今日の能力、すごいんですよ


 研究棟の廊下は、昼でも静かだった。


「相沢さん、今日も調子いいみたいだね」


 声をかけてきたのは、同じゼミの先輩だった。

 軽い雑談。

 何の警戒もない。


 相沢しずくは、肩にかけたリュックを少し持ち直してから、笑う。


「はい。今日は特に」


「また、日替わり?」


「ええ。

 でも、今までで一番扱いやすいです」


 その言い方は、

 成果を報告する研究者のそれだった。


「へえ。どんな能力?」


「出力が安定していて、

 無駄な反応が一切ありません」


 しずくは、楽しそうに続ける。


「切り替えも早いし、

 遅延もない。

 正直、理想的です」


「すごいね」


「はい」


 その一言に、

 彼女ははっきり頷いた。


「今日の能力、

 本当に“当たり”なんです」



---


 別の学生が、興味深そうにリュックを見る。


「それ、重くない?」


「いいえ」


 しずくは、少しだけ考えてから答える。


「必要な分しか入っていないので」


「何それ」


 笑いが起きる。

 冗談だと思われている。


 しずくは否定しなかった。


「前は、どうしても揺れが出てしまって」


「揺れ?」


「はい。

 供給にムラが出る原因でした」


 彼女は、

 ごく自然に“改善点”を語る。


「でも今は、

 完全に解消されています」


「へえ……」


「持ち運びもしやすくて、

 どこでも使える」


 その言葉は、

 自慢だった。


 でも、

 声を張り上げることも、

 見せびらかすこともない。


 ただ、

 事実を並べているだけ。



---


「ちょっと見せてよ」


 そう言われて、

 しずくは一瞬だけ首を横に振る。


「ごめんなさい。

 中身は非公開です」


「秘密?」


「はい。

 構成上、開けない方がいいので」


 その言い方があまりに真面目で、

 誰もそれ以上踏み込めなかった。


「まあ、相沢さんがそう言うなら」


「ですね」


 その場は、

 それで終わる。



---


 廊下を歩きながら、

 しずくはスマホを取り出す。


「……今日も問題なし」


 小さく、そう呟く。


 リュックの中で、

 能力が静かに流れている。


 かつて、

 それを自慢していた人は、

 もう何も言わない。


 言えない。


 でも――

 性能は、過去最高だった。


「これなら、

 明日も大丈夫」


 しずくは、

 安心したように微笑む。


 完成品を使う側の顔で。



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