第3話 回想第3話:手作り弁当の味

 翌日の昼休み。

 俺の机の上に、ピンク色の包みが置かれた。

 周囲の男子生徒からの嫉妬の視線が、物理的な熱量を持って背中に突き刺さる。

 痛い。レーザー照射か。


「はい、夏月くん。お弁当」

 栞が隣の席の椅子を引いて座る(またしても至近距離)。

 彼女の膝の上にも、同じ柄の小さなお弁当箱がある。

 いわゆる「ペア弁」というやつだ。

 爆発しろ、と自分でも思う。


「……えっと、これも『思い出』の一つ?」

「もちろん! 私たち、付き合い始めてからずっと一緒にお昼食べてたんだよ?」

 栞が得意げに胸を張る。

「私の手作り弁当、夏月くん大好きだったもんね。『毎日これが食べたい』ってプロポーズみたいなこと言ってくれたし」


 マジか。

 過去の俺、大胆すぎるだろ。

 でも、男子高校生にとって「彼女の手作り弁当」は、聖杯にも等しい奇跡のアイテムだ。

 記憶はなくとも、その素晴らしさはDNAが理解している。


「いただきます……」

 俺は震える手で蓋を開けた。

 

 パカッ。

 

 そこには、宝石箱のような光景が広がっていた。

 彩り鮮やかな卵焼き。

 タコさんウインナー。

 可愛らしいピックに刺されたミートボール。

 そして、ブロッコリーとプチトマトが隙間なく詰められている。

 完璧だ。

 インスタ映え間違いなしの、模範的な愛妻弁当。


 俺は感動で少し涙ぐんだ。

 俺の昼食といえば、購買の焼きそばパンか、母さんが適当に詰めた茶色一色(唐揚げと煮物のみ)の弁当が常だったからだ。


「さあ、食べて食べて! 感想聞かせて!」

 栞が目を輝かせて催促する。

 俺は箸を取り、まずは卵焼きをつまんだ。

 黄色が鮮やかで、焦げ目一つない。プロの仕事だ。


 実食。

 口に入れる。


 ✎ܚ


【Replay Mode:Start】


『んんっ! 美味い!』

 五月の風が吹き抜ける屋上で、俺は叫んだ。

『雪野さん、これ最高だよ! 天才か!?』


 卵焼きの甘さと、出汁の香りが口いっぱいに広がる。

 家庭的で、優しくて、どこか懐かしい味。

 まるで、ずっと昔から知っていたような、運命の味。


『ほんと? よかったぁ……』

 雪野さんが、恥ずかしそうに頬を染める。

『夏月くんの好みに合うか、すごく不安だったの。昨日、お母さんに特訓してもらった甲斐があったかな』


『合うなんてもんじゃないよ。俺の味覚中枢にドストライクだ。……毎日食べたいって言ったら、迷惑?』


『……ううん。私でよければ、一生作ってあげる』


【Replay Mode:End】


 ✎ܚ


「……どう?」

 現実の栞が、不安そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 

 俺は口の中の卵焼きを咀嚼した。

 

 ……甘い。

 ものすごく、甘い。

 砂糖の量が半端ない。スイーツかと思う甘さだ。

 

 そして、俺の脳(と舌)は、一つの違和感を訴えていた。

 

 俺、卵焼きは「塩派」なんだよな。

 

 実家の卵焼きは、しょっぱい醤油味が基本だった。

 だから、甘い卵焼きは、正直少し苦手だ。

 「不味い」わけじゃない。客観的に見れば美味しい部類だろう。

 でも、「大好物」かと言われると、首をかしげざるを得ない。


 それに、ミートボール。

 これも食べてみた。

 ……ケチャップ味が濃い。俺は和風あんかけ派だ。

 

 ブロッコリー。

 ……あ、これは冷凍だな。水っぽい。


 全体的に、「俺の好み」とは微妙にズレている。

 致命的なズレじゃない。

 でも、シャツのボタンを一つ掛け違えたような、居心地の悪さがある。


 それなのに。

 不思議なことが一つあった。


 身体が、拒否していないのだ。

 舌は「好みじゃない」と言っているのに、胃袋の奥底が、どこか懐かしさを感じてキュンとしている。

 「ああ、これだ」という安心感がある。

 

 これが「記憶喪失」の影響なのか?

 頭では忘れていても、身体はこの味を「愛しい人の味」として記憶しているのか?

 それとも、過去の俺は、栞に合わせて「甘い卵焼きが好き」という嘘をつき続けていたのか?


「……夏月くん?」

 栞が心配そうに声をかける。

 俺が黙り込んでしまったからだ。


 いけない。

 彼女を不安にさせてはいけない。

 俺は箸を置き、精一杯の笑顔を作った。


「……美味い。最高だよ」

「ほんと!?」

「ああ。……なんていうか、身体に染み渡る味だ」


 嘘じゃない。

 この「ズレ」も含めて、愛おしいと感じたのは事実だから。


「よかったぁ~!」

 栞が安堵の息を吐き、自分の弁当を食べ始めた。

 彼女の笑顔を見ていると、口の中の甘すぎる卵焼きも、悪くない気がしてくる。


 でも、俺の中の推理作家(ミステリー好きの人格)が囁く。

 『証言と現実に矛盾あり』。

 栞の語る「完璧な相性」は、やはりどこか作られたものだ。

 俺たちは、もっと手探りで、お互いに合わせようと努力していた段階だったんじゃないか?

 「毎日食べたい」という言葉も、本心からの賞賛というより、彼女を喜ばせるための精一杯の「背伸び」だったんじゃないか?


 俺はミートボールを噛み締めながら、隣でニコニコしている栞を横目で見た。

 彼女は気づいていない。

 俺が無理をしていることに。

 いや、気づいていて、見ないふりをしているのかもしれない。


 ふと、栞の指先に絆創膏が巻かれているのに気づいた。

 親指と、人差し指。

 料理の練習をした跡だ。

 「昨日、お母さんに特訓してもらった」という回想の中の台詞は、たぶん本当だ。

 この弁当は、彼女の努力の結晶なのだ。


 そう思ったら、甘すぎる卵焼きが、急にしょっぱく感じられた。

 味覚のズレなんて、どうでもいい。

 この絆創膏こそが、俺にとっての「真実の味」だ。


「……ごちそうさん。美味しかった」

 俺は完食した。

 米粒一つ残さず。


「お粗末様でした!」

 栞が空っぽの弁当箱を見て、花が咲くように笑った。


 第3話「手作り弁当の味」。

 検証結果:味覚の不一致を確認。

 判定:味はともかく、想いは本物(激甘)。


 俺は午後の授業中、軽い胸焼けと闘いながら、幸せな胃もたれを噛み締めていた。

 これが「愛の重さ」というやつか。物理的に重いな、おい。


(つづく)

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2026年1月16日 06:00
2026年1月17日 06:00
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「――こうして、俺と彼女の物語は始まった」と呟いたら、そこは最終回の屋上で、俺だけが14話分の記憶を失っていた件。 月下花音 @hanakoailove

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