流れるだけ。それを見た男児は、まるでお菓子を貰えなかったわんぱく小僧のような残念そうな顔をして、「これじゃ売れない」と周りの仲間達にそれを伝える。
それを聞いた子どもの集団は、表通りのどこかへ立ち去ってしまった。
その様子を見ていたぼくは、倒れている男に近づいてその姿を観察する。傷は左の肩のあたりにつけられ、白い液体——人工組織液——はすでにその流れを止めていた。すでに死んでいる。一つの死斑であろう痣が顔に浮かんでいることから、死亡してから少なくとも数時間は経過していることがわかった。
子どもの包丁は、ほぼ空っぽになった組織液用の管の表面を傷つけ、液漏れを引き起こしただけに過ぎなかったようだ。微細な血管を傷つけただけで、主要な静脈あたりに刃は到達していない。
とはいえ、この量の人工組織液では防腐、冷却効果は薄いだろう。
「うわ、子どもも酷いことするんだね」
後ろから、彼女が声をかける。
「子どもは生きるためなら、大人よりも残酷になれるからな」
長袖を着ていた男の裾を捲り上げる。予想通り、彼の左肩から下の全てが外部内臓に置き換わっていた。
なかなか高級な外部内臓のようで、おそらく素材はチタンと……バナジウムかアルミとの合金。表面には、装飾性の高い六価クロムか高品質なトリニッケルのメッキが施されている。軍用ではないが、中流階級の人間にはちょっと手の届かないシロモノ。
肝心の動作ソフトは実際の動きを見なければわからない。
もしこれで、中身だけ安物だったなら相当な笑い話だ。見かけだけに金を注ぎ込んだ結果、操り人形みたいな動きしかしない左腕のまま、裏路地のゴミ捨て場に捨てられる。
「
ポニーテールの黒髪に、少し茶色っぽい瞳。歳をとり続けてついには36歳になった俺に対して、いつまでも紅音は14歳の姿のまま。
少女は物怖じもせず死体の顔を覗くと、ううん、と頭を横に振る。ポニーテールが可愛らしく揺れて、本当に草原を走るポニーの
「この人じゃない。ねぇ、この
すでに安ホテルへ帰るために歩き出していたぼくに、彼女は勿体無いと言わんばかりに聞いてきた。
「組織液が切れてたら、外面は綺麗でも中身がダメになってる。動かない外部内臓じゃ、大した金にはならないさ」
ちぇ、とアニメのキャラクターみたいなことを口にして、ぼくの横につく。
実際、アレがちゃんと組織液も補充されていて、ダメになっていなければ数ヶ月は暮らせるであろう金額になるはずだ。もちろん、「死人から取った」なんて看板を掲げて表で売れるようなブツでもない。
買取人を探すのも一苦労で、そこまでのコストに見合った金にはならないだろう。
どうやらどの時代の貧困層も、死体から何かを掻っ攫っていくのは同じみたいだ。とはいえ、毛髪も皮膚も骨も、少し世界に目を向ければ溢れ過ぎている。民間コンサルタント風にいえば、「レッドオーシャン」だ。もちろんそれは文字通りの、赤い海の上にぷかぷかと浮かんでいる。
「それで、次はどこに行くの?」
「まずは金が必要だ。栄養失調にでもなれば、紅音も……」
隣にいた紅音を見やるが、そこには誰もいない。ぼくはぼくで、
わざわざ東京から埼玉まで来たのには理由があった。
あの男の目撃情報と、仕事の当てがあるからだ。
ボロボロになった黒コートのポケットから、二世代は前の音楽再生デバイスを取り出し、イヤホンを耳につける。
デバイスの画面にはデヴィッド・ボウイの「The Man Who Sold the World」だけが表示されていた。
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